第121話:別れと再会の約束
オルンを出発してから数日が経つ。オレたちはウルドの森へ向かっていた。
「ここから先は徒歩で移動する」
ウルドの手前の山道で、オレたちは馬から徒歩に切り替える。
ここまでは人種管理者の目を逃れて、裏のルートの街道を進んできた。
「お前たちも気をつけて、オルンへ戻るんだぞ」
この先は険しい山道の強行軍となる。サポート係として同行してきたウルド荷馬車隊とも、ここでお別れであった。
「ヤマト兄ちゃんも、気をつけてよね……」
「シルドリアちゃんも……リーンハルトのお兄ちゃんも……」
子どもたちと別れの挨拶を交わす。
どんなときでも天真爛漫なウルドの子どもたち。だが今日ばかりは誰もが下を向き、言葉に詰まっていた。
「ラックのおじちゃん……必ずリーシャ姉ちゃんと一緒に、生きて帰ってきてよね……」
「大剣使いのおじちゃんも……」
まだ子どもである彼らも感づいていた。今回のリーシャ救出作戦が、命がけの危険な策であることを。
危険な狩りで自給自足をするウルドの村では、人の生死は身近なもの。感受性の強い子どもたちは、オレたちに死の予感を感じていたのだ。
「おい、お前たち。いつもの元気はどうした?」
下を向き暗い顔をしている子どもたちに、オレは語りかける。どんな時でも前を見ているウルドの民は、そんな顔は似合わないと。
「お前たちらしくない、“難しい顔”しているぞ」
「えっ……」
オレの口から出た意外な単語に、子どもたちは唖然とする。顔を見上げてこちらに注目してくる。
「必ずリーシャさんを取り戻して帰ってくる。オレが今まで約束を破ったことがあるか?」
「そうだね……ヤマト兄ちゃんはいつも、約束を守ってくれるよね!」
「そうだよね……絶対に大丈夫だよね!」
「“難しい顔”ばかりしていたら、ヤマト兄ちゃんみたいな顔になっちゃうからね!」
「うん、それは大変だね!」
オレの問いかけに反応して、子どもたちの上場が一変する。いつもの笑顔が戻り、誰もが苦笑していた。
「ちびっ子たちも頑張るっすよ」
「ラックのおじちゃんも、皆の足を引っ張らないんだよ!」
子どもたちにとってラックは、気さくな友達であり兄貴分であった。彼らはお互いの健闘を誓い合う。
「シルドリアちゃんの戦いの話も、また楽しみに待っているからね!」
「ああ。ヤマトの手柄も妾が奪ってやるのじゃ」
子どもたちとシルドリアの間には、庶民と皇女という身分の差はある。だが互いに果敢な者同士、彼らは認め合っていた。
「リーンハルトのお兄ちゃんも影が薄くならないように、活躍してきてね!」
「ああ。オルンの騎士の誇りにかけて、必ず成し遂げてくる」
生真面目な性格であるリーンハルトは、いつも子どもたちに弄られていた。だが誰よりも勇敢な騎士に、子どもたちは憧れもしている。
「元気なガキは嫌いじゃないぜ。見込みのあるヤツは、オレさまの従者にしてやる」
「えー、でもボクたちの賃金は高いよ」
「そうそう」
バレスと子どもたちの最初の出会いは敵同士。だがこの大剣使いが子どもたちを見る目には、優しさが秘められていた。
(子どもたちはやはり元気な方が、調子がでるな……)
オレ以外の決死隊の四人も、子どもたちたちの別れを惜しんでいた。
彼らが一緒に過ごした時間は長くはない。だが数々の苦難を乗り越えた同志として、互いに尊重して認め合っていた。
「そろそろ時間だ」
荷馬車隊と別れの時間がやってきた。ここからはたった五人での危険な強行軍となる。
「みんな、気をつけてよね!」
「オルンで待っているから!」
だが子どもたちの笑顔から、オレたちは説明しがたいエネルギーを貰っていた。
勇気や活力、それに希望。上手く言葉にできないが、そんな力である。
「これからが本番だ。さあ、いくぞ」
こうしてオレたち五人はウルドの森へと繋がる、山道へと入っていくのである。
