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第135話:聖都へ

 ウルド荷馬車隊が村を出発してから日が経つ。


 途中のオルンの街でイシスとリーンハルトを乗せる。

その後の道中も大きなトラブルもなく、目的地の聖都に到着した。


「ヤマトさま、お久しぶりでございます」


 大聖堂で出迎えてくれたのは、なんとマリア本人であった。天使のような笑みを浮べて元気そうである。


「いやー、ヤマトのダンナ。今回は本当に申し訳ないっす!」


 同じく出迎えてくれたラックは、気まずそうに頭をかいている。

そう……オレたちは誤報で呼び寄せられたのだ。


「気にするな、ラック。改めて話を聞こう」


 今回の話の流れは次のようであった。

 聖都の近郊に古代遺跡が発見され、マリアたちは調査に行った。

そこで彼女は突然気を失ってしまい、同行していたラックは連絡をしてきたのだ


「あの時は本当に気が動転してたっす!」


 翌日マリアは目を覚まして元気になる。その情報は道中でオレも連絡を受けていた。

だが遺跡のことが気なり、そのまま聖都にやってきたのだ。


「マリア、具合の方は大丈夫か?」

「ありがとうございます、ヤマトさま。術で自己検査しましが、大丈夫でした」


 マリアは笑顔で答える。

彼女は大陸に一人しかいない天神の聖女。その術によると身体の異常はないという。


「激務が続いたから、マリアは疲れていたのかもな」

「ヤマトさまにそう言われてみれば、たしかにです」


「もう……心配したんだから、マリア」

「ごめんね、リーシャお姉さま」


 リーシャは妹の身体をそっと抱きしめて喜ぶ。彼女はマリアのことを誰よりも心配していた。


「ところで遺跡のことだが、ラック」

「はい、ヤマトのダンナ。調査では特に異変はなかったっす」


 発見された遺跡の情報をラックから聞く。

場所は聖都の近郊の小さな森の中。情報収集に優れたガネシャ家の網に引っ掛かったという。


「遺跡の周辺の土地は、ガネシャ家が買い占めて封鎖しておいたっす」

「そうか。それは英断だな」


 古代遺跡はどんな危険性があるか分からない。

話によると遺跡の規模はかなり小さいという。だが油断大敵で徹底する必要がある。


「よし。明日にでも、その遺跡の再調査に向かう」

「了解っす、ダンナ。段取りをつけておくっす」


 時間的にこれから調査に向かうのは効率が悪い。

ここまで荷馬車を飛ばしてきたから休養も必要である。だから今宵は聖都に一泊することにした。


「それならオレっ家に泊まってください。親父もダンナに会いたがっていたっす」

「ああ、そうだな。それならガネシャ家に世話になろう」


 ラックの実家は大商人ガネシャ家である。

この聖都に広大な屋敷を有しており、来客用の館まであるという。

今回オレたちはその厚意に甘えることにした。


「それなら今宵はヤマトさまたちの歓迎の宴をいたしましょう」

「おお、マリアちゃん、ナイスアイデアっす! さっそく手配するっす!」

「では私も四天騎士の皆さんに声をかけておきます」


 マリアの提案で何やら急な展開になった。

ガネシャ家の屋敷で宴を開催するという。


 おい、待て! と、オレが制止する間もなく、ラックは大聖堂を飛び出していく。そしてマリアも侍女に指示を出している。


「ふん。聖都の酒は格別だから、楽しみじゃのう」

「わーい、宴だ!」

「料理が楽しみだね!」

「ご馳走だね!」


 ガトンと子どもは宴と聞いて、歓喜の声をあげる。

久しぶりの聖都の名産料理と酒に心を躍らせていた。


「私もアイザック師匠に会えるのが楽しみです」

「そうじゃのう。妾も四天騎士の連中と剣舞でも競うのじゃ」


 リーンハルトとシルドリアの二人も嬉しそうである。

アイザックたち四天騎士はロマヌス最強の騎士。彼らとの再会に腕を鳴らしていた。

 オレはまだ宴を許可していない。だが話はどんどん先に進んでいる。


「これは仕方がありませんね、ヤマトさま」


 イシスはこちらに視線を向けながら微笑む。

今回、彼女も外交公務ということで、聖都に来ていた。聖都の要人と顔を合わせることは、イシスにとっても有意義なのである。


「ヤマトさま……」

「ヤマト兄ちゃん……」


