第137話:聖都郊外の湖畔遺跡
「ヤマトのダンナ。ここが遺跡っす」
賑やかな宴の次の日。
オレたちは聖都近郊の遺跡の調査に向かう。ラックの案内で目的地に到着した。
「これがそうか。静かな場所だな」
遺跡は小さな森の奥地にあった。
ウルドの森とは違い、危険な獣も少ない穏やかな場所である。
「ここは遺跡というより別荘地みたいだな」
塀に囲まれていた帝国樹海の遺跡とは違い、ここは住居用の雰囲気である。
人工的な池や庭園の有しており、おそらくは別荘地であったのであろう。今では樹木に呑まれて建物も半壊している。
「この下が遺跡の装置があった場所っす」
ラックの案内で地下室へとたどり着く。
特に罠や封印はなく、簡単に入れる構造となっていた。
「近隣住民の話だと、ここは何もない場所だったみたいっす」
移動しながらラックから遺跡が発見された経緯を聞く。
何でもここは長い間、誰にも発見されずに存在していたという。
おそらくは超帝国時代の結界で隠されていたのであろう。もしかしたら隠蔽や不可視の術の一種かもしれない。
「それがこの間の“新月”の後に、急に発見されたみたいっす」
今から少し前、森の獣たちが急に騒ぎ出した。それで駆けつけた近隣の狩人によって、この遺跡は発見される。
古代遺跡の危険性は霊獣大戦で誰もが知っていた。その報告を受けたラックとマリアたちが、第一回目の調査に来たのだ。
「なるほど。もしかしたら霊獣大戦の影響があったのかもな」
ラックの話を聞きながら考えをまとめる。
ずっと長い年月の間、この遺跡は隠されていた。それが急に出現したのは霊獣大戦の影響を受けたのかもしれない。
新月の後に現れたのは、月の位置が古代の術と関係があるのであろう。
「なるほどです、ヤマトさま。そういえば天神ロマヌスの術も、月と陽の配列の影響を受けます」
調査団に同行しているマリアが頷く。
聖女である彼女は天神ロマヌスの力を借りて奇跡起こることができる。英才教育を受けたその見識は深い。
「特に今月は二つの月が重なる“深海月”です」
マリアは青空に視線を向けて説明する。
地球とは違いこの世界には二つの月がある。今はその並びがちょうど一直線上に並ぶ珍しい期間だという。
「やはりそうか。それでこの遺跡の結界が弱くなったのだろう」
話を聞きながら仮説を固める。
霊獣大戦の影響と“深海月”の二つの影響を受けて、この古代遺跡は出現したのであろう。それならば急に発見されたのが納得できる。
「あっ、ダンナ。この部屋っす」
そんな話をしている内に、目的の部屋に辿りつく。
遺跡の地下にある小部屋であった。中央に不思議な装置が置かれている。
「これ遺跡の装置か。そして前回マリアが気を失った場所か?」
「はい、ヤマトさま」
前回、ラックたちは遺跡を徹底的に調査していた。
人的な罠はガネシャ家の者たちが解除。術的な探査はマリアが担当する布陣であった。
「この装置を調べていたら、なぜか意識が朦朧としてしまいました」
その時マリアは急に気絶してしまった。
気が動転したラックは、ウルド村にいたオレに通信の魔道具で連絡してきた。結果として数時間後にマリアは意識を取り戻したのだが。
「なるほど。他の遺跡に比べて規模は小さいな」
オレは慎重に装置を調べていく。
これまで見たことがあるのはヒザン帝国の樹海の古代遺跡。ウルド森の奥にあった“四方神の塔”。
その二つに比べて今回の装置はかなり小規模である。
「これは“セザール・ル・クルス”……この屋敷の主の名であろう」
「えっ、ダンナ⁉ 古代文字が読めるんっすか⁉」
「ああ。簡単な文章なら読める。これまでの遺跡文字の応用だ」
目を見開き驚くラックに答える。
オレは今まで発見した遺跡の古代文字を全て記録してある。それを解析して、今ではある程度は読めるようになっていたのだ。
「古代文字の解析は聖都の上級学者たちでも無理でした……さすがです、ヤマトさま!」
「そうじゃのう、マリア。ロキ兄上をはじめ帝都の学者でも無理なことを。本当に大したものじゃな」
マリアとシルドリアも称賛してくる。
ロマヌス神聖王国とヒザン帝国は大陸でも最高峰の研究機関を有している。その両国の学者でも古代文字の解析は出来ないという。
「文字の解析に必要なのは、発想の転換だ。大したことではない」
オレが大学時代に入っていた考古学サークルでは、一時期“解読ゲーム”が流行っていた。
