第131話:絶望と希望の光
人類の仇敵である人種管理者が、オルンの聖堂に現れる。
『さて、エサが揃ったから、コレはもういらないや』
人種管理者は霊獣と融合して、人外生物に変貌していた。
その触手から捕らわれの騎士が、壁面に放り投げられる。
「バレス、リーンハルト! 大丈夫か⁉」
「ああ。これくらい大丈夫だぜ、姫さん……」
二人は受け身をとっていたが、その全身に傷を負っている。おそらくは一方的に攻撃を受けて、触手に拘束されていたのであろう。
「キサマ……よくも妾の仲間たちを……」
頭に血がのぼった皇女シルドリアは剣を構える。人外生物となった相手に、今にも斬りかかる勢いだ。
「シルドリアさま、お待ちください……」
起き上がった騎士リーンハルトは、血気にはやる皇女を制する。このまま斬り込んでいっても犬死に終わると。
「あの人種管理者はもはや、普通ではありません」
かつて少年の姿をしていた人種管理者は、その姿を一変させていた。
上半身は辛うじて人の身体と保っている。だが、それ以外の部分は多種の霊獣と融合していた。
「オレさまの魔剣も通じなかったぜ……」
大剣使いバレスもリーンハルトに同意する。
聖堂にいた彼ら騎士は、この人外生物に一蹴されていた。
その全身は強固な竜鱗で覆われ、手足の代わりに漆黒の触手が無数に伸びている。
「ちっ、認めたくねえが、最強最悪の相手だ」
剣も弩も全く効かず、圧倒的な攻撃力の前に騎士たちは屈していた。
野獣のような大剣使いが息をのみ、たじろいでいた。
「ああ、確かに普通ではなさそうじゃな……」
シルドリアは彼らの言葉に警戒を強める。
この聖堂の端には、他の連合軍の騎士たちも倒れ込んでいた。
連合軍の中でも屈指の強さを誇る彼らが、何の抵抗もできずに一瞬で制圧されていたのだ。
「ところで聖女さまは……?」
「イシス、私はここにいます」
イシスの問いかけに、聖女マリアが姿を現す。
護衛の騎士たちの奮戦もあり、彼女だけは聖堂の奥に逃げ込めていた。
『さて、これで邪魔な三匹のエサが揃ったね』
「エサじゃと……」
その言葉にシルドリアは眉をひそめる。
相変わらず人種管理者は自信に満ちている。
だが以前の丁寧な口調から、野蛮な言葉に変化していた。霊獣と融合して性格も影響を受けているのかもしれない。
『せっかく数日前までは、ボクの楽しい遊びだったのに……』
シルドリアの言葉を無視して、人種管理者はここに来た経緯を語る。
自分は霊獣軍を使役して、連合軍との戦いを楽しんでいたと。
それは古代超帝国時代にもあった“軍駒”という遊び。
当時は奴隷たちと霊獣の群れを戦わせて、天空城から観戦する一番の娯楽だった説明する。
『でも無能な天神のヤツが、何やら余計なことをしたからね……』
数日前の天神ロマヌスの啓示を、人種管理者も察知していたのだ。そしてマリアたちが“終焉の禁呪”を発動させようとしていたことも。
『“遊び”には、ちゃんとルールが必要だよね? だから破ったキミたちの処分に来たんだ』
一方的な物言いであるが、絶対強者としての言葉であった。
そう語りながら人種管理者は、深い息を吐き出す。猛獣のような牙の生えた口から、漆黒の瘴気が溢れてきた。
「この聖堂には天神ロマヌスの結界を、何重にも張っていたのに……」
『結界? こんな弱いものは何の足止めにならないよ!』
マリアの悲痛な言葉を、人種管理者は高笑いで消し去る。
『さっきも言っただろう? ボクは完全で至高な存在になったって! キミたち下等種はここでボクに処分される運命だったんだよ!』
最後に人種管理者は宣言する。
たった今、霊獣軍をオルンの市街地にも召喚したと。城壁の内と外から攻撃を受け、連合軍は全滅するだろうと高笑いする。
「“能書きはそれだけか?”」
『何だって……』
そんな不快な笑い声を、皇女シルドリアの凛とした声が切り裂く。漆黒の瘴気に怯むことなく、颯爽と剣を構える。
「ヤマトがいたら、きっとそう言うのじゃ。キサマをここで倒せば、妾たちの勝ちだと!」
「そうですね……シルドリアの言葉の通りです。ここで私たちは勝ちをつかみ取ります!」
シルドリアの隣に進み、イシスも宣言する。戦う術を持たない少女だが、人外なる存在を前に怯んだ様子はない。
