第155話:戦士たちの覚悟
水龍王と戦いが始まろうとしていた。
戦いの覚悟を決めた者たちが、水都の海岸に集結している。
ヒザン帝国からは精鋭揃いの騎士団が。南蛮族からは屈強な戦士団が立ち並んでいた。
そして指揮を執るオレたちは中央に陣を構えている。
「ヤマト兄ちゃん!」
「ダンナ、お待たせしたっす!」
呼んでおいたウルド荷馬車隊も、無事に合流する。三台の荷馬車は既に戦闘態勢に移行していた。
「さて。これで全員が揃ったな」
いよいよ戦いの時はきた。水龍王が到着する前に最後の言葉を伝える。
オレは集まってくれた者たちの顔を、一人ずつ確認していく。
ウルド村からは村長孫娘リーシャと老鍛冶師ガトン。それと村の子どもたち。
ロマヌス神聖王国からは自称遊び人ラック。
交易都市オルンからは太守代理イシスと近衛騎士リーンハルト。
ヒザン帝国からは皇子ロキと大剣使いバレス、皇女シルドリアの三人。
南蛮族からは大族長の娘レイラン。
この面々がオレのいる中央のメンバーであった。
そして彼らの背後には帝国軍と南蛮軍の男たちが、海岸沿いに勢揃いしていた。
「戦いを始める前に、皆に聞いてほしい。あの霊獣は水都を狙っている。そしてここで仕留めなければ大陸中に害をなす危険な存在だ」
オレは集まった全員に語りかける。
霊獣は悪意をもって人に害をなす存在であると。
この戦いで倒さなければ、被害は拡大していくであろう。何故なら海からは大陸各地に、自由に移動することができる。
それを未然に防ぐためには、ここで必ず水龍王打ち倒す必要があるのだ。
改めてこの戦いの大義を伝える。
「……すまないが、皆の力を貸して欲しい!」
オレは頭を下げて自分の想いを伝える。
今回の無謀な戦いは、元はオレが言いだしたもの。水龍王との戦いで多くの者が傷つき、倒れるかもしれない。
だが罪もない水都の人々を守るために、今は力を貸して欲しい。
オレはもう一度深く頭を下げて、全ての想いを伝える。
「ヤマトさま……頭を上げてください。その想いは十分に受け取りました」
「イシスさまの言うとおりです。私はヤマトさまの背中を、これからもずっと守っていきます」
イシスとリーシャの二人は暖かい笑みで答えてくれた。
初めて出会った時は、二人ともまだ幼さを残っていた。
だが今は立派な乙女として、頼もしい存在になっていた。
「私からも言わせてくれ、ヤマト。お前は大事な友の一人だ。その想いのために私は剣を振る。オルンの騎士として、これ以上の誉れはない」
「テメエにはいくつも借りがある。それを返さないと、地獄まで後味が悪いからな」
リーンハルトとバレスにも想いが届いていた。
この二人の騎士は先ほどまで、命を賭けて決闘をしていた。
だが今はオレのために肩を並べ、剣に誓いを立てている。言葉に出して伝えたことはないが、彼ら以上に頼もしい存在は他にはない。
「先ほどの決闘の決着をつけるために、あの水龍王を倒す……今は一人の男として私はヤマトを手助けしよう」
「ふむ。相変わらずロキ兄上さまは、素直ではないのう。だが、らしいのじゃ」
ロキとシルドリアの兄妹にも、想いは伝わっていた。
彼らは帝国の自軍ではなく、危険なこの中央陣に参加してくれる。
皇子でも皇女という地位や身分でない。一人の騎士として賛同してくれたのだ。
「オレっちは南蛮族の皆に、たくさん世話になったっす!」
「ふん。あの果実酒をまた飲まんとな」
ラックとガトンも、当たり前だと賛同してくれる。
彼らは非戦闘員であるが、誰よりも頼りになる男たち。これまでの数々の激戦も二人の存在のお蔭で、乗り越えられてきた。
「それならボクたちの褒美は、美味しい南蛮のご馳走だね!」
「ここまで出番が無かったから、ここで頑張らないとね!」
「あの悪い竜を倒して、マリア姉ちゃんを助けにいかないとね!」
最後にウルド村の子どもたち。待っていましたとばかりに、笑顔で答えてくる。
彼らはどんな強大な敵にも怯むことはない。誰よりも勇気を備えた小さな戦士たちである。
