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第126話:帝国と呼ばれる国の男たちの


 その夜、オレは夢を見た。それは異国の夢である。

 いや、もしかしたら……別の世界で今実際に起きていることを見ているのかもしれない。





「くそっ!」

「ロキ殿下、そのような下賎げせんな言葉を……どうか落ち着き下さいませ」

じい……ああ、そうだったな」


 ヒザン帝国の皇子であるロキは焦っていた。

 “氷の皇子”とも呼ばれる冷静沈着なこの男が滅多に見せない顔である。

 長年の付き合いである副団長の老騎士にたしなめられ、一応は落ち着きを取り戻す。だが、その表情には明らかに焦りに色が見えていた。


「先ほどの会議で、皇帝陛下はオルンへの援軍は出さないと、最終決断を下したのだ」

「ウラド卿……作用でございますか」


 ここはヒザン帝国の帝城にあるロキの私室。

 ロキと一緒に会議室から戻ってきた老貴族ウラドが、皇子の焦りの原因を説明する。既に表舞台から引退していたウラドは、ロキの頼みにより会議に同席していたのだ。


「今回も私の提案は棄却された……」


 少し冷静さを取り戻したロキは、ヒザン帝国の緊急幹部会議の内容を語り出す。

 会議での一番の議題は『一ヶ月前現れた人種管理者オール・マスターおよび霊獣の群れの侵攻に、帝国どう対応するか?』であった。


人種管理者オール・マスターの出現と、あの“裁きの雷”の第一射から早一ヶ月……我が帝国は対応が遅すぎるのだ……」


 ロキが交易都市オルンでバレスたちと別れてから、約一ヶ月が経過していた。

 オルンを離れたロキは急ぎ帝都に帰還して、ことの重大さをヒザン皇帝に直訴する。


 人種管理者オール・マスターの空に浮かぶ映像と声は、帝国の全領土にも聞こえていた。それを受けて上級貴族が緊急招集され、幹部会議が連日連夜に渡り開催されていた。


『最前線基地となるオルンに帝国の援軍を差し向け、連合同盟をもって人種管理者オール・マスターを打倒するべし!』


 オルンから帰還したロキは、その提案を連日に亘り会議で熱弁していた。

 人種管理者オール・マスターの本拠地との地理的に、オルンは最重要な拠点となる。そこを霊獣の群れに破られる、大陸の各地が危険に晒されるのだ。


「だが、父上……陛下は『オルンへの援軍を控えて、帝国の領土の守りを固めよ』との決断を下したのだ、爺……」

「殿下……我が帝国の領土にも霊獣の被害が出ております。陛下も考えもあってのことですぞ」


 人種管理者オール・マスターの召喚した下級霊獣の群れは、今や大陸各地に出現していた。その数は多くはないが村や街を襲い、多くの命が失われている。

 更に不運なことに“裁きの雷”の第一射で、帝国の第三の都市が丸ごと消滅していた。これにより帝国幹部たちは慎重になっていたのである。


「だからこそ一刻も早く、敵の本拠地を叩かねばならない……我々は遊ばれているのだよ! あの人種管理者オール・マスターに……」


 聡明そうめいな戦略家であるロキは、この大陸の行く末を見抜いていた。

 人類の敵である人種管理者オール・マスターは、遊びで霊獣の群れの軍団を操っていると。


 “裁きの雷”の圧倒的な破壊の力を使わず、霊獣を手駒として各地の街を一個ずつ破壊していく。このままではそんな暇つぶしの遊びで、この大陸が滅んでしまうと。


「たしかにシルドリアさまからの報告でも、そんな言葉がありましたな……」


 老貴族ウラドはロキを落ち着かせようと、話の方向を少し変える。

 皇女シルドリアは今から一ヶ月前、決死隊としてウルドの森にヤマトたちと向かった。だが、そこで人種管理者オール・マスターの待ち伏せにあい、撤退を余儀なくされている。


 シルドリアとバレス、そしてリーンハルトの三人の騎士は、霊獣の追撃を振り切り何とか無事であった。今はオルンを拠点として、反撃の機会を伺っている。


「我が妹シルドリアの報告では、人種管理者オール・マスターは『霊獣の軍団を使って、ゆっくりと遊びながら滅ぼしていくから』……そう宣言していたらしいな」


 帝都と交易都市オルンは“遠耳とおみみの石”を使い、この一ヶ月間は定期的に連絡を取り合っていた。これは超帝国時代の遺産の一つで、遠距離通信な可能な貴重な魔道具である。

 

