エピローグ:オレの恩返し
霊獣大戦が終わり、大陸に平和な日々が戻る。
ウルドの民は故郷に戻り、荒廃した村の再建を行っていた
それから数か月が経ち、村は新しい季節を迎える。
時期は秋。
村では穀物イナホンの収穫を行っていた。
「今年の収穫は、これで最後だ」
稲刈り終えた田んぼを確認して、オレは作業終了の合図をする。
「久しぶりだったけど、今年は早く収穫できたね!」
「でも腕と腰はパンパンだね!」
重労働である稲刈りが終わり、村の子どもたちは笑顔を浮かべていた。
その周囲には鎌で刈られた黄金色のイナホンが積んである。
「この稲刈りという作業は、想像以上にキツかったな」
「お父さんたちは今回が初めてだからね! これは力じゃなくて、流れるように刈るんだよ!」
「そうか……お前たちは本当にたくましくなっていたんだな……」
子どもたちは自分の両親に、稲刈りの極意を得意げに伝える。そして親たちは満足そうに、我が子の成長を喜んでいた。
「ヤマト殿、この後の作業は?」
「刈ったイナホンを乾燥させて、後は片付けだ」
「なるほど。わかりました」
数年ぶりに村に帰ってきた大人たちに、新しい作業の流れを教える。
大人である彼らは、一度教えただけで作業のコツを掴んでいた。来年からは農作業も楽になるであろう。
(再建後の初の稲刈り……だったが、今年はまずまずの収穫量だな)
干してあるイナホンを見つめながら、心の中でつぶやく。この分だと食料の自給自足も間近である。
(それに村の再建も、今のところ順調だな……)
オレは村の中を歩きながら、感慨にふける。
あの日、ウルドの民が村に帰還してから、数か月が経っている。
これまでは荒廃した村の再建に忙しい日々であった。
焼け落ちた家を建て直し、荒れ果てた畑の土の作り直し。
食料や毛皮を得るための狩りや、交易による物資の搬入。毎日が本当に目の回る様な日々であった。
「ヤマト兄ちゃん! 焼き物の作業は終わったよ!」
「ああ、そうか。今日は後は半休だ」
「わーい、やったー!」
だが村人たちの協力があり、予定よりもハイペースで再建は進んでいた。
成長した子どもたちに加えて、帰還した大人たちも寝る間を惜しんで働いている。
「ふん。小僧、ここにいたのか? 織物工房の建て直しも終わったぞ」
「ああ、分かった。だが、ずいぶんとハイペースだな、ガトンのジイさん」
「ワシら山穴族は本気を出したら、こんなもんじゃい」
さらに老鍛冶師ガトンを筆頭とする山穴族の老人たちも、再建で大活躍していた。
彼らは全員が腕利きの職人であり力自慢。こうした復興の作業では、本当に頼りになる。
「ヤマトの兄さま、ただ今オルンから荷を持って戻りました」
「ああ、ご苦労だっな、クラン。これから広場で収穫祭だ。ゆっくり休め」
「はい、楽しみですね!」
ハン族の少女クランが、荷馬車と共に帰還してきた。
最近ではこうして、定期的にオルンの街と交易を再開している。
これまではガネシャ家からの支援物資が必須であった。
だがこの順調さなら、来年には早くも必要もなくなるだろう。
(ようやく……あの時の村の光景が、戻ってきたな……)
山岳地帯の自然に囲まれた美しいウルド。そんな村の様子を眺めがら感傷にひたる。
あの霊獣大戦で村は甚大な被害を被っていた。
迅速な避難のお蔭で人的被害はなかったが、霊獣に荒らされ廃墟と化していた。
(ウルドの誇り……か。ウルドの民は、本当にたくましいな……)
そんな村がたった数か月で、ここまで復興している。
ウルドの誇り……まさに故郷を想う力が原動力なのだ。
(そしてウルドの森の古代遺跡……アレは大丈夫そうだな)
人種管理者が起動した“四方神の塔”は、ウルドの森の奥地にあった。
だがオレが完全に破壊して、もはや再利用は不可能である。
(そしてリーシャさんも……)
ウルドの少女リーシャは古代遺跡を起動させる、危険な鍵であった。
だが助け出したあの日、全ての力を完全に失い普通の少女に戻っている。
今後も不安はあるが、このオレといる限りは安心であろう。