◇
ウルドの森へと続く獣道を、オレたち五人は進んでゆく。
「少し険しいが、この山を越えていく」
「ここをか? 随分と急ぐのじゃな、ヤマトは」
オレは行軍の速度を上げるように指示をだす。
他の四人にはまだ体力の余裕があるが、道はかなりの傾斜面である。
「ああ。“時は金なり”だ」
早くしなければ、捕えられたリーシャの身が心配であった。
聖女マリアの話では“裁きの雷”を発射した時、彼女の魔力は大幅に消費していた。
次の発射まではあと数日の猶予はあるが、急ぎ“四方神の塔”に辿りつく必要がある。
「ヤマトのダンナ……ちょっといいですっか」
「ああ。どうしたラック」
後方を進むラックが口を開き、その足を止める。
先頭をゆくオレとシルドリア、中盤のリーンハルトとバレスも何事かと思い足を止める。
「ここから先はオレっちが、一足先に偵察に行ってもいいすっか?」
ラックは自ら偵察役を名乗り出てきた。
一人急ぎ足で先行して、“四方神の塔”の状況を確認してくると説明してくる。
「強行偵察か」
「はい、そういうのは得意なんで」
遊び人を自称するラックの、裏の顔は隠密術の達人であった。
生家ガネシャ家の跡継ぎの一人として、幼い頃から過酷な鍛錬を受けてきた。隠密術や暗殺術、毒物耐性や帝王学など、その種類は多岐にわたる。
「なるほど。だが危険だぞ、ラック」
「わかっているっす。でもダンナの役に立ちたいっす……」
ラックの表情は本気であった。
目的のためなら手段を選ばない、そんな危うい覚悟を決めている。
「ダンナのために、リーシャちゃんを助けたいっす。どんな手段を使ってでも……」
本気を出したラックは、腕利きの騎士すらも凌駕する隠密者である。
だがこの男は優しすぎるために、これまで人を傷つけることを決してしなかった。その決意を破ろうとする危うさが、今のラックにはある。
「相手の情報を得るために、偵察は必要だ。だが“今の”お前には任せられない」
「えっ……」
「分かりやすく言おう。ラクウェル=ガネシャには任せられない……」
今のラックの顔は“ラクウェル=ガネシャ”のものになっていた。
幼少の頃から隠密者として鍛えられた暗殺者の顔。そして結果として、それは誰も幸せにしない負の覚悟である。
「だが、自称“世界一の遊び人”ラックとしてなら、安心して任せられる」
「ダンナ……了解したっす!」
ラックの表情が一変する。
オレの知っているラックという男は、誰よりも勇敢である。そして優しい心の持ち、誰からも愛される偉大な男であった。
そんな頼もしい表情となった男なら、誰よりも安心して任せることができる。
「ラック、ご武運を……いや、帰還を信じているぞ」
「リーンハルトのダンナ……了解したっす!」
他の三人もラックとの別れを惜しむ。
この男の健脚ならウルドの森まで、往復で二日といったところであろう。
「妾の露払いじゃ。心していけ」
「シルドリアちゃん……オレっちに任せておくっす!」
時間にしては、それほど長くはない別れ。
だが命を賭けた偵察になることは、この場にいる誰もが知っていた。
「テメエもオレの獲物の一人だ」
「バレスのダンナもありがとうっす!」
そして信じていた。
世界一の遊び人を自称するラックは、必ず成し遂げてくれる男だということを。
「じゃあ、行ってくるっす、ダンナ……」
最後にそう言い残し、ラックの姿は森の中へと消えていく。
この場にいる腕利きの騎士たちに、気配を感じさせない見事な隠密術である。
五感が向上しているオレですら、微かにしか感じられないラックの技であった。
(これがラクウェル=ガネシャの技か……いや、ラックの想いか……)
命を賭けて先行していった男の消えゆく先を見つめる。
「さあ、オレたちも先を急ぐぞ」
残るオレたちもウルドの森へ向かっていくのであった。