第125話:家族の団らん
海外から帰国していた両親と、オレは久しぶりに夕食の卓を囲む。
「ところでオヤジ。今回は予定よりも帰国が早かったけど」
「ちょっと高い山を登ってきただけだからな。なあ母さん?」
「あなたが急に『山人の誕生日に合わせて帰国したい!』と言ったから、急いだのですよ」
「そうだったか? ガッハハハ」
父親の豪快な笑い声が居間に響き渡る。
見た目も熊のような毛むくじゃらの大男であり、その声量も並ではない。
そして世界最高峰の連峰を“ちょっと高い山”と言い切るあたり、並の神経ではない父である。
「オレはもういい年だ。わざわざ親に祝ってもらうのもな」
「何を言っているだ。山人が何才になろうとも、息子は息子だ。どうだ、参ったか? ガッハハハ」
「まあ、法律上はそうだけど」
相変わらずマイペースな父親と話をしていると、自分のペースが乱れる。まあ、幼い頃からのことなので気にしてはいないが、自分の父ながら変わった父親である。
「はい、山人。少し早いけど、これか私からの誕生日プレゼントよ」
「ありがとう、母さん。ん……これは?」
「それは“チベットの涙”という秘石よ。キレイでしょう? 困っている部族の方をパパと助けたら、お礼に貰ったのよ」
「よく、こんなヤバそうな石が関税を」
「母さんは、そういうのを“隠す”のは得意だからね」
そして母親も少し変わっている。
生まれは伊賀かどこかのの山奥であり、何かしらの正当な継承者らしい。普通の主婦にもかかわらず、様々な隠密的な技術を会得している。
更に年齢はもう四十代なはずなのに、パッと見は二十代と言っても通じる若々しさ。熊のような父と並ぶと“美女と野獣”と近所でも噂の夫婦である。
「そういえば、あなた。スポンサーの方から次回の探検のメールが来ていました」
「パパはそういうのは苦手だから、全部母さんに任せたよ!」
そんなオレの両親は自称冒険家であり、一年の大半は国内外の山や秘境に挑んでいた。誰も踏破したことのない未開の秘境を、次々と見つけていく自称な職業だ。
だが実際にどうやって収入を得ているからは未だに謎である。
こうして一軒家を購入して維持していることを考えると、何かしらの収入があるのであろう。
「明日の……山人誕生日。あの生まれた時は南米だったか? なあ、母さん?」
「あなた、あれは中東のオアシスの村ですよ」
「そうだっか? 最近忘れっぽくてな。ガッハハハ」
このように両親は二人とも少し変わっている。
何しろ出産ギリギリまで夫婦で世界中を旅していたのだ。そしてオレの国籍は日本だが、産まれたのも少し変わった場所である。
「仕事の方は順調なの、山人?」
「ああ、母さん。来週からまた仕事で出張に」
「山人は母さんに似て、頭がいい自慢の息子だからな、ガッハハハ」
そんな波乱万丈な両親とは違い、オレは普通の貿易系の商社に入社していた。
特に親に反発した訳ではないが、普通の人生を歩むと幼い頃らか決めていたからだ。
ちなみに今の貿易系の商社に入社したのには、いくつか理由がある。
実力主義で仕事さえこなせば、まとまった有給休暇をとることが可能。また海外出張も多く休暇と組み合わせて、海外の登山に挑めるからである。
(それを考えると、オレもこの両親の遺伝子を継いでしまったのかもしれないな……)
普通の社会人であるが、自分には友と呼べる者はいない。
何しろ仕事以外の人付き合いは苦手で、趣味は単独で世界中の名山を踏破すること。
これでは友はいなくて当然である。特に後悔はしていないが。
「ところで山人……最近……何があった?」
豪快に雑談していた父の表情が変わる。鋭い目つきでオレの全身を見つめてきた。
「ここ最近は、特に何もないけど……なぜそんなことを?」
この半年は仕事も忙しく、特に何も変わったことはしていない。
いつもどうりに仕事と出張をこなし、休みの日は国内の山を登っていただけである。ごくごく普通の半年間であった。
「いや、なに……山人が急に成長したように見えてな。それこそ、数年間も……いくつもの修羅場を乗り越えてきたというか……」
「オレはもう大人だ。もう成長期は終わっている」
「そうだな……パパの勘違いだったな! なあ、母さん、ガッハハハ」
父親の表情が元に戻る。豪快に笑いながら地酒を飲み直し、母親と雑談し始める。
(オヤジは昔から勘が鋭い……)
実のところここ数日で、オレには普通ではない部分がある。
本来なら二週間前から始まった職場の夏休みを使い、オレは全国各地の名山を登山にいく予定だった。
(オヤジは何かに気が付いていたのかもしれない……)
だが気がついたら、夏休みは既に十日以上が経っていたのである。その前後の記憶が一切なく、オレは地元の山の中で倒れていたのだ。
父親の推測が正しいならなら、オレはこの十数日で数年の経験をしたことになる。
それはオレが〝時間の進む早さが違う世界”にでも行かない限り不可能である。相対性理論でも解明はできないであろう。
(オレ自身に異変はなかった……)
装備していた登山用の道具や衣類を確認したが、特に変わったところはなかった。自分の身体も怪我はなく、健康そのものである。
(だが、記憶と……そして心の中には……)
思い出そうとすると、相変わらず激しい頭痛に襲われる。そして新たな〝違和感”をもう一つ、オレは発見した。
(少女……子どもたち……そして仲間たち……)
ぼんやりとその三個の単語が、胸にこみ上げてくるようになる。
これは頭の記憶ではなく、胸の心臓辺りから暖かい鼓動だった。それはこれまで感じたことのない、でも不思議な心地よさである。
(ダメだ。思い出せない……)
いくら頑張っても頭の記憶と、胸のその感情だけは思い出せない。そこだけ誰かにぽっかりと抜き取られたように消えていた。
「少し疲れた。寝てくる」
「あら、風邪かしら。ゆっくり休むのよ、山人」
「パパたちもしばらくは家にいるから、久しぶりに親子三人で水入らずだな! ガッハハハ」
オレは両親を居間に残し、二階の自室のベッドで横になる。
相変わらずマイペースな親であるが、家族特有の何とも言えない心地よさはある。
今のところ自分の仕事は順調で、趣味との両立もでき不満は特にない。
大学まで行かせてくれた両親に、これからは恩を返していく人生もいいかもしれない。
(普通のそして平和な人生か……悪くはないな……)
柄にもなく将来のことを考える。
そしてベッドに横になった途端、何とも言えない疲労感に襲われる。今宵は眠気に任せて、まぶたを閉じることにする。
(……ヤマトさま……ヤマトさまを……元の世界に……平和な暮らしに……戻せて……よかったです……)
眠りに入った瞬間、どこからか少女の声が聞こえてきた気がした。
だが、その声は記憶には残ることはない異国の少女の祈り。
オレはそのまま眠りの世界へと落ちていくのであった。