第154話:立ち上がる戦士たち
南方でも最大級の霊獣“水龍王”が水都に迫ってきた。
「でも、なぜ……こんな所まで!?」
まさかの事態に、レイランは言葉を失う。
本来なら水都から遠く離れた南海諸島に、水龍王は降臨していた。古代から南海諸島を離れたことはないという。
「なるほど。だがレイラン、あの様子ではヤツの目的はこの水都だ」
「そんな……バカな⁉」
霊獣からは禍々しい殺気が放たれていた。その矛先は間違いなくこの水都である。
このまま接近を許してしまったら、水都は蹂躙されてしまうであろう。
「レイランさま、今すぐ我々、戦士団で迎撃を!」
南蛮軍の戦士たちは、指揮官のレイランに提案する。
自分たちの故郷である水都を守るために立ち上がるべきだと。
「お前たち忘れたのか? 先々代の大族長の時に、三つの戦士団が壊滅した話を……」
興奮する部下をレイランは静かに諭す。
南蛮族にとって水龍王は厄介な存在である。
だから南方樹海に乗り込み、討伐を試みた大族長もいた。
最近だと先々代の大族長……レイランの祖父の時代に、大部隊の戦士団が水龍王に挑んでいた。
だが屈強な戦士団は壊滅していたのだ。
「残念ながら、ここは撤退が最良の策だ。水都を放棄するしかあるまい……」
レイランは言葉に詰まらせならが、そう決断をくだす。
この時間のない状況での撤退。水都の住民に多くの犠牲がでるであろう。
だが水龍王とは災厄の存在である。彼女たち南蛮族は抗うことはできなかったのだ。
「くっ……そんな水都を……」
「無念であります、レイランさま……」
「ああ。私も同感だ……」
迫りくる霊獣を凝視しながら、レイランは涙を流していた。
彼女たちは死をも恐れぬ、勇敢な南蛮族である。
だからこそ心の奥から悔し涙を流していたのである。
「さて、レイラン。そちらの話は終わったか? それならオレは行かせてもらうぞ」
少女の涙を邪魔するほど、オレも無粋ではない。
だが今は時間がない。
オレは次の行動に移らなければいけないのだ。
「行く……だと、ヤマト?」
「ああ。お前たちは安全な場所に退避しろ」
レイランたちに別れを告げて、見張り台を下りる。
そのまま南の海側に進んでいく。
「おい、待て、ヤマト……いったいどこに行くつもりだ。そっちは危険だぞ!」
涙を拭きながらレイランが追いかけてきた。
何故ならオレが向かう先には、水龍王が迫っていたのだ。
「早く退避しろ、レイラン。この海岸の瀬戸際でヤツを食い止める」
「バカな……あの大きさを見ろ! 人が敵う存在ではないのだぞ!」
オレのまさかの考えを、レイランは必至に制止してくる。
古代から今まで誰も水龍王には勝てなかった。再度その危険性を警告してくる。
「たしかにあの大きさは異様だな。おそらく最大クラスだな」
迫り来る霊獣は異常なまで巨大であった。
オレの目測によれば、これまで巨竜の倍以上はある。
おそらくは水生霊獣ということもあり、あそこまで巨大になっていたのであろう。
「だが、ここで食い止めなければ水都の市民に犠牲がでる」
状況的に今から警鐘を鳴らしても、全市民の避難は難しい。
ただでさえ帝国軍の奇襲で都は混乱していた。特に老人や子どもたちの中には、多くの犠牲者も出るであろう。
「バカな……水都の市民を守るために、ヤマトが……」
まさかの理由にレイランは言葉を失っていた。
何の関係のない南蛮族の市民のために、他民族のオレが命を賭けて霊獣に立ち向かう。
その行為を信じられずにいたである。
「オレには無関係ではない。この花飾りを貰ったら。それにレイランにも世話になったからな」
先ほど女の子から貰った花飾り。それを手に取り伝える。
そしてここ数日間、レイランたちに世話になったことを。南蛮族の美味い料理と酒。
そして彼らの心からの笑顔に感謝していたことを。
「バカな……たった、それだけのために……だと」
「諦めるのじゃ、レイラン。これがヤマトじゃ」
「そうですね、シルドリアさま。私もヤマトさまを信じて、どこまでも付いていきます」
絶句するレイランをシルドリアたちが諫める。
いつの間にか彼女たちも、オレを追いかけてきたのである。戦いの準備を終えて、頼もしい表情を浮べていた。
こうなった二人は、今さら止めても聞かないであろう。
だが霊獣大戦を勝つ抜いた彼女たちの援護は、オレにとって頼もしい存在である。
「ま、待て、ヤマト……私のことも忘れるな!」
「リーンハルトか。そんなに息を切らして大丈夫なのか?」
「ああ……もちろんだ!」
遅れてリーンハルトも駆けつけてきた。
異変を感じたこの騎士も、バレスとの決闘と中断してきたのであろう。
かなりの体力を消耗していた。だが息を整えて既に臨戦態勢に入っている。
『ヤマトのダンナ!』
その時。城で待機していたラックから、魔道具で連絡が入る。
水龍王の出現に、この男も気が付いていたのであろう。
「南に海岸まで荷馬車隊を誘導してきてくれ」
『了解っす、ダンナ!』
ラックに指示をだす。城から飛ばしてくれば、戦いに間に合うであろう。
「荷台の新しい武器を使うのか、ヤマト?」
「ああ。あの霊獣はこれまでとは少し違う。気を引き締めていけ、リーンハルト」
オレは外していたフル装備を身につける。
この中にも霊獣用の武器はいくつかあった。
だが水中の霊獣に対しては効果が薄い。
そのため荷馬車に積んである、新しい武器が必要になるのだ。
「さて、ロキ。お前はどうするつもりだ?」
この男もオレを追いかけてきていた。
思いつめた表情の帝国の皇子に尋ねる。
「ヤマト……お前はまた誰かを守るために命を賭けるのか?」
「ああ、そうだ。だが今回は分が悪い。五分五分の賭けだ」
「あの霊獣が相手なら……そうだろうな」
ロキも冷静に状況を見抜いていた。
そして同時に迷っていた。
この未曾有の危機に、自分はどうすればいいのか?