「ここで諦めたら……ヤマトさまに叱られてしまいます」
「そうじゃのう、イシス。ここで引き下がったら、ヤマトに会わせる顔がないのじゃ」
太守代理と皇女。二人の少女は覚悟を決めていた。たとえこの身が滅んだとしても、最後の瞬間まで決して諦めないと。
「そうだったな。イシスさまの言葉の通りだ……」
二人の言葉に騎士リーンハルトが反応する。顔を上げて言葉を吐き出す。
「ヤマトだけには、男として負けるわけにいかない!」
リーンハルトは叫ぶ。先ほどまでの絶望の顔から一変し、覇気が全身にみなぎっていた。
「ああ、そうだな、優男……」
帝国の騎士バレスも立ち上がる。全身に受けた大怪我も、お構いなしに前に進む。
「あの男……ヤマトの野郎の名前を出されたら、うかうか死んでもいられねえぜ!」
バレスは大剣を振り上げ、獣のように咆哮する。野生の闘志が両目に宿る。
「わ、我々も……」
「ああ、ヤマト殿に借りを返さねば……」
「帝都を守ってもらった恩義を……」
オルンと帝国の誇る二人の騎士の、その叫びは味方を奮い立たせた。
人種管理者の攻撃を受けて倒れていた、騎士たちも立ち上がる。
彼らは帝国や神聖王国の騎士たち。かつてヤマトに自分の家族を守ってもらった者であった。
「皆さま、そうですね。最後まで諦めていけませんね……リーシャお姉さまが想う、あのヤマトさまのように」
聖女マリアも立ち上がり、自分自身の覚悟を決める。
もはや人外生物となった人種管理者に、怯む者は誰もいない。聖堂の中には戦う者たちの闘志が満ちあふれていく。
『そろいもそろって、なんだい……下等種が口をそろえて⁉ 『ヤマト、ヤマト』ってうるさいな。知っているだろう? あの男はもう、この世界にいなんだよ!』
人種管理者は明らかに不快な表情で叫ぶ。
異世界からきた“特異種”であるヤマトは、“逆召喚”の術で強制送還したと。その先は違う次元の世界であり、もう二度と戻ってくることはないと鼻で笑う。
「それがどうしたのじゃ」
『な、何だと……⁉』
人種管理者の説明を、シルドリアは不敵な笑みで消さる。
「はい、ヤマトさまは、今でも……ここにいます」
イシスは自分の胸に手を当て、シルドリアの言葉に続く。
「そうですね……ヤマトさまは必ず戻ってまいります」
マリアも続く。聖女としてではなく、一人の少女として自分の言葉を発していた。。
「はん! うちらの女衆は面白れえヤツばかりだな、優男!」
「ああ、そうだな。我々も負けていられないな、バレス殿!」
バレスとリーンハルトは顔を見合わせて、不敵な笑みを浮べる。そして剣を構え直し、人種管理者の巨体の前に進んでいく。
『ヤマト……ヤマト……って、本当に不愉快な言葉だね!』
不思議が力に気圧されていた人種管理者が吠える。まるで逆上した子どものようであった。
『だったら、この場の全員の亡骸を……ヤマトの世界に送ってやるよ!』
人種管理者は人外となった全身の触手や羽を広げ、威嚇行動を起こす。獣となった爪を立て、皆殺しを宣言する。
「皆の者……いくのじゃ!」
「ああ!」
シルドリアの言葉が開始の合図となる。
聖堂の中にいた騎士たちは、一斉に人種管理者に斬りかかる。
「野郎ども、この竜鱗に剣は通らねえ! すき間を狙え!」
「はっ! 巨竜討伐の時と同じですな!」
大剣使いバレスの言葉に、部下の帝国騎士たちが従う。
巨体となり動きが遅くなった人種管理者に、次々と突撃していく。
「術を使います……イシス、あなたの想いを私に分けて……」
「はい、聖女さま!」
後方に下がったマリアはイシスの手を取る。そして天神に祈りを捧げ、新たなる術を展開させる。
「この負なる力を抑え込みます、皆さん!」
聖女マリアはイシスの魔力を使い、強力な術を発動させる。人種管理者に負荷がかかり、全身の動き遅くなる。
「ああ、でかしたじゃ、マリア、イシス!」
その隙を狙い、閃光のようにシルドリアが斬り込んでいく。赤髪が稲妻のように残像を残す。
「散るがいい!」
シルドリアの剣は竜素材と使い、山穴族によって強化されている。その鋭い剣先が次々と触手を切断していく。
『ぐぬぬ! この下等種どもがぁあ!』