(そして“黒き魔人”の力も……)
オレに宿っていた“黒き魔人”の力は、今はもうない。そして妖刀と武士の鎧も。
それらは霊獣大戦の全てが無事に終わった後……見守ったかのように、先祖の武士、楠兵右衛門の魂と共に成仏していた。
(だが、これでよかったのだ……)
何故なら強すぎる力の存在は、人の欲望を歪める恐れがあった。第二の人種管理者を生み出す危険性がある。
運のいいことにリーシャが古代遺跡の鍵であり、オレが“黒き魔人”と化したことを知る者は少ない。
今後もオレは霊獣大戦の真相を明かすつもりはない。
◇
「ヤマトさま、ここいたのですね」
「ずいぶんと探したぞ、ヤマトよ!」
感慨にふけながら村を散策。そんなオレのもとに二人の少女が駆け寄ってきた。
村長の孫娘リーシャと、帝国の皇女であり居候のシルドリアである。
「どうした二人とも?」
「そろそろ収穫の宴が始まるので、ヤマトさまを呼びに来ました」
「主役がいなかれば、宴は始まらないじゃ」
秋の収穫を祝って本日は収穫祭が行われる。それで村を散歩していたオレを、二人は呼びにきたのだ。
「ああ、そうだったな。今すぐ行く」
思いの外、感慨にふけて時間が経っていたのであろう。
二人に手を引っ張られるままに、オレは村の中心部までいく。
そこでは村人たちが全員集まり、広場で宴の準備を終えていた。
「では、乾杯の挨拶をヤマト殿、よろしくお願いしますぞ」
「そうか……」
村長が乾杯の言葉を頼んでくる。
こういったことは正直なところ苦手である。だが今日ぐらいは仕方がない。
「では、再建した村の初めての収穫を祝って…………ちょっと待ってくれ」
オレは乾杯の言葉を途中で止める。
何故なら緊急を告げる連絡を感じたからである。
「どうした、ラック? そんな息を切らせて、お前らしくないな」
『ああ! ヤマトのダンナ……連絡が……繋がってよかったす!』
連絡があったのは聖都にいるラックからであった。
二人だけの遠距離通信の魔道具を使い、緊急の連絡をしてきたのだ。
『それが……神聖王国の領土の奥地に……古代遺跡が見つかって……調査に行った聖女のマリアちゃんが……大変なんっす!』
ラックの声は途切れ途切れであった。
だが何やら緊急を要する事態が発生しているのを察っする。
「ああ、わかった」
ラックとの通信を、そこでいったん終える。後ほど通信が回復してから、詳しくを話を聞く。
「というわけだ……すまないが、また村を留守にする」
やり取りを見守っていた村人たちに、事情を説明する。
そして伝える。これから大至急オレは聖都に向かうと。
「マリアは大事な妹……もちろん私もついて行きます、ヤマトさま」
「リーシャだけだと、色々と心配じゃ。妾も行くのじゃ」
二人の少女は当然かのように旅の準備を始める。剣や弓などの武具を身につける。
「ふん。荷馬車の“さすぺんしょん”を新しいのに交換しておいた。これでワシも車酔いの心配もないぞ」
老鍛冶師ガトンは新たに改造した荷馬車を指差す。オレの考案したサスペンションを、いつの間にか製造していた。
「はーい、ボクたちも、もちろん行くよ!」
「聖都は美味しい食べ物が、いっぱいあるからね!」
「その前に、このご馳走も食べておかなとね!」
子どもたちは口一杯に食事をほお張り、次々と荷馬車に乗り込む。稲刈りの疲労を感じせない元気さだ。
「村のことは、また残る者たちにお任せください、ヤマト殿」
村長と大人たちは笑みを浮べいる。頼もしい彼らがいれば、ここからの村の再建は大丈夫であろう。
「やれやれ……まったく……」
本当に自分勝手で、頼りになる者たちばかりである。一体誰に似たのだろう。
「よし……では、ウルド荷馬車隊、出発するぞ」
「はい!」
こうして新しい旅がまた始まる。
これまで自分が世話になった者たち……オレの恩返しの物語が。
◇
◇
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ハーーナことハーーナ殿下