「この戦い私は、ヤマトを信じて剣を振るおう。お前をどこまで信じていく」
レイランも巨大な蛮刀を手に誓ってくれた。
彼女は危険な開祖の夢によって、今は危険な状況である。
だがオレの言葉を信じてくれた。水都にいる多くの南蛮族の戦士を、この戦いに動員してくれていたのだ。
「みんな……感謝する」
そんな仲間たちの言葉を聞き、オレは頭を上げる。何ものにも代えがたい百人力を得た、清々しい気もしてあった。
「さて、ヤマト。戦の前に、彼ら騎士と戦士たちに言葉をかけてくれ」
「このオレでいいのか? ロキ」
「ああ。悔しいが今回はお前の役目だ」
ロキの推薦で戦前の鼓舞をすることになる。
集まった者たちの前に進んでいく。
彼らは無数の帝国軍と南蛮軍の男たち。皆がこの討伐に望んで参戦をしている。
だがその瞳には同時に患いもあった。迫りくる巨大な霊獣に恐怖を抱いているのだ。
そんな不安定な心情の彼らは、オレの言葉を待っていた。
恐ろしい水龍王に打ち勝つ言葉を。数々の霊獣を倒してきたオレの鼓舞を、待ち望んでいたのだ。
「ヒザン帝国の騎士よ……そして南蛮族の戦士よ、聞くのだ!」
オレは男たちの一人一人に語りかける。
全ての者たちに伝わるように、声の限り言葉を発する。
「たしかに霊獣は強敵。その中でも水龍王は最悪の存在……正直なところ勝てる見込みは薄い」
その言葉に場はザワつく。
まさかの弱腰な言葉がオレから出るとは、誰も思っていなかったのであろう。
「だからといって、ここで背中を見せたらどうなる? そうだ。大陸中の人々があの霊獣の毒牙にかかるであろう!」
男たちは自分の大事な者たちの顔を思い浮かべる。
それは愛する者であり、家族と子どもたち。そして大事な友たちの姿である。
「その大事な存在を守るのは誰? 守れるのは、いったい誰だ?」
水龍王を倒すには、この戦いが最大のチャンスである。そして今戦えるのはこの海岸に集まった者しかいない。
「集った者たちよ、その手を見るのだ。その固く、荒れた手を」
オレの言葉に誰もが自分たちの手を見つめる。
幼い頃から剣や斧を振るってきた手。
剣タコが潰れ血を流しても、耐えてきた戦人の手であった。
「霊獣の恐怖に負けそうな時は、その手を信じろ。故郷の大事な者を守るのは、他の誰でもない。お前たちが……その勇敢な手が! 霊獣に屈しない魂が守るのだ!」
この場にいる誰もが、血のにじむような鍛錬を乗り越えきた。
血反吐を吐きながら剣を振ってきた。
その不屈の魂は自分だけが信じる力であった。
「今こそお前たちの武人として……そして戦士として魂に名を刻め!」
オレは想いを込めて男たち最後に伝えた。
その持てる全ての武勇と蛮勇を吐き出す時がきたと。大事な者を守るために魂を震わせろと。
(魂に名を刻め……か)
正直なところ、こんな熱い言葉の数々。今までの自分に相応しくなかった。発することすら抵抗もあった。
だが今は違和感ない。
もしかしたら自分も変わってきたのかもしれない。この世界の仲間たちから、影響を受けていたのかもしれない。
想いは言葉に出してこそ、相手に伝えることができる。そんな大事なことを。
「うっ……」
「ああ……」
そんなオレの言葉に、小さな反応が起きる。
最初は小さなうめき声が。
「うおぉお!」
「うぉおおお!」
そして次第に雄叫びへと、大きく高まっていく。
帝国の騎士と南蛮の戦士たち。彼らは魂の叫びをあげていた。
自分自身を鼓舞して、周りの仲間たちを激励していた。
「オレたちが守るのだ!」
「この手を信じていくぞ!」
その輪は次第に全軍に広がっていく。海岸が地鳴りのようなに震えていく。
全ての勇敢な男たちが戦いの覚悟を決めていた。
それは全軍の士気が最高潮に達した瞬間。そして戦いの準備が整った瞬間であった。
「さあ、各自持ち場につけ!」
オレは男たちに最後の命令を出す。ここから各部隊が臨機応変に行動してもらう。
「水龍王がきたぞ!」
誰かが叫ぶ。
水龍王が水中から姿を現したのであった。
いよいよ戦いが始まるのであった。