第122話:ウルドの村
ラックと別れた後、オレたちもウルドの森へ向かっていた。
「あそこがウルドの村か」
「ああ、そうだバレス」
険しい獣道を進むこと二日。村の全貌が一望できる丘までたどり着く。
「これがあの美しいかったウルドの村か……」
昨年の晩秋にリーンハルトはイシスと一緒に、一度だけ村を訪れたことがある。その時は山岳地帯の湖畔の美しさに感動していた。
だが今は眼下の村の光景に言葉を失っている。
「イシスさまも感動していた花畑も……」
言葉を続けられないほど村は酷い有り様であった。家屋は焼け落ち、収穫期の畑の作物は踏み荒らされている。
「たしかに、これは酷いものじゃのう……」
シルドリアも言葉を失っていた。
この数か月間、彼女は村で一緒に生活をしている。皇女の身でありながら、村人たちを同じように質素な生活をしていた。
「子どもたちには見せられん光景じゃのう、ヤマトよ……」
シルドリアは積極的に、子どもたちと一緒に狩りをしていた。また村の伝統行事にも参加して、本当に楽しそうであった。
自然に囲まれた風光明媚な風土を、彼女も気にいっていた。
「大丈夫だ。建物は直して、畑はまた耕せばいい」
気を遣う皆に、オレは大丈夫だと答える。だが内心では動揺もしていた。
住みはじめてから数年であるが、ウルドはオレの第二の故郷となっていた。
ウルドは決して豊かな村ではない。自給自足でギリギリの生活をして、最近になりようやく余裕が出てきた。
元の生活に復興していくには、膨大な労力が必要になるであろう。
(これは……霊獣が暴れた跡か……)
オレは気持ちを切り替えて、破壊された村の様子を観察する。直視するのが辛くないと言えば嘘になる。
だが少しでも情報を得るために、全神経を集中して観察する。
(霊獣は……人種管理者は何かを探していたのか?)
村は霊獣によって荒らされた爪痕があった。この大陸で自由に使役できるのは、人種管理者だけである。
そして村の荒らされた場所には一定の法則があった。家屋を破壊し、土を掘り返して何かを探していた様子である。
(特に村長の屋敷が激しいな……)
村の中心部にある村長の屋敷の周辺が、特に念入りに捜索されている。建物は跡形もなく四散して、地下の食糧庫まで掘り起こされていた。
(村長……いや、リーシャさんに関係あるものを探していたのか……?)
リーシャは村長の孫娘である。そして今は“四方神の塔”を作動させる“魂鍵”として連れ去られていた。
もしかしたら、そのことが荒らされたことと何か関係しているのかもしれない。
(だが今はとにかくウルドの森を目指そう……)
人種管理者の本拠地である“四方神の塔”は、この先のウルドの森に出現していた。
場所的には、ここから更に丸一日ほど進んだ森の最深部。普段は村の子どもたちは立ち入り禁止にしている場所である。
「それにしてもラックのヤツは遅いな、ヤマト」
「ああ、リーンハルト。そろそろ待ち合わせの時間だな」
偵察役であるラックとは二日前に別れていた。約束の通りなら、この展望の丘に現れる時間である。
もちろん想定外の危険もあるが、あの男は約束を破らないとオレは信じていた。
「んっ?……この気配は……」
その時である。オレは前方に気配を感じた。
「ラックか、来るのが遅いのじゃ」
シルドリアの言葉にあるように、近づいてきたのはラックであった。
オレたちは警戒を解いて出迎える。
「ただいまっす、ダンナ。ちょっと手こずってしまったっす」
ラックは全身に傷を負っていた。致命傷ではないがしばらくの間は、無理は出来ない。
「“四方神の塔”は発見したっす。でも……」
説明によると、ラックは無事に“四方神の塔”までたどり着いたという。だが周囲には霊獣の群れがうごめき、内部までには潜入はできなかったと。
「でもリーシャさんを助け出す、手掛かりになる品を手に入れてきたっす!」
「何だと、リーシャさんの⁉」
ラックの報告にリーンハルトは顔をほころばせる。
その話が本当なら彼女を救いだす鍵になるかもしれない。それだけでもラックの大手柄である。
「これで人種管理者の奴を倒して、リーシャさんを助け出せるっす!」
ラックはリーンハルトに近づき、手掛かりの品を差し出す。誰から見ても自然な行動であった。
「リーンハルト、どけ」
「何を言っているんだ、ヤマト……くっ!?」
だが違和感があったオレは、即座に行動を起こす。
近づいてきたラックを、リーンハルトごと斬りつける。一切の手加減はなく本気の一撃で。
「ヤマト! お前は何を……!?」
「ラックの……いや、そいつの姿をよく見てみろ」
腕利きの騎士であるリーンハルトは、間一髪で回避をしていた。
だが一歩間違えば自分ごと斬られていた。憤慨するリーンハルトに、オレは説明をする。
「バ、バカな……ラックの死体が……」
ラックの姿をしていたモノは、本来の姿に戻っていく。
それは肉の塊と液体の不思議な生物であった。
「おそらくは霊獣の一種だ。ラックの姿を写し取ったのだろう」
先ほどのラックは間違いなく本人そのものであった。顔かたちはもちろん、口調や気配まで同じ。
おそらくは特殊な能力で、ラックの姿や記憶やコピーしたのであろう。
「茶番はここまでだ、姿を現せ」
オレは森の奥に視線を向ける。そこに新たなる気配を感じ取っていたのだ。
『相変わらず勘がいいんだね……』
突然、声が響きわたる。
誰もいないはずの空間に声だけが出現した。
『ヤマトは……』
そして声の主が静かに姿を表す。
現れたのは一人の少年。だが明らかに、人とは別次元の気配オーラを発している。
