第140話:南方の樹海へ
ウナンの街を出発したオレたちは、南方樹海に到着していた。
「かなり深い森だな」
周囲を警戒しながら、樹海の中の獣道を進んでいく。
獣道は起伏がある荒い道。そんな中、オフロードモードの荷馬車は予定通り大活躍であった。
方角はオレの方位磁石で確認していく。
「ウルドの森とはだいぶ雰囲気が違いますね、ヤマト」
「そうだな、リーシャさん。亜熱帯風な樹木が多いな」
荷馬車を進めながら樹海の周囲を観察する。
北の山岳地帯ウルドと違い、ここは南にある樹海である。群生している樹木や植物も地球の南国の品種に似ていた。
自称冒険家な両親に幼い頃に連れて行かれた、アマゾンのジャングルを思い出す。
「地形の起伏が少なくて、思ってよりも楽ですね」
「だが土は水分を多く含んでいる。車輪がはまらないように注意だぞ、リーシャさん」
この樹海の中には大小の川が流れていた。
その影響もあり地面は湿気を含み、ぬかりやすい。底なし沼にはまったら危険である。
そのためクランたちハン族の騎馬隊を先行させて、地形を確認しながら進んでいく。
「見てください、イシスさま。あの花……とてもキレイですね」
「そうね。オルンにもない色彩だわ。なんという花かしら?」
周囲を警戒しながら、リーシャたち女性陣は景色に見とれていた。
樹海のいたるとことに、南国独特のカラフルな花々が咲き乱れている。
どこの世界でも年頃の女性はキレイな花が好きなのであろう。二人とも目を輝かせている。
「そういえば、ヤマトさま。初めて会った時、私からオルンの花をプレゼントしたのを覚えていますか?」
「オルンの花か……ああ、覚えているぞ」
ふと、イシスが尋ねてきた。
数年前ことだ。
彼女はオルンの“三個の礼”をプレゼントしてくれた。その二つ目はオルンの街の花である。可憐で綺麗な花だと覚えていた。
「実はあの花、未婚の女男間では“求愛”の意味がありました」
「求愛の意味だと? だからあの時、ラックが変な顔をしていたのか」
イシスから花を貰った時のことを思い出す。
あの時、オルンの花を見たラックは驚きながら、何かブツブツと言っていた。おそらく求愛の花を受け取ったオレに対して、反応していたのであろう。
それにしてもイシスは今さら何で、こんな前の話を持ち出してきたのであろうか。
「オレは花言葉や迷信は信じていないぞ、イシス」
「もちろん知っています。でも、いつか返事はお待ちしています」
イシスは意味深な笑みを浮かべながら答える。
少し天然な性格な彼女だが、本来は頭脳明晰な人物。もしかしたら花言葉に更に裏があるのかもしれない。
「きゅ、求愛って……イシスさま、あの時に、そんなことをしていたのですか?」
話を横で聞いていたリーシャは、目を見開いて驚いていた。
たしかあの時、彼女はオルンの市場で忙しくしていた日である。
自分の知らないやり取りを、リーシャは今知ったのだ。
「こう見えてイシスは、恋愛に関しては策士なのじゃ。うかうかしていると出し抜かれるぞ、リーシャよ」
「イシスさまが恋の策士……」
「あら、シルドリアさまも密かに求愛の剣舞を、ヤマトさまの前で舞ったことがあるはずですよ」
「ふむ。たしかに躍ったのじゃ。だが、イシス。どこから、その情報を?」
「オルンは大陸中の情報も集まる交易都市なのです、シルドリアさま」
「なるほど。たいした情報網じゃのう、イシス」
「シルドリアさまも……ヤマトさまに求婚を……」
何やら御者台で女同士の火花が飛んでいる。
主にシルドリアとイシスの両者の間で。そして次々と出てくる事実を聞いて、リーシャが言葉を失っている構図である。
三者に悪意はないが、火花は女の本気が混じっていた。