 荷馬車隊のみんなの視線がオレに注がれる。

これでオレ以外の全員が、宴に賛成したことになった。ここまできて否決するのも無粋というものである。


「やれやれ、仕方がないな。疲れを残さない程度の宴だぞ」

「おお、やったー!」

「ヤマト兄ちゃんの許可が出たよ!」

「急いで準備だ!」


 オレの決断に子どもは歓喜の声をあげる。

ガネシャ家に向かうために移動の準備に取り掛かる。

さっきまで「疲れたよー」と愚痴っていたのに、全く現金な反応である。


「ヤマトもだいぶ融通が利くようになったのじゃ」

「ああ。そうかもな、シルドリア。それに飲んで食べて騒ぐことで、解消できるストレスが医学的にある」

「そういった小難しいところは相変わらずなのじゃ」


 ため息をつきながらシルドリアも準備を始める。

リーシャとマリア、それにイシスに声をかけて、何やら密談もいている。

年頃の乙女ということもあり、霊獣大戦以降はこの四人は仲がいい。


「やれやれ。長旅の後だというのに、みんな元気なものだな」


 宴の準備に浮かれている光景に苦笑いする。

 心配していたマリアに異常がなく、誰もが安堵しているのであろう。

このままでは再会の宴や聖都観光が、旅のメインになりそうである。


「だが古代遺跡か。何事もなければいいのだが」


 そんな浮かれた様子を眺めながら、遺跡の情報をまとめる。

ラックたちの調査によると今のところ異変はないという。 

ガネシャ家は裏の隠密の顔をもち、罠や仕掛けにも通じている。彼らの解析は信用に値する。


「この聖都にも危険な気配はしない。だが……」


 聖都に到着した時から、オレは不思議な気配を感じていた。

それは殺気や悪意はなく、むしろ好意に近い暖かさを含んだ気配である。


 何かの術かもしれないが危険性は感じない。もしかしたらオレの杞憂かもしれない。


「あの……ヤマトさま、大丈夫ですか? 難しい顔をしていますが」

「ああ、大丈夫だ。リーシャさん」


 心配そうに覗き込んできたリーシャに、大丈夫だと伝える。

心配し過ぎるのはオレの悪い癖。不要な心配は他の皆に広げたくない。


「リーシャよ。ヤマトが難しい顔をするのはいつものことじゃ」

「ふふふ……ヤマトさまの難しい顔も凛々しいですね、リーシャお姉さま」

「シルドリアさまに、マリア……二人ともからかわないでくさい」


 少女たちはオレを話しのネタにして、また盛り上がる。ここままでは永遠に話が終わりそうにない。


「よし。そろそろガネシャ家に出発するぞ」


 どうやら準備も終わっていた。荷馬車隊のみんなに次なる指示をだす。

こうしてオレたちは聖都のガネシャ家に向かうのであった。



「今宵は思う存分堪能してくれ」


 夕方になり、ガネシャ家での宴の時間となる。

大当主マルネンの言葉で開始された。迎賓用の館に華やかな生演奏が響き渡る。


「わーい、ご馳走がいっぱいだね!」

「どれから食べようか!」

「こら、みんな。走っちゃダメですよ」


 リーシャの制止も聞かずに、子どもは料理コーナに駆けていく。

今宵は彼ら向けにバイキング形式の立食式。豪華な料理が並ぶ夢のような空間である。


「ふん。リーンハルトよ。ワシらも頂戴するとするか」

「そうですね、ガトン殿」


 ガトンたち大人も酒の肴を探しに向かう。

本格的な聖都料理の数々に、リーンハルトも食欲を抑えきれない。


「それならオレっちが料理について解説するっす!」


 聖都生まれのラックがみんなを案内していく。

今回はガネシャ家がホスト役であり、いつになくラックは張り切っていた。


 ちなみに今回の宴は親しい者だけの小規模開催にした。

ウルド荷馬車隊のメンバーとラックたちガネシャ家の者。それにマリアと四天騎士の神聖騎士たちである。


「さて。今宵は世話になる、マルネン」

「ああ。ゆっくりしてくれ、ヤマト」


 宴が落ち着いたころマルネンに挨拶にいく。

この大当主には聖都では色々と世話になる。


「そういえば、ヤマト。王国の重鎮と上級貴族からも、この宴への参加の希望があったぞ」

「貴族たちが? どういう風の吹き回しだ」


 オレはロマヌス神聖王国の重鎮たちとの面識は無い。

それに霊獣大戦の時、オレが人種管理者オール・マスターを倒した“黒き魔人”だという事実も知らないはずである。

それなのに一体なぜであろうか?

