第156話:六の龍
集った戦士たちを鼓舞して、戦いが始まろうとしていた。
「さて、あれが水龍王か?」
先ほどのまでの熱い心は大事である。
だが頭は常に冷静に。オレは状況を確認する。
「もしや首長龍の一種か?」
水龍王は水中から頭だけを出してきた。大木のように太い首が、空高く伸びている。
ある程度の知能はあるのであろうか。上空からこちらの様子を伺っている。
「ヤマト。あれを、見ろ。何だ、あれは……水龍王は二匹いるのか?」
リーンハルトが不思議に思うのも無理はない。
最初と全く龍の頭が水中からもう一つ出現したのである。
「ヤマトさま、あちらを……」
リーシャは別の頭の出現に気がつく。
そして数はどんどん増えていく。その総数は六つ。
同じ形の頭が水中から出現していたのだ。
「そんな同じ巨竜が六匹もだと……?」
「水中をよく見ろ、リーンハルト。胴体は一つしかない」
龍の首の根元にある水中の影は一つであった。つまり水龍王はひとつの胴体に、複数の頭を持つ龍であった。
専門用語でいったら“多頭龍”とでもいうのであろうか。
地球の神話でも日本のヤマタノオロチ、また西洋のヒドラなども多頭龍の一種であるはず。
だが異世界とはいえ、本当に実在していたとは驚きである。
「ヤマトさま、あの霊獣……いくつかの気配あります」
意識を集中しながら、リーシャが助言をしてくる。
魂鍵としての彼女の力で、感知しているのであろう。
その説明によると、水龍王の頭には各々に気配があるという。そして水中の中に大きいのが一つあるという。
「なるほど巨竜アグニと同じで“核”が複数あるのか」
帝国で前に倒した巨竜アグニにも、複数の気配があった。
水龍王ほどの巨体を動かすためには、通常のよりも多くの核が必要なのであろう。
しかも今回は以前よりも数が多い。
「ブフォオオン!」
その時である。水龍王が咆哮をあげる。
海岸に振動がはしり、大気が津波のように押し寄せてくる。
「くっ、これは⁉」
「気を付けろ、恐怖の咆哮じゃ!」
シルドリアたち腕利きは、耳を抑えながら顔をしかめる。
それは耳にするだけで悪寒がはしり、足がすくむ呪いの咆哮“恐怖”。
聞いた者は催眠状態になり、同士討ちを引き起こす。
上級霊獣特有の恐ろしい攻撃であった。
「ガトンのジイさん。予定通り、いけるか?」
「ふん。愚問だ、小僧」
荷馬車のガトンに声をかける。
“恐怖”に対する防御策を発動さるためだ。
「いくぞ、オヌシら! 耳をかっぽじいて聞け!」
ガトンは叫びながら、荷台の装置を作動させる。
装置は不思議な旋律を奏で、海外に響き渡っていく。
それは不思議な音楽。
人の耳には聞こえずに、心に直に響いてくるメロディー。聞いている者たちに、不屈の勇気を与えてくれる歌であった。
海岸の男たちは恐怖からの呪いから開放されていく。
『ブフォン?』
これまで愚かに人間どもは、この咆哮で一撃であった。
だがそれが全く通じず、水龍王は首をかしげていた。
「それはもう、オレたちには通じない」
水龍王に断言する。
荷台に用意しておいたのは、オレが設計した防御装置の一つである。
霊獣の“恐怖”に打ち勝つ、スザクの民の秘術“禁断ノ歌”。その音を解析して、特別な音叉に組み合わせたのである。
これがあれば、どこでも霊獣の恐怖に打ち勝つことがきる。
また量産化が進んでいけば、大陸各地の霊獣の被害も激減するであろう。
『ガフォオオン!』
オレたちには咆哮が通じないことを、理解したのであろう。水龍王は次の行動を移る。
六つの竜頭をこちらに向け、巨大な大顎を開き威嚇してくる。
「ジイさん例の新兵器も、準備しておいてくれ。後で使うかもしれない」
「ふん。あの相手に、いきなり実戦か」
「ジイさんの腕を信用しているからな」
「相変わらずじゃな……だが準備は任せておけ」
タクスの村で製造した新兵器。その準備をしておくように指示する。
オレは今も全身に対霊獣用の武器を装備している。
だが水龍王の本体は水中に隠れていた。そこで新兵器の攻撃力が頼みの綱となるのだ。