「霊獣管理者……いや、今は人種管理者か」
『ヤマト……久しぶりだね』
少年はオレに向かって微笑んでくる。緊迫したこの場で、場違いなくらいな満面の笑顔。親愛なる友に向けるような、暖かい眼差しで見つめてくる。
『ボクの召喚した魔似級の変化は、完璧なはずなんだけどね……』
「本物のラックはどんな時でも、決して刃物を持たない」
魔似級と呼ばれた霊獣の死骸には、一本の短剣が落ちていた。おそらくは油断したリーンハルトを刺そうとしたのであろう。
「姿や記憶は完璧でも、ラックの信念までは写せない」
『なるほどね……これだから下等種は面倒くさいんだよね』
少年は微笑みながら納得している。だが、その笑顔が偽物であることをオレは知っていた。
なぜならこの者の正体は、人を下等種として見下す人種管理者。人外である霊獣を使役する、危険な存在なのである。
「本物のラックはどうした?」
『あの愚かなネズミかい? “四方神の塔”に侵入してきたから、懲らしめてやったよ。崖の下に落ちていったら、今ごろは死んでいるはずさ』
ラックは無謀にも“四方神の塔”への侵入を試みていた。命を賭けて囚われのリーシャを救いだすために。
「それは安心した。あの男は簡単には死なない」
自称遊び人であるラックは、たくましく抜け目のない男である。きっとウルドの森のどこかに身を隠しているのであろう。
(さて攻撃を先に仕掛けるか……)
ラックの無事が確認できたところで、オレは次の行動に移る。
(いや、これまでとは気配が明らかに違う……)
笑顔を浮べながらも、人種管理者にはまったくスキがなかった。
以前とは明らかに違う雰囲気。以前の“人としての気配”が全くないのである。
「ここに来た目的は何だ?」
オレは最大級で警戒しながら目的を訪ねる。
この少年は捉えところのない存在。だがその行動原理には、ある一定の目的と法則がある。
少しでも情報を聞き出すことが打開策となる。
『目的? キミにお別れにきたんだ、ヤマト』
「お別れだと」
『ああ、そうさ。もうすぐこの大陸はボクの支配下に置かれる。その前に唯一の危険な存在であるキミにね』
相変わらず人種管理者の目的は、この大陸を支配することである。村に平和な日々を取り戻すためには、やはりこの少年を倒す必要があった。
「はん! 能書きはそこまでだ。元凶のコイツを斬るぞ、ウルドのヤマト」
「親玉自ら姿を現したのは愚行だったのじゃ」
「今度こそ決着をつける……」
鼻を鳴らしながら、バレスは大剣を振り上げる。同じくシルドリアとリーンハルトも剣を構えた。
人種管理者に霊獣を召喚される前に、一気に決着をつけるつもりだ。
『まだヤマトとの楽しい話の途中なのに……下等種はこれだから、野蛮で困るんだよね。魂鍵……“支配者”だ……』
人種管理者はため息をつきながら、宙に向かって命令をする。
『了解です……我主……』
突如、少年の隣に人影が姿を現す。
先日と同じく映像ではあるが、その姿は間違いなくリーシャ本人のもの。だが瞳に感情はこもっておらず、声も機械的なものあった。
「こ、これは……何だ⁉ 身体が動かねえぞ……」
「バレス殿⁉ くっ……私もの身体も……」
「くっ、妾もじゃ……」
三人の騎士は剣を構えたまま固まる。辛うじて声は出せるが、指先一本も動かなくなっていた。
(これは術の一種か……)
オレの全身にも強烈な力が押し寄せてきた。脳から毛先まで支配しようとする、圧倒的な力である。
(我思う……故に我あり……)
心の中で精神を統一して集中する。
押し寄せる支配の力を対して、強い自我で対抗する。
『この“支配者”が効かないとは、さすがはヤマトだね』
「これも催眠か洗脳の術の一種か。心を強く持てば対抗できる。」
何とか相手の術を破ることに成功した。だが他の三人の騎士の動きは止まったままである。
『これは術とは少し違うかな? 運命を直接“支配”したんだ』
「運命だと」
人種管理者は自慢げに語り出す。
この大陸にいる全ての生物は生まれながらにして、微弱な魔力を体内にもっている。それを完全に起動した“四方神の塔”を通じて、直接支配したという。
「なるほど。この支配の力で超帝国は、先住民を奴隷として支配していたのか」
『ご名答だよ、ヤマト。でも、わかったところで防げないけどね』
少年の言葉は嘘ではないであろう。何しろ大陸屈指の三人の騎士が、今こうして支配されているのである。
普通の者なら言葉すら発せずに、思考すら支配されてしまうであろう。
「でもなぜリーシャさんが……」
人種管理者の接しながら、一つの疑問が浮かび上がる。
聖女である妹マリアと違い、リーシャは普通の狩人の少女である。
だが明らかに人種管理者の口調は、彼女を本物の魂鍵として扱っていた。
そして“四方神の塔”は実際にその恐ろしい力を発揮している。
『不思議かい、ヤマト? だったら教えてあげるよ!』
オレの考えを読み取ったように、少年は雄弁に語り出す。その表情には余裕すら浮かんでいた。
『ボクは運がよかったんだ! まさか“魂主鍵”を見つけることができたなんて』
「魂主鍵だと……」
少年の言葉に思わず反応してしまう。その単語に嫌な予感がする。
『ああ、そうだよ、ヤマト! この世界を支配できる魂主鍵は聖女ではなく、この姉の方だったんだよね』
「何だと……」
オレは思わず、虚ろな瞳の少女の映像に顔を向ける。
「まさか、リーシャさんが……」
この世界を滅ぼす本当の鍵はリーシャであった。
その驚愕の事実にオレは思わず言葉を失うのであった。