「何しろ“北の賢者”であり“竜殺ドラゴン・スレイヤーし”だからな。近づこうとする貴族も多いのだ」

「なるほど。そういうことか」


 帝都での巨竜アグニ討伐や、“天下三分の計”の立案。それらの功績は神聖王国にも広まっていたという。

それもありオレを取り込もうとする狡猾な貴族もいるらしい。


「表立ってはワシや聖女殿が警告してある」


 マルネンとマリアの発言力は国王に匹敵する。

彼らはウルド村に余計な謀略が及ばないように、聖都で気を利かせていたのだ。


「そうか、マルネン。今回の宴といい、世話になるな」

「ヤマトとあのウルドの子どもたちは、この大陸の救世主。このぐらいの歓迎は当然だ」


 マルネンは権謀術数に優れた隙の無い男である。

だが、料理コーナではしゃぐ子どもたちを見つめる瞳は、どこか優しい。


「子どもは好きか、マルネン?」

「もちろんだ。彼らは大陸の希望。子が多くなければ商売は成り立たず、国もいつか亡ぶ。商売を生業にする者にとって、世界の子どもたちは何よりの宝だ」


 マルネンは子どもの重要性を語り出す。それに合わせた経済論も。

この男は少し偏屈であるが、その頭脳は優れている。出生率の大切さを直感で知っているのだ。


「オレの故郷では少子化が進み、経済的にも悪循環に陥っていた」

「なんと、少子化だと? 文明が進んだ国でそんな恐ろしいことが起こるのか」

「そうだ。あまり詳しくは話せないがな」


 マルネンはオレが異世界から来たことを知る、数少ない一人である。それもあり日本のことを話せる相手であった。


「またニホンのことを教えてくれ、ヤマト」

「ああ。話せる程度ならいつでも大丈夫だ」


 急激な文明革命は異世界のバランスを崩す危険性がある。

だが政治経済程度の話なら大丈夫であろう。オレもこの大当主と語る時間は嫌いではない。


「ところで少子化対策のために、ヤマトは動かないのか?」

「少子化対策だと? どういう意味だ」


 さっきまで真面目な経済学を語っていた、マルネンの顔が変わる。

口元に笑みを浮べてオレを見てくる。


「この大陸で地位ある者は一夫多妻制が普通だ。何だったら全員をめとるものいいだろう」

「だから、どういう意味だ?」


 先ほどまで理論的だった会話が、急に絡み合わなくなる。マルネンの意図する真意が読み取れない。


「ラクウェルはワシに似て女運がない。何だったらヤマトの子どもの一人を、ガネシャ家の跡継ぎ養子でもいいぞ」


 マルネンの話は更に加速していく。

先ほどまでは大当主としての経済人の顔。

だが今は一人の男として。また子を持つ親として雄弁に語り続ける。


「おや、噂をすれば花嫁候補たちの登場だ。邪魔者のワシは退散するとしよう」


 マルネンは近づいて者たちに気がつく。そしてニヤリと笑みを浮べて立ち去っていく。


「花嫁候補だと? いったい誰のことだ」


 マルネンの残した意味不明な言葉。

その真意を確かめるべく、オレは後ろを振り返る。一体誰が近づいてきたのであろう?


「ヤマトよ、待たせたのじゃ」


 やって来たのは四人の少女であった。

その先頭にいたのはシルドリア。いつになく満面の笑みを浮べている。


「シルドリアにイシス、マリア。それにリーシャさんまで。それに、その恰好は……」


 オレはその四人の姿を見て言葉を失う。

なぜなら彼女たちはこれまで見たこともない、可憐な恰好に着替えていたのだ。


「やっぱり恥ずかしいです……」

「あら、とてもお似合いよ、リーシャさん」

「イシスさまは大人の身体つきで、ドレスもお似合いですから大丈夫ですが、私は……」

「リーシャお姉さまも自信をもって」

「そんなマリアまで……」


 四人は華やかなパーティードレスに着替えていたのだ。

これまでの普段着とは違い、肌を露出させ大人の色気を醸し出すデザインである。


「さて、ヤマトよ。今宵こそは誰にするのかハッキリさせてもらうのじゃ」


 発案者であるシルドリアは小悪魔的な笑みを浮べる。

こうして華やかなドレスに囲まれて、宴は始まるのであった。







先日から新連載を始ました。


【素人おっさん、第二の人生でサッカーライフを満喫する】

https://ncode.syosetu.com/n5399el/


転生で成り上がっていく物語です。サッカーの知識が無くても読めるような、ライトな感じです。

現時点でジャンル別で一位で好評を得ていました。

こちらも、よろしくお願いします。



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