 今は帝都のロキとオルンのイシス、そして聖都の聖女マリアの三人が保有していた。これにより瞬時の情報の共有化が出来ている。

 その情報を元にロキは大陸全土の戦局を見極めていた。


「このままではオルンは長くは持たない。そしてこの大陸の未来も……」


 全ての情報を整理して、ロキはその結論に達した。

 現在オルンには中央平原の都市国家の軍勢が集結している。この一ヶ月間、北から押し寄せる霊獣軍と、彼らは連日に亘り戦い抜いていた。

 だが敵軍の中には上級の霊獣も現れ、オルン連合軍は疲弊ひへいしている。


「だからこそ我が帝国からも、早急に援軍を送らねば……」

「殿下……帝国ほどの大きな国を動かすには、もう少し時間がかかりますな」


 歴戦の騎士であるウラドが進言しるように、帝国の本軍は未だに動いていない。

 あまりに大国となった帝国の幹部を動かすには、もう少し時間がかかるのだ。聖女マリアも必死で動いているが、西のロマヌス神聖王国も同様であった。


「せめてヤマト殿が……“北の賢者”殿が健在であれば、打開策の知恵があったものの……」


 老騎士はヤマトの知勇を買っていた。

 巨竜討伐の際もの賢者の策のお蔭で、多くの帝都市民の命が救われている。


「いない者を頼るのは、爺の悪い癖だぞ」

「はっ、殿下。申し訳ございません」


 だがシルドリアの報告によると、ウルドのヤマトは行方不明となっていた。

 人種管理者オール・マスターの卑劣な術にかかり、遥か遠い場所に強制的に飛ばされたという。初めて聞く妹シルドリアの沈んだ声、その報告をロキも聞いていた。


「ウルドのヤマトなら……」


 老騎士を叱咤しったしながら、ロキも同じことを考えていた。

 あの男……ウルドのヤマトなら、この窮地をどう打開するか? 動きが遅い帝国の幹部と皇帝を、どうやって動かすかと。


「そういえば、あの男は本当におかしなヤツであったな……」


 ロキは窓の外を見つめならが、ヤマトのことを思い出す。

 何の関係もないバレスのために、命を賭けの救出隊に名乗り出たこと。圧倒的な絶望を前にしても、顔色一つ変えずに巨竜に斬りかかっていたこと。


「類まれな剣士であり知恵者……それでありながら『オレは村人だ』と言っていたな……」


 ヤマトは帝国からの恩賞や爵位を全て断り、勇敢に亡くなった帝国騎士のために尽くしてくれた。自分は一介の村人であり商人だと断言して。


「ふっ、ヤマトか……本当に欲のない男であったな……」


 ロキは自然と苦笑いを浮かべる。

 行方不明となったその男の顔を思い出すだけで、何とも言えない気持ちになる。ロキの全身の無駄な力は抜け、血が上っていた頭も冷静さを取り戻す。


「はっはっは……そうか、分かったぞ! 私はまだ欲を捨てきれず……大局を見落としていたのか……ウラド卿、行くぞ!」

「どうされました、殿下?」


 突然ロキは笑い声をあげる。そして満面の笑みで、突拍子もないことを口にする。


「今からもう一度、陛下と幹部たちを説き伏せに行くぞ!」

「ですが、殿下。これ以上の提言は愚策ととられ、殿下の御身が危うくなりますぞ」


 ウラドの指摘は的確であった。

 ロキはヒザン帝国の第三皇子であるが、産まれの事情から皇位継承権が低い。そのためこの数年間は慎重に手柄を立てて、その皇位継承権を少しずつ上げてきた。


 だが、つい先ほどの会議では焦りが先行して、その印象を悪くしていた。これ以上の失策はロキの帝国での地位を危うくする。そのことを老貴族ウラドは危惧きぐしていた。

 

「皇位継承権だと? そんなモノは、もはや私には無用だ。この命を賭けて……一人の男として陛下を説得してくる!」


 ロキの目は真剣であった。全てを投げ捨てまで、自分の想いを貫き通そうとするおとこの顔だ。


「殿下……なぜ、そうまでにして……」

「ウラドよ、私は約束したのだ。ウルドのヤマトに……『必ず陛下を説得してオルンに援軍を送る』とな」


 ロキは思い出していた。

 一ヶ月前のオルンを離れる際に、ヤマトと交わした約束のことを。口約束であるがヤマトだけには後れをとりたくなかった。


「ここで我ら帝国魂を見せねば、ヤマトに会わせる顔がない」

「ですがウルドのヤマト殿は……今はもう……」

「大丈夫だ、ウラド。あの男は必ず帰ってくる……相変わらずの何食わぬ顔でな……」


 皇子ロキは知っていた。ウルドのヤマトの本質を。

 一見する不愛想で冷徹な策士家にも見える。だが実際にはどんな状況に陥っても、決して諦めない不屈の魂をヤマトは持っていた。


「たしかに、あの者は……そういう男でしたな」

「そうですな……」


 ウラドと老騎士もロキの言葉に小さく頷く。ヤマトとは短い付き合いであるが、それほどまでに強く印象に残っていた。


「では行くぞ、ウラドよ!」

「はっ、殿下……いえ、ロキさま!」


 こうしてロキは一人の男として、自分の命を賭けて説得の場へと向かう。

 別の世界へ消え去ってしまったヤマト……その絶対の帰還を心の中で信じて。









 日本にいたオレは夢を見ていた。

 おそらくそれは別の世界の夢であろう。


 だが熱きその男たちの魂の声は、現実の出来ごとのように自分の心に残っていく。


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