「話の真意はよく分からない。だが続きはマリアを助け出した後にしてくれ」
今は危険な救出任務の途中であり、いざこざからの仲間割れは問題である。
何が争点か知らないが、救出作戦が無事に解決した後にして欲しい。
「そうじゃのう。ヤマトの言うことも一理あるのじゃ」
「マリアさまも当事者の一人。救出してから四人で、ちゃんと話し合いましょう」
「イシスさま……そ、そうですね。私もこれからも頑張ってヤマトさまの背中を守ります!」
どうやら争いは一時休戦となったようである。
三人の少女たちは決意を新たに、何やら団結していた。やる気が全身から感じられる。
「やれやれ、雨降って地固まるだな」
そんな調子で荷馬車隊は樹海を進んでいく。
野営をしながら更に奥地を目指し、数日が経っていく。
道中では大きな危険もなく順調であった。かなり樹海の奥まで進んだであろう。
リーシャの感覚では、もう少し進めば海岸線に到達できるという。
オレたち目的地の南海諸島に着々と近づいていた。
◇
「ん? これは……」
そんなある日の移動中。
オレは何かの気配を感じる。
それは獣でなく、接近してくる別の存在であった。
「これは人の集団か? たいした隠密術だな」
誰もいない周囲の森を見渡しながら感心する。接近を察知しているのは今のところ自分だけであった。
一行の中で勘の鋭いシルドリアですら感づいていない。
おそらく接近する者たちは、森の中で特化した隠密術を有しているのであろう。
「ダンナ、これは……」
「ああ、分かっている」
次に異変を察知したラックが報告にくる。
争いを嫌うこの男は戦闘能力が行使しない。その代わりに動物的な直感に優れていた。
「どうした、ヤマト。それにラックも……ん? くっ、これは⁉」
少し間が空きリーンハルトも気がつく。
馬を止め、剣を抜き周囲を警戒する。
「ようやく楽しそうな連中が現れたのじゃ」
シルドリアも笑みを浮べて剣を抜く。
聖都からここまでの順調な旅。その退屈から開放され喜んでいた。
「気を付けろ、みんな。今回の相手は森の中では厄介だぞ」
「ヤマト兄ちゃんが“厄介”って言うことは……」
「みんな、最大級に警戒だよ!」
オレの合図で荷馬車隊は急停車して戦闘態勢に入る。
子どもたちは弩を構えて全方位を警戒する。
オレが“厄介”という高い評価を下した手強い相手。ここまで強い警戒態勢は霊獣大戦以来であった。
「相手は霊獣か、ヤマト?」
気配の種類までは察知できず、リーンハルトが尋ねてくる。
何しろ普通の山賊程度なら、この腕利き騎士が接近を許すはずがない。
つまり人外である霊獣が相手だと推測したのであろう。
「いや、残念ながら霊獣ではない。人の集団だ」
「バカな、この距離まで私たちが接近を許すとは……」
「おそらくは森の中に特化した連中だ」
「なるほど。そういうことか。要注意だな」
オレの推測にリーンハルトは気を引き締め直す。
何しろ戦いは訓練所での正々堂々な形式ばかりではない。こうした森の中での戦いは、腕利きの騎士であっても油断は禁物なのだ。
オレたちは荷馬車を中心に防衛網を敷き、相手の出方を待つ。
「……この森は不可侵の森だ」
そんな時である。
誰もいないはずの茂みから声が発せられる。
「外界の者たち、今すぐ引き返せ。さもなければ生きては返さぬ」
その警告と共に相手は動き出す。
無数の人影が、周囲の茂みから次々と姿を現す。全員が弓や槍で完全武装した戦士であった。
「なるほど。これが南蛮部族か。さて、どうしたものか」
現れたのはこの南方樹海に巣食う部族の戦士団。
オレたちは完全に包囲されてしまったのであった。