思わぬ傷を負った人種管理者は、半狂乱となり咆哮をあげる。全身の触手や爪を振り回す。
その攻撃の前に多くの騎士たちが吹き飛ばれ、聖堂の壁面が半壊していく。
「皆の者、この盾の後ろに!」
リーンハルトは大盾を構えて突撃していく。
構えるは巨竜アグニの竜鱗を素材とした新しい盾。人外生物の強烈な攻撃に耐えきる。
「我々もリーンハルト殿に続け!」
「オルン魂を、今こそ!」
シルドリアとバレス、リーンハルトの三人が先頭に立ち剣を振るう。それに各国の騎士たちが続き突撃をしていく。
「聖女さまの想いを無駄にするな!」
「誇りある神聖騎士団の力を、見せるのだ!」
彼らは各国の精鋭たちであり、死をも恐れぬ勇敢な騎士である。圧倒的な力を持った人外生物の前にも一歩も怯まない。
『下等種がぁぁ! 調子に乗りやがって!!』
しかし霊獣と魔道が融合した人種管理者は圧倒的であった。
その竜鱗は魔剣の力さえ跳ね返し、無限の漆黒の触手は金属の鎧すら楽々貫通する。
「くっ……無念……」
「後のことは頼んだぞ……」
その圧倒的で無慈悲な攻撃の前に、多くの騎士たちは倒れていく。誰もが一歩も引かず果敢に絶命していく。
「ちっ、一気にいくのじゃ!」
「全てを出し切る!」
「“暴風”よ、すべてを断ち斬りやがれぇぇ!!」
シルドリアとリーンハルト、バレスの三人は最後の力を振り絞る。
明鏡止水を使い果敢に斬り込んでいく。その攻撃は大陸でも最強の三傑の極みまで到達していた。
『うがぁあ⁉ 下等種がぁああ!』
傷を負った人種管理者は絶叫する。騎士たちの攻撃が確実に効いているのだ。
「シルドリアちゃんたち、お待たせ!」
「みんな危ないから、そこをどいて!」
その時である。吹き飛んだ聖堂の扉から、一両の荷馬車が突撃してきた。
馬笛の連絡を聞いたウルド荷馬車隊が、援護に駆けつけたのだ。
「全員その場から離れるじゃ!」
御者台の老鍛冶師ガトンが叫ぶ。その手元の器具を操作して装置を作動させる。
引いていたハン馬は子どもたちに操られ、荷馬車から離脱してく。
「強弩槍・戦車じゃ!」
その荷馬車は戦闘用の戦車として改造されていた。
前方に何本もの強弩槍を搭載した、超攻撃型の突撃用の荷馬車として。ヤマトが残した設計図を元に、山穴族たちがオルンで改造したのだ。
「派手にいくぞい!」
ガトンは叫びながら飛び降りる。無人となった荷馬車は、そのまま人種管理者に突っ込んでいく。
「全員、伏せるじゃ!」
その次の瞬間。聖堂の中に閃光と爆音がはしる。
強弩槍に搭載されていた“火石神の怒り”が炸裂。前方だけに指向性で攻撃が放れたのだ。
「な、なんという威力だ……」
閃光と爆音が収まり、あまりの光景にリーンハルトは言葉を失う。
強弩槍・戦車の攻撃によって、聖堂の建物の半分が吹き飛んでいた。
「小僧の設計では対巨竜じゃったが……これはあまりにも威力がありすぎたのだ」
荷馬車を改造したガトンですら唖然としていた。一回しか使えない決戦用とはいえ、その威力が想像を遥かに超えていたのだ。
「我々は……勝ったのか……?」
「ああ……さすがにこれでは骨も残らないであろうであろう……」
避難していた騎士たちは、顔を見合わせて笑みをこぼす。
人外生物である人種管理者を、自分たちが打ち倒したと。大陸の平和が守られたと歓喜する。
「……んっ⁉ いかんのじゃ!」
その時、シルドリアが叫ぶ。
「全員、構えるのじゃ!」
次の瞬間、粉塵の中から漆黒の閃光がほとばしる。
「うぐっ……」
「シ、シルドリアさま……」
その閃光はいく筋にも別れ、騎士たちの急所を吹き飛ばしていく。空間が削り取られたように、彼らの身体に大穴が空いていく。
『まったく……少し焦ったよ……』
粉塵が晴れて一つの影が現れる。この場にいる誰もが息を止め、固唾を飲み込む。
「バ、バカな……」
「そ、そんな無傷だと……」
姿を現したのは人外生物である人種管理者。何かの術を展開させ、全くの無傷であった。
まさかの光景に誰もが絶句し、その場に立ち尽くす。
「ちっ、化け物がぁ!」
ただ一人シルドリアだけが反応する。再び閃光のように斬り込んでいく。
『無駄だよぉお!!』
だが彼女の剣は届かなかった。
