第142話:南蛮族の女戦士
南蛮族の援軍として現れたのは、一人の女戦士。巨大な蛮刀を構えた美しい少女であった。
「さて……下界の者たちよ。二度は言わぬ。立ち去れ」
女戦士はまだ若い銀髪の少女であった。リーシャと同じくらいの年頃だ。
レイランというのが名前なのであろう。蛮刀の刃先をこちらに向けて警告してくる。
「レイランとやら、オレは北方のウルド村のヤマトだ。南海諸島に行きたいだけで、敵対するつもりはない」
「南海諸島に行きたいだと? まさか……あの夢の……」
その単語に、レイランはピクリと反応する。
先ほどの戦士たちの反応と違い、明らかに動揺していた。もしかしたら何かを知っているのかもしれない。
「……それなら、この私に勝ったら許可してやろう、ウルドのヤマトとやら」
レイランは直ぐに表情を戻し、そう宣言してきた。
そして蛮刀を上段に構え直す。危険な獣のような殺気が、再び全身から放たれている。
「ヤマト、気を付けろ! その女戦士は普通ではないぞ!」
奇襲から立ち直ったリーンハルトが警告してくる。
先ほどの屈強な南蛮の男の戦士たち。その誰よりも優れた腕をもつ女戦士だという。
「ああ、そうだな」
そのことはオレも十二分に承知していた。
なにしろリーンハルトは普通の騎士ではない。巨大な霊獣の攻撃すらも受け止める大陸屈指の騎士である。
それを奇襲とはいえレイランは吹き飛ばしたのだ。
オレも最初から全力を出す必要があるであろう。
「いくぞ。我が名はレイランだ」
「ウルド村のヤマトだ」
「いくぞ、ヤマト!」
互いの口上が終わり、レイランが叫んだ時である。
視界から少女の姿が消え去る。
そして次の瞬間、レイランは一気に斬り込んできた。
最初の奇襲の時よりも更に速い。
「吹き飛べ、外界の剣士!」
レイランは蛮刀を降り下してきた。
巨大な蛮刀の重さを感じさせない、鋭い一撃である。
「速い……それに重いな」
オレは杖でその一撃を受け流す。
耐久力のない木の杖は、蛮刀に大きく削り取られる。
「ヤマト、気を付けろ! その少女はバレス並の膂力の持ち主だぞ」
「バレス並か。たしかにそうだな」
リーンハルトの警告の通り、レイランの力は尋常ではなかった。
今も完璧に受け流したはずなのに、腕が軽く痺れている。
ここまで重い一撃を受けたのは、たしかにヒザン帝国の誇る大剣使いバレス以来であった。
目の前の細身の少女の身体のどこに、これほどまでの膂力が秘められているのであろう。
「私の一撃を受け止めただと⁉ それなら!」
必殺の初撃を防御されレイランは驚いていた。
だがすぐさま次の第二撃に移行する。身を低くして一気に跳躍した。
「今度は本当に消えた……だと?」
そしてレイランの姿は消えていた。
先ほどまでオレの目の前にいたはずなのに。同じく見失ったリーンハルトも言葉を失っている。
ここは薄暗い森の中とはいえ、今はまだ明るい時間帯。それにも関わらず相手は一瞬で姿をくらましたのである。
「これは隠密術と神速の組み合わせた技か」
オレはすぐさま相手の技の正体を見抜く。
初めてみる技だが間違いはないであろう。そして相手は周囲の木々のどこかに、身を隠しているはずである。
「攻撃してくるのは……ここか!」
次の瞬間。
上空から雷光のような一撃が、降り注いできた。
先読みしていたオレは、木製の杖のしなりを利用して受け流す。
「なんだと⁉」
「レイランさまの必殺の一撃が⁉」
「これまで誰も止められたことがなかったのに……」
周囲で見守っている南蛮の戦士たちから、どよめきの声があがる。
その反応から、レイランは南蛮族の中でもかなりの腕利きの戦士なのであろう。
「やるな。ウルドの剣士ヤマトよ」
一方で着地したレイランは、余裕の表情であった。
まだまだ奥の手があるのであろう。蛮刀を構え直し、こちらの動きを伺っている。
「なるほど。素早さと力はたいしたものだ」
オレは素直に相手の力量を認める。
たしかにレイランの身体能力は半端ではない。
例えるならシルドリア並のスピードと、バレス並の膂力。その二つを兼ね備えているのだ。
この世界で出会った者の中では、間違いなく身体的な素質は随一であろう。
「だが、お前にはまだ足りないものがある」
「なんだと⁉ この私が弱いだと!」
一方で相手の弱点を指摘する。
まさかの言葉にレイランは声を荒げ、怒りを露わにする。
「そこにいるリーンハルトが本気を出したら、お前は敵わないであろう」