世界中の言語や古代文字を組み合わせて、相手に暗号を作り問題にする。それを解読した方が勝ちという簡潔なルールである。
「超帝国人とはいえ言語には法則がある。まあ、解読には経験が必要だがな」
現代日本ではネットで簡単に世界中の言語が入手できる。
更にオレは“解読ゲーム”で誰にも負けた記憶はなかった。遊びながら学んだ解読の経験が、ここで生きていたのだ。
「解読の方法はそのうちロキたちにも伝えておく。今はとにかく再調査を進めるぞ」
このまま雑談していては、再調査が進まない。
オレは古代文字の解読方法を、各国に伝授することを約束する。
「さて。ここはセザール・ル・クルスという古代帝国人の、別荘兼研究所だったみたいだな」
装置に刻まれた文字を解読しながら確認していく。
情報によるとここは個人規模の小さな研究所である。これは結界術を半永久的に展開する装置。そう記されていた。
「なるほどな。これなら“四方神の塔”とは違い、大きな危険性はなさそうだな」
“四方神の塔”は霊獣大戦時に、大陸中を恐怖のどん底に陥れた古代遺跡である。
だが今回の遺跡には、直接的な破壊の力は無さそうだ。
ちなみに“四方神の塔”オレが徹底的破壊していた。今も定期的に確認もしており、再利用は不可能である。
「いやー、それは良かったっす。ひと安心っすね!」
調査報告にラックは安堵の表情を浮かべる。
なにしろ古代遺跡の恐ろしさは大戦で知っていた。あの悪夢は誰も二度と味わいたくない。
「とにかく、この装置も調査が終わり次第、破壊するぞ」
同行した面々にオレは宣言する。
古代遺跡は不明な点が多く、どんな恐ろしい力が隠されているか分からない。
強い力は霊獣管理者のように危険な存在を生み出してしまう。後の患いを無くするために、遺跡は徹底的に破壊するにかぎるのだ。
「そうですね、ヤマトさま。教皇と国王へは私から伝えておきます」
マリアは賛同してくれる。
聖女である彼女は発言力が強く国王と同等。特に古代遺跡の処理に関してはロマヌス国王からも一任されていた。
「それなら壊される前に、ワシは古代造形でも見ておくぞ」
「ガトンのジイさん。気を付けろ」
「ふん、小僧。ワシを誰だと思っておる」
調査に同行してガトンは、鼻を鳴らしながら答えてくる。
彼ら山穴族は岩と鉄の神に愛された種族。古代遺跡の危険性は誰よりも知っていた。ラックと組ませておけば、異変があった時も大丈夫であろう。
オレたちは慎重に調査を進めていく。
「あら、これは何かしら? ヤマトさま、この文字も解読できますか?」
装置の裏に描かれていた文字について、マリアが尋ねてきた。
聖女である彼女は古代文字に関して、人一倍関心があるようだ。
「これは装置の説明とは別のようだな。たぶん製作者の残した落書であろう」
裏に書かれていたのは小さな古代文字であった。
他の整然とした文字とは違い、走り書きである。おそらく製作者セザール・ル・クルスの覚書か何かであろう。
「セザール・ル・クルス……と“シャンラン”の……永遠の……。ここだけは消えているな」
そこにはもう一人の人名が書かれていた。
“シャンラン”という人物であり、製作者とは違い苗字はない。名前の響き的にも古代人とは少し違う感がある。
「セザール・ル・クルスとシャンラン……」
マリアは興味津々にその落書きを見つめる。
装置に手を当てて間近で観察する。
「“永遠の”……」
マリアがその単語を口にした瞬間であった。
「んっ⁉ みんな、気を付けろ!」
オレは何かの異変を察知した。
装置の周りにいた全員に警告を発する。
調査に同行して者たちは武器を構える。
「殺気や悪意はない。だが、何だ……この暖かい感じは?」
装置には異変はなかった。
だが何とも言えない不思議な魔力を、オレは感じていた。
前回の“四方神の塔”とは違い、身の危険は感じられない。
だが明らかに何かの術が起動している。
「キャー! マリア⁉」
その時であった。リーシャの悲痛な叫びが響き渡る。
彼女の隣にいたマリアの姿が、足元から消えていくのであった。
「くっ! これは強制転移の術の一種か⁉」
オレは誰よりも早く反応する。
強化された足で、一気にマリアの元に駆け寄る。
何故なら一年前の聖塔での戦い。あの時の強制転移の術と消え方が似ていたのだ。
「ヤマト……さま……」
だが今回の転移速度は早すぎた。
助け出す前にマリアは消え去っていた。
オレを呼ぶ声だけを残し、どこかに強制転移されてしまったのだ。