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第13話:希望の食糧

 オレがウルドの村に来てから、ちょうど一ヵ月が経過していた。


「よし、イナホンの収穫も今日で完了だ」


 森の中の天然水田に自生していた、穀物イナホン刈りもようやく終わった。目の前にはカマで刈られた水田の光景が広がる。


「お前ら、よくやったな」


 自分と同じ様に水田の様子を見つめている村の子ども達に、オレは声をかけねぎらってやる。


「本当に僕たちだけで、これを……」

「最初は腕や腰が痛くて泣きそうだったよね……」


 彼らは感慨深く言葉を失っている。

 人力で行う稲刈り作業は重労働で時間も人手もかかる。それを自分たち子どもの力で成し遂げたことに、感動していた。


「だが、いつまでも感動している場合ではないぞ、お前ら。来年の春の田植えに向けて準備がある」

「えー、本当に人使いが荒いよね、ヤマト兄ちゃんは!」

「本当だよー」


 稲の栽培には一年を通して手間がかかる。

 冬が来る前に“田起こし”をして、この田んぼの土を底から起こしておく必要がある。

 他にも春の田植えの前に、土の改良など準備もしておきたい。


(水田の面積に対してイナホンの収穫量は少なかった。自生の限界だろうな、これが)


 森の中にあったこの天然水田は、食料難に陥っていたウルドの村を助けてくれた救世主である。

 だが人の手が入っていない自生ということもあり、日本の稲の収穫量をはるかに下回っていた。


(だが逆を言えば、まだまだ収穫量を増やせるということだ)


 そこでオレはこの水田を改良することを計画していた。

 

 江戸時代から明治・昭和にかけて、日本の水田技術は大きく進化していった。肥料や乾田牛耕に新しい農機具の発明で、場合によっては米の収穫量が倍増した。

 この異世界の文明度的にその技術と知識を応用していくつもりだ。


(そのための野牛ワイルド・オックスの馬力であり、老職人ガトンの鍛冶技術だ……)


 来年以降の食糧生産を見据えて、オレは準備をしていた。

 子どもと老人しかいないウルドの村では、労働力に限りにある。そのためにこの世界の文明度のでも可能な農業改革を、オレ行っていくつもりだ。


(オレの現世日本での知識。イナホンという水田栽培が可能な環境と存在。卓越した鍛冶技術をもつ山穴族ガトンとその二人も孫たち)

 

 窮地に陥っていたウルドの村に、これらが奇跡的に存在していた。


(そして、なにより……)


「ヤマト兄ちゃん、道具の積み込みは終わったよ」

「この後は村でなんの仕事があるの? 早く教えてよ!」

「おい、お前ら! あんまりヤマト兄ちゃんを急がせるな! なんか考えている“難しい顔”の最中だろう!」


 なにより奇跡的な存在は"彼ら”だった。

 

 どんな時でも明るく献身的なウルドの民の子どもたち。彼らがいなければイナホン刈りと大兎ビック・ラビット狩りも、ここまで順調にはいかなったであろう。


 あまり褒めると調子にのるから、オレは言葉にしないが感謝はしている。


「ところで、リーシャさん。オレはそんなに“難しい顔”をしているのか?」

「えっ……それは……いえ……そ、そんなお顔のヤマトさまも知的で素敵だと思います!」


 隣にいた村長の孫娘リーシャは返答の言葉に困っていた。

 おそらくは彼女も前々からそう思っていたのかもしれない。少しだけショックをうける。


(村の生活も余裕ができてきた。オレも少しだけ愛想をよくしてみるか……)