相手の怒りに構わず指摘を続ける。
たしかに先ほどリーンハルトは奇襲を受けて吹き飛ばされた。
だが生真面目な騎士である。
この男は、女子どもに対して本気は出さない。
そして全力で戦えば間違いなくリーンハルトが勝つであろう。
相手にそう、分かりやすく教える。
「まだ、分からないか? それがお前の弱点だ」
「ウルドのヤマト……侮辱は許さんぞ!」
激怒したレイランは、感情を爆発させて斬りかかってきた。
巨大な蛮刀で嵐のような連撃を繰り出してくる。先ほどよりも遥かにスピードも力も上がっていた。
「……静かなること澄みきった心のように……」
だがオレは冷静に、その連撃を回避していく。
今度は杖すらも使わず、体さばきだけで見切る。
そして全ての攻撃を回避して、レイランの目の前に到達する。
「バカな……なぜ私の攻撃が当たらぬのだ……」
「これは“明鏡止水”の極意だ」
「めいきょうしすい……だと?」
「ああ、そうだ」
唖然としている少女に説明する。
これは邪念を無くして心を無にする極意だと。
そしてレイランに足りなかったのは“心”だと。
敗北を知らず生きてきたために、心の鍛え方が足りなかったのだと伝える。
「なんだと⁉ だが、部族の者を守るため……私は負ける訳にはいかないのだ!」
窮地に陥りながらも、レイランは諦めていなかった。
最後の気力を振り絞り、蛮刀で斬りかかってくる。
それは今までとは違い剣速も遅く、重みもない一撃であった。
「遅い……だが、今までで一番いい一撃だ」
オレはその一撃をあえて真剣白刃取りで受け止める。
誰かを守るために剣を振るった……蛮族の少女のその思いを受け止めてやったのだ。
「くっ……ここまで実力差があるとは……」
レイランは片ひざをついて唖然とする。
最後の一撃に全身全霊をこめて、急激に体力を消費してしまったのであろう。
「私の負けだ。殺せ……ウルドのヤマト」
蛮族の少女は苦悶の表情で、負けを認める。
無防備な自分の首を差し出し、戦士として潔く散る覚悟をしていた。
「オレは騎士でも剣士でもない。そして女子どもを手にかける趣味もない」
「なんだと……」
絶句するレイランにその場に置き、オレは静かに立ち去る。
たしかにこの世界では不条理な戦いも多い。
だがレイランは正々堂々と戦った。その命を奪う非情さはないと伝える。
「では約束通りに通らせてもらうぞ。よし、行くぞ」
荷馬車に戻り皆に指示をだす。
余計なタイムロスをしてしまったが、予定通りこのまま南下していく。
「まて、ウルドのヤマト……」
「レイラン、納得がいかないのなら、また勝負を挑んでこい。オレは逃げも隠れもしない」
放心状態でこちらを見つめてくる少女に伝える。
荷馬車隊が南方樹海を抜けるには、まだ日数がかかる。その間ならいつでも一騎打ちの相手になってやると。
「止めを刺さないとは……相変わらず甘いのう、ヤマトは」
「七縦七禽……これも遺恨を無くするためだ」
ため息をつくシルドリアに対して、中国の故事を出して説明する。
レイランのように納得のいかない相手。それに対しては何度でも打ち返し、分からせるのが最良だと説明する。
「なるほどです。さすがヤマトさまです」
話を聞きながらリーシャも感心していた。
戦乱の続いていた大陸で、ここまで寛容な対応は聞いたことがないのであろう。
「くっ……待て、ヤマト」
「レイランさま、ここは一度退きましょう」
絶句しているレイランに、部下たちは進言していた。
峰打ちのおかげで今回の戦いでは、死者は一人もいないはずである。彼ら南蛮族の戦士たちも無事に帰還できるであろう。
「あっちは大丈夫そうだな。んっ⁉ これは……?」
オレたちが立ち去ろうとした、その時であった。
またもや何か気配を察知する。
だが先ほどのレイランの殺気とはまるで違う。
それは瘴気に満ちた危険な気配であった。
「レイラン! お前たち、その水辺から離れろ!」
「水辺から……だと? うわぁ⁉」
オレの警告は間に合わなかった。
絶叫と共に、南蛮族の戦士の一人の姿が消える。瘴気の発生源が、戦士を一瞬で丸呑みしたのだ。
「ダ、ダンナ……あれも霊獣なんっすか⁉」
「ああ、ラック。おそらく、そうだろう。鰐……の一種か? それに巨大な」
河の中から現れたのは巨大な鰐であった。
全身を漆黒の鱗で覆う禍々しい獣。
オレたちも初めて目にする、水生の霊獣が出現したのであった。