「今は距離的に、まだ新兵器は使えない。ラックと後方に待機していろ」
ガトンたち非戦闘員は後方に待機してもらう。チャンスがきたら彼らに指示をだす。
「さて、ヤマト。この場合の相手はどう戦う?」
同じ隊のロキが訪ねてきた。
相手は六個の竜頭を有し、さらに“核”も複数ある。
霊獣討伐の経験が豊富な、オレの策が必要となるのであろう。
「こういったケースでは、頭を順に潰していく。本体は最後だ」
「なるほど。了解した」
本体のある場所まで到達するためには、上空の竜頭が邪魔となる。
そのため厄介な竜頭を先に倒す作戦が最適であった。
「バレスとリーンハルトは二人で一つを。ロキはシルドリアと一つ頼む」
オレは皆に指示を出していく。
これまでの竜頭の動きから、相手の力を分析していた。
戦力的には二人一組で戦えば、何とかなるであろう。
また帝国軍と南蛮軍には、それぞれ一つずつの竜頭を相手してもらう。
「残る二つはオレとレイランが倒す」
これで六個全部の分担が決定した。
レイランは初の巨竜戦なので、あまり無理はさせられない。
「リーシャさんは子どもたちとサポートに回ってくれ」
「はい、ヤマトさま!」
彼女たちの機械長弓と弩だと、あの水龍王が相手だと火力が不足。
今回は援護射撃に牽制に回ってもらう。
「さて首長タイプの龍とは初めてだったな。まずオレが見本を見せてやる!」
先ほどの戦士たちの激励の熱気が、自分に伝染したのであろうか。
心が熱くなっていた。
自陣形が整ったことを確認したオレは、水龍王に向かい単身で駆けていく。
「ヤマト、待つのだ! 危険だぞ!」
まさかの突撃にレイランは叫ぶ。完全に意表をつかれたタイミングだったのであろう。
だが制止の声に構わず、オレは全力で突撃していく。
『ガフォオオオン!』
こちらの動きに水龍王は反応する。一つの龍頭がこちらに襲いかかってきた。
その大きさは巨大な岩石ほどのサイズ。更に大顎の中には鋭い龍牙が生えている。
「素早い反応だな。だが一匹だけとは舐められたものだな」
オレは駆けながら剣を抜刀する。
それは老鍛冶師の魂が込められた傑作……対霊獣用のガトンズ=ソードであった。
「はっぁあ!」
竜頭の大顎が目の前に迫ってきた。その瞬間を狙いすまし、剣を振り抜く。
『ブフォオン!?』
突然、激痛を感じた水龍王は叫ぶ。その自慢の竜牙は切断されていた。
オレがカウンターで吹き飛ばしたのである。想定外のことに竜頭は上空に退避していく。
「凄い……あの水龍王に傷を……」
その光景にレイランたち南蛮の戦士たちは驚愕していた。
彼らは親の代から、水龍王の恐ろしさを聞いて育ってきた。
水龍王はどんな力自慢が攻撃しても、傷一つ付けられない。そんな恐ろしい話しを。
「これは難しいことではない。死を恐れずにいけば大丈夫だ」
オレはそんな彼らに説明をする。
たしかに竜の身体は頑丈である。
だがどんな強固な物体にも、必ず弱いは存在する。そこを果敢に狙えば、この水龍王ですら倒せると。
「さて講習はここまでだ。次はお前たちが剣となり、そして槍となる番だ」
「おお!」
「オレたちもヤマト殿の後に続くぞ!」
「いくぞぉお!」
オレの言葉に男たちは動き出す。
まずは左陣の帝国軍が突撃していく。狙うは自分たちが担当する竜頭。全力疾走で突撃していく。
「南蛮の戦士たちよ。外界の者たちに後れをとるな! いくぞぉお!」
直後に右陣の南蛮軍も動き出す。竜頭の一つに向かって突撃していく。
これまで多くの先代の戦士団が、この霊獣に挑み破れてきた。ゆえに彼らにとって水龍王は触れていけない禁忌の存在である。
だが今は覚悟を決めていた。水都の愛する家族を守るために、命と魂を込めた突撃を続けていく。
「いくぞ! ひるむな!」
「足を休めるな! 息絶えるまで走るのだ!」
帝国軍と南蛮軍。
二つの国の男たちの流星のような突撃が、水龍王の各々の竜頭に次々と襲いかかる。
オレたちは全軍を上げて、水龍王に突撃するのであった。