人種管理者の周囲に、見えない障壁が展開されている。それにより全ての連撃が跳ね返されてしまう。
「くそがああ、“暴風”!」
「いくぞ!」
バレスとリーンハルトも突撃していく。
だが同じように全ての攻撃は、見えない障壁によって防がれる。
『無駄だぁよ……これは“完全防御”。あらゆる物理攻撃と、全ての術を防ぐ完璧な禁呪なのさ!』
窮地に陥った人種管理者は、禁断の術を発動させていた。かつての古代超帝国人たちが、神すらも超えようとして開発した術である。
『“遊び”がつまらなくなるから、これを本当は使いたくかなったんだよね……』
「なん……だと……」
信じられないことに人種管理者は、これまで本気を出していなかったのである。その事実に誰もが絶望し言葉を失う。
『ここまでボクを追い込んだ、キミたち下等種に敬意を表そう』
人種管理者は右手を天に掲げて、その力を溜めこむ。
『“暗黒の裁き”だ……この右手の一撃で、このオルンごと消滅させよう』
先ほど騎士たちを、一瞬で葬り去った漆黒の閃光。巨大な漆黒の球体が集約されていく。
「くっ……ここまでじゃったか……」
「くそったれが……」
誰もが自分の最期を覚悟する。シルドリアとバレスですら立ち尽くす。絶対に変えられない死への未来を感じながら。
『まあまあ、楽しかったよ! じゃあね!』
人種管理者はその右手の漆黒球を振り下す。
この一撃だけでオルンを消滅させる禁断の術。どんな盾や鎧でも防ぐことができない絶望の光。
「イシスさま!」
「聖女さま!」
「シルドリアさま!」
その破壊の光から主を守るべく騎士たちは、最後の力を振り絞り一歩前に踏み出る。
全てを消し去る術の前に、その行動自体が全くの無意味。だが騎士たちは誇りと共に死地へ向かおうとしていた。
“永遠の虚無”
誰もが潔く目を閉じる。そのまぶたの上から黒い閃光が襲いかかる。
次の瞬間には、このオルンにいる全ての者が“無”となり、地上から消滅するであろう。
誰も抗えない無の瞬間に時間が止まった。
◇
「…………」
「…………」
だが、いくら数えても。
いくら待っても、その瞬間は訪れなかった。
誰もが不思議に思い始める。もしかしたらコレが“死”なのかと。
そして外から流れる風を感じて、ある事実に気がつく。
“もしかしたら、自分はまだ生きているのでは?”と。だが誰も目を開けずにいた。
聖堂を重い沈黙が支配する。
『な、なんで⁉』
その静寂を打ち破ったのは、人種管理者当人であった。
『なんで“暗黒の裁き”の発動がしないんだ……あっ、あっ……ボ、ボクの腕が……』
自分の右手に視線を向けて叫ぶ。
何故なら、そこにあるはずの自分の腕が丸ごと消滅していたのだ。このオルンを吹き飛ばすほどの強烈な術が、腕ごと消滅していた。
「やれやれ……間に合ったか……」
その時、聖堂の中央に一人の人影が現れる。
黒ずくめ鎧を身にまとい、曲刀を腰に下げた青年。
その者の手に、切断された人種管理者の腕が握られていた。
「なぜ……オヌシが……ここにいるのじゃ……」
シルドリアは勇気を振り絞り、その目を開ける。そして現れた者の姿を見て言葉を失う。
彼女がここまで動揺した声を発するのは初めて。シルドリアの反応に、聖堂にいた者たちは瞳を開けていく。
「そんな……これは夢なの……」
続いてイシスも言葉を失う。
自然と溢れる涙で目がにじみ、言葉が続かなかった。
もしかしたら、これも人種管理者の幻覚かもしれない。それでも感謝せずにいられないほど、彼女は想いと涙が込み上げていた
「でも……どうやってこっちの世界に……」
聖女マリアも涙で目がにじんでいた。
そして必死で見ようとしていた。何故なら自分の目の前には、信じられない者がいた。
何から聞けばいいのか。どんな言葉をかければいいのか。
「戻ってきた方法か? 別にたいしたことではない」
現れたのは一人の青年であった。
その自分を謙遜するその口ぐせ。そして黒目黒髪の不愛想な青年。
「ヤマトさま……」
「ヤマト……」
誰もがその名を口にする。
この世界の窮地に現れた者。これまで多くの者たちを救ってきた者の名を。
「遅くなったな、みんな」
その黒髪の青年は微笑みながら口を開く。
異世界に飛ばされていたヤマトが帰還したのであった。