 部外者として村で世話になっていたオレは、なるべく丁寧に村人たちに接していたつもりだった。

 今後は表情に関してももう少し気を付けていこうと思う。それにはまずは"笑顔”の練習をしないとな。


「おい! ヤマト兄ちゃんが、なんか変な顔しているぞ!」

「うわっ、本当だ! 変な顔だね!」


「みんな、ヤマトさまの悪口を言ってはいけません!」

「だって本当のことなんだもん、リーシャ姉ちゃん」

「みんな、姉ちゃんから逃げろ!」


 前言撤回である。


 ウルドの子どもたちは、どんな時でも明るく献身的で頼りになる。

 だが……あまり調子にのらせない方がいいかもしれない。


「よし、では村に戻るぞ」


 そしてオレは〝子どもの相手があまり得意ではない"ことが再確認できた。イナホンに続く新たなる収穫だ。



 森の中に自生していたイナホンを全て刈り終えて、オレたちは村に戻って来た


「道具をキレイに片付けておくんだぞ。その後は脱穀だっこくの仕事の手伝いもあるからな」

「うん、わかったよ!」


 オレの指示に子どもたちは元気よく行動していく。すぐ調子に乗るが、子どもはこういうエネルギッシュなところは凄い。


「ヤマト殿、乾燥を終えたイナホンは、順調に脱穀だっこくしておりましたぞ」

「ああ、助かる村長」


 村を出る前に指示しておいた作業も順調なようなだ。


「よし、これだけ乾燥していれば大丈夫だな」


 初期に収穫したイナホンの実の水分状態を確認する。

 これまでカマで収穫したイナホンは、村の広場で“稲揚げ”作業をしていた。

 簡単に説明すると天日干し。これによって水分が蒸発して実は美味しく長持ちする。


 この後は乾燥させたイナホンの穂先から、実だけを落とす脱穀だっこくを行う。


「道具の調子はどうだ?」

「順調じゃよ、今のところ」


 留守の間の言いつけておいた脱穀の様子を確認しに行く。

 脱穀道具の監修は老鍛冶師ガトンであり、作業員は森に行かなかった村の子ども達と老人たちだ。


「それにしても、この“千歯せんばこき”という農機具は本当に便利じゃのう。さすがは“賢者”の小僧じゃ」

「オレの書いた汚い設計図で道具を作ったあんたの方が、オレは化け物だと思うぞ。ガトンのジイさん」


「残念ながら今回のコレは、孫たちに作らせたシロモノじゃ」

「あの二人にか……どうりで素直に形をしているな」

「ぬかせ、小僧」


 相変わらず口が悪いガトンとこんなやり取りする。だが山穴族の職人が作る道具の完成度は相変わらず凄い。

 ところで〝賢者"とは誰のことだ? 最近では村人たちによく呼ばれる称号だ。こんど確認しておこう。


 ちなみに、この“千歯こき”は江戸時代に発明された画期的な農機具である。それまで非効率だった脱穀作業を、飛躍的に効率化させた革命児だ。


 オレは事前に簡単な設計図を書いて、ガトンに製作を依頼していた。

 先ほどの言葉にあったように、今回のこの“千歯こき”は彼の双子の孫たちが製作したという。

 

 彼らはまだ小学生くらいの年頃なはずだ。これほどの器具を造れるとは、相変わらず山穴族の鍛冶大工能力は驚愕に値する。



 確認を終えたオレは隣の倉庫に移動する。


「これだけのイナホンの実……米があれば、来年の秋までは十二分に食っていけるな」


 脱穀が終わり麻袋に詰められた米の数を、オレは確認する。


「これがウルド麦の代わりに、今後は私たちの主食となる“コメ”……ですね、ヤマトさま」


 パンパンになり積み上げられた麻袋を見上げながら、村長の孫娘リーシャは感動していた。主食である穀物の見通しがついたことに喜んでいた。


「ああ、そうだ。今後はウルド麦も多少は作りつつ、イナホンをメインに栽培していく」


 これまでウルドの村では麦が主食となっていた。

 最近では気候の変化もあり麦の生育は不安定だったという。それを補うために交易で穀物を仕入れていた。


 だが今は大きな町までの街道の途中に山賊が出没し、交易はできない危機的な状況だった。


「イナホンは連作による障害もなく、毎年栽培が可能だから安心しろ」

「それはなんど聞いても信じられない……本当に素晴らしい話です、ヤマトさま!」


 麦系は同じ場所で栽培することに発生する"連作障害”の危険性がある。


 それに比べて米類は上手くいけば安定して栽培収穫できる、優れた穀物である。気候に関しても森の中に長年にわたりイナホンが自生していたことで、何も問題はない。


「来年の春にはイナホンの苗を植えて栽培していく。メインは森の中の天然の水田。村内の破棄されていた麦畑でも、試験的にイナホンを栽培していく」

「麦畑を水田に改造ですか……可能でしょうか……ヤマトさま」

「そのための野牛ワイルド・オックスの労働力であり、ガトンのジイさんに頼んでおいた農機具の数々だ」


 不安がるリーシャにいろいろと説明をして安心させる。

 オレの提案した農業改革が軌道に乗れば、村の食糧生産も安定しいくであろう。その他にも畜産や野菜の栽培も再開して、生活を豊かにしていく。

 何しろ人は米だけでは健康に、そして豊かに生きていけないからな。


(穀物や食料が安定したら、ウルドの村のこの環境なら大丈夫であろう……)


 ウルドは山岳地帯の盆地にあり自然環境には恵まれていた。澄んだ空気に豊富な水資源に恵まれている。

 

 獣の巣食う深い森もクロスボウ隊が稼働したら、素晴らしい森の恵みを与えてくれるであろう。燃料であるまきや獣の肉に毛皮に困ることはない。


(まだまだ時間はかかるかもしれない。だが希望という光明が見えてくるだけで人は生きられる)


 脱穀作業を笑顔で行う村人たちの様子に、オレは希望の姿を見ていた。これなら何とかなりそうだ。


「ヤマトさま……」


 その時であった。

 隣にいた少女リーシャが、オレに静かに声をかけてくる。


 いつもと違う声質……いったいどうしたのであろうか。


「ヤマトさま……今宵、少しお時間を貸してください。お話があります……」

「べつに構わない。どうした?」


 村長の孫娘であるリーシャは、この村では唯一の年ごろの少女である。

 彼女の知識や存在にオレはいつも助けてもらっていた。そんなリーシャに頼まれて断る理由はどこにもない。


「ありがとうございます、ヤマトさま! では今宵お待ちしています……」


 彼女は嬉しそうに立ち去っていく。

 いったい何の話があるのであろうか……。


 こうしてオレはウルドの少女リーシャに誘われて、今宵会うことになった。


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