そんな深い迷いが、瞳の奥に見えていた。
この男も本心では、水龍王の討伐に参加したいのであろう。
だが戦いに参加すれば、部下たちを危険に晒す可能性も高い。
ロキはその狭間で苦しんでいた。
「まだ迷っているのかロキ? それならお前風に説明してやる。ここで水都を守れば南蛮族に大きな貸しができる。そしてそれは将来的に帝国に巨大な富を生む」
「我らヒザン帝国に大きな富を……だと、ヤマト?」
「ああ。これで戦う名目は立ったな。お前の後ろにいる、その部下たちの大義がな」
いつのまにかロキの背後には、帝国の騎士が集結していた。
彼らも霊獣の出現を察知して、状況を把握していたのだ。
ここであの霊獣を食い止めないと、水都の市民に大きな被害が出る。そして自分たち帝国軍には、弱い市民を守る力があること。
「ロキさま……」
「我々に号令を……」
騎士たちは指揮官の言葉を待っていた。
彼らは誇りあるヒザン帝国の騎士たち。市民に大きな犠牲がでることを、誰ひとりとして望んでいない。
そして全人類の仇敵である霊獣。その存在に確固たる覚悟を決めていたのだ。
「さて……ロキ。こんな時は、お前の好きな方を選べな。いつものように、それが正解だ」
「バレス……」
いつの間にかバレスも駆けつけていた。
つい先ほどまでリーンハルトとの死闘中であった。
だが今は息一つ切らしていない。この辺りの無尽蔵な体力はさすがである。
「あのヤマトは気に食わねえ野郎だ。だが嘘はつかねえ男だ」
「将来的に帝国に巨大な富を生む……その言葉か? そうだったな、バレス」
親友バレスの言葉に、ロキは覚悟を決める。
その顔に先ほどのまでの迷いはない。
「帝国の勇敢な男たちよ、今こそ我々の力を見せる時だ」
ロキは部下に新たなる号令を下す。攻撃対象を南蛮軍から水龍王に変更すると。
市民を守るためにロキは覚悟を決めたのである。
「やっとか、ロキ」
「ああ、待たせたな、ヤマト」
彼ら帝国騎士は霊獣討伐のエキスパートである。
これほど頼もしい援軍は他にいない。
「ヤマト、我々もいく……南蛮族の誇りにかけて、外界の者に負けるわけにはいかない!」
「ああ、レイラン。いい表情に戻ったな。それなら大丈夫だ」
レイランたち南蛮の戦士たちも、士気を取り戻していた。大切な水都の家族を守るために、立ち上がってくれたのだ。
これで全ての役者は揃った。誰よりも強く、頼もしく仲間たちが集まったのである。
先ほどまで五分五分だった勝機が、一気に跳ね上がる。
もはや何者にも負ける気がしない。
「それでは作戦を伝える。帝国軍は海岸素沿いに左に展開。レイランたち南蛮族は右だ」
海霊獣討伐に参加する者たちに指示を出す。
水都を守るためには、相手を海岸で塞き止める必要がある。そこに陣を敷いて迎撃する作戦であった。
「承知した、ヤマト。だが残りの中央はどうするのだ?」
地形を確認しながらレイランは訪ねてくる。
この防衛戦で最も重要なのは中央。
だが、そこは一番激しい攻撃を受ける危険性もあったのだ
「大丈夫だ、レイラン。中央はオレが……オレたちが受け持つ」
「バカな……その少ない人数で。いや、ヤマトたちなら可能かもしれんな」
唖然としてレイランは、すぐに笑みを浮べる。
彼女も思い出していたのであろう。この樹海で出会ってからの出来ごとを。民族の垣根を越えて、困難を乗り越えてきた話を。
「だが切り込み隊が少し足りないな、ヤマト。私も中央に入ろう」
「レイラン、それは助かる」
「ならば帝国軍からは、私とバレスの二人も加わろう」
「おい、ロキ! 勝手に決めるな……ちっ、仕方がねえな」
レイランに対抗するように、ロキたちも中央の部隊に加わってくれた。
彼らの自軍の指揮は、残る優秀な部下たち任せている。
これにより中央に最大の戦力を集約した、歪な陣形となった。
だが現時点での最強の布陣が完成したのである。
「さて……いくぞ、みんな!」
オレたちは全ての力を集結した。
こうして強大な水龍王に立ち向かっていくのであった。




