第138話:聖女の行方
聖都郊外の遺跡の調査中に、聖女マリアが消えてしまった。
「そんな……マリアが……」
リーシャは妹が消え去った空間を唖然としていた。
すぐ隣にいたにも関わらず、未然に防げなかった自分を攻めていた。
「大丈夫だ、リーシャさん。マリアは通信の魔道具を持っている」
オレは彼女を励ましながら魔道具を取り出す。
これはマリアから預かった通信の魔道具。どんな遠距離でも通信できる、貴重な古代の魔道具であった。
「マリア、聞こえるか?」
オレは無線機の要領で魔道具に問いかける。
使用者の魔力を消費して、マリアに声が届くはずであった。
『……ヤマト……さま……はい、聞こえています』
「マリア!」
聞こえてきたマリアの声に、リーシャは安堵の表情を浮べる。
やや通信状況が悪いが、元気そうな声であった。全員に聞こえるようにマリアとの通信を続ける。
「マリア、状況は分かるか?」
『……はい……どうやら私は遺跡の装置で……強制転移させられたようです……今のところ、周囲に危険はないです』
マリアは冷静に分析して報告してくる。
転移先は薄暗い遺跡の中だという。正確な場所は分からない。
だが海の潮と甘い花の香りが、風に乗って流れてくると報告してくる。
『……それにとても蒸し暑いです……まるで真夏のように、とても汗ばんできます……』
「この季節に蒸し暑いだと? ラック、地図を出してくれ」
「了解っす、ダンナ!」
報告を聞きながら指示を出す。
ラックは懐から一枚の地図を取り出し広げる。それは大陸中に交易ルートを持つ、ガネシャ家の秘蔵の大陸全土の地図であった。
「この時季に蒸し暑いとは妙だな?」
今はもう秋の季節であった。
ここ聖都近郊も肌寒く、長袖の上着が欠かせないほどである。
「ヤマトよ。大陸の南なら年中暑い気候じゃぞ」
「なるほど、そういうことか」
シルドリアの話を聞き情報をまとめていく。
大陸南部は年中を通して真夏に近い気候だという。それならばマリアの報告も納得いく。
「だが情報がもっと欲しいな」
大陸の南といっても広大な地域である。
マリアを救出に向かおうにも、闇雲に動いては埒が明かない。更に手がかりになる情報が欲しい。
「ヤマトさま……ここです」
その時である。
リーシャが小さくつぶやく。地図を指差し何かを示している。
「妹は……マリアは、ここにいます」
彼女が示していたのは、消えたマリアの転移先であった。
大陸の南にある諸島の一つを示していた。
「マリアの居場所が分かるのか、リーシャさん?」
「はい。上手く言えませんが、間違いなくここにいます」
答えるリーシャの真剣な表情であった。そして両目はうっすらと光を帯びている。
「もしかしたらリーシャさんには魂鍵の力が、残っていたのかもしれないな」
リーシャは魂鍵の力を継承している。
霊獣大戦後にその力の全ては失われていた。だが妹マリアの危機に、何かの力が発揮されたのもしれない。
「なるほど。これで場所は分かった。マリアの救出部隊を編成するぞ」
リーシャのお蔭で正確な居場所が判明した。
距離的にウルド荷馬車隊で飛ばしていける場所。マリアのために急いで出発する必要がある。
「待て、ヤマト。その場所はマズイぞ」
地図を指差しリーンハルトが眉をひそめる。
正義感にあふれるこの騎士にしては珍しい、躊躇の表情である。
「そうっす、ダンナ。そこは、南海地方……ヤバくて、危険な場所っす!」
同じくラックも暗い表情である。
大陸の南にある半島と諸島で形勢された地域。それが“南海地方”と呼ばれている地方だという。
「そうじゃ、ヤマトよ。そこは我が帝国でも手を出せない“南蛮部族”……そいつらが治める国があるのじゃ」
ヒザン帝国の皇女であるシルドリアが補足する。
南海地方は古来より蛮族どもが住み着いていると。近隣諸国ですら開拓できない禁忌の場所だという。
「我らが帝国軍ですら攻め入ることができん。そこは死の南方樹海じゃ」
大陸でも随一の軍事力を誇るヒザン帝国。
その大遠征をもってしても攻略できない、危険な地域だという。
「なるほど。だから、この地域だけが国が建っていないのか」
オレは仲間たちの警告を聞きながら、地図を再確認する。
東のヒザン帝国と西のロマヌス神聖王国。そして交易都市オルンを含む中央平原の各諸国。
それらとは全く違う種族が巣くう地域。それがマリアの転移した南海地方なのだ。
「だが、それがどうした。オレは侵略戦争を起こすわけではない。仲間であるマリアを迎えにいくだけだ」
暗い表情の仲間たちに今回の目的を伝える。
救出に向かうのはウルド荷馬車隊の少数精鋭で。ロマヌス神聖王国の兵力は使わないと。マリアを救出して帰ってくるだけの、安全な旅だと説明する。
「そうっすね……これまでどんな探検者や商人でも、南海諸島には到達できなかった。でもダンナと一緒なら行けそうな気がするっす!」
「そうじゃのう、ラック。本当に不思議な男なのじゃ、ヤマトは」
シルドリアたちは苦笑いを浮かべる。
さっきまでの重い空気をふっきり、清々しい表情となっていた。
「私はヤマトさまを信じて、どこまでも付いて行きます」
リーシャは最初から決意を固めていた。
どんな困難があろうとも妹マリアを救いだす強い覚悟と意志。オレと一緒に数々の試練を乗り越えて、彼女も強く成長していた。
「山穴族の口伝では、南海地方には美味い果実酒があるというぞ」
「それなら美味しい果物もあるはずだよね!」
「美味しそうだよね!」
「今から楽しみだね!」
ガトンや子どもたちも同行する気満々であった。
遺跡の調査を中断して、早くも南に向かう準備を始めている。
「やれやれ。相変わらず食い意地がはった連中だな」
誰も足を踏み入れたことのない危険な南海地方。恐ろしい蛮族たちが治める危険な森への旅。
だが荷馬車隊のメンバーは誰もが覚悟を決めていた。
「よし、準備をして南海地方に向かうぞ!」
こうしてマリアを救出するために、オレたちは南海地方へ向かうのであった。