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第120話:帝国の騎士たち


 人種管理者オール・マスターに対しての準備は進んでいた。


「城壁の強化を怠るな!」

「傭兵団を招集しろ! 金に糸目を付けるな!」

「物資を商人たちに集めさせろ!」


 帝国とオルンとの会談から一晩明け、オルンの街は慌ただしく動き出している。

 昨日のうちにオルン太守から、市民に対して“太守令”を発令されていた。これによりオルンでは厳戒態勢が敷かれたのだ。


「義勇兵の募集の準備を! あと武具をかき集めろ!」

「オレたちも急いで志願に行くぞ!」

「ああ。他の者たちに遅れをとるな! オルンの誇りをみせろ!」


 街の各地では兵士や職人たちが、忙しく動き回っていた。また多くの市民が義勇兵として名乗り出ている。

 理不尽な人種管理者オール・マスターに対して、誰もが憤慨ふんがいしていた。


「オルンの民はたくましいな、イシス」

「ありがとうございます、ヤマトさま」


 太守府の展望室からオレはイシスと、そんな街の様子を視察していた。どんな些細ささいな市民たち情報も、今は必要な時期である。


「街の自治を守ろうとする誇りは、大陸一だと自負しています」


 都市国家であるオルンは長い間、その自治を守ってきた。

 貿易都市として潤うオルンを狙う周辺諸国は多い。だがそれらを全て、オルン軍は退けてきた歴史がある。


「そういえば貿易都市でありながら、騎士団を有するオルンは珍しいな」

「はい、ヤマトさま。オルンでは出生に関係なく、腕に自信がある者たちを多く登用してきました」


 オルンには大国にも引けをとらない騎士団がある。流れの剣士であったリーンハルトも、若い頃に登用されていた。

 また財力に物を言わせて、屈強ない傭兵団もいくつか抱えている。また市民からの志願兵も行っており、その士気の高い。


「もしかしたら、イシス。オルンが戦場になるかもしれない」

「はい……覚悟はしています、ヤマトさま」


 太守代理としてイシスは覚悟を決めていた。

 人種管理者オール・マスターのいるウルドの森から、このオルンは一番近い大きな街である。そのため霊獣との戦いの最前線になる可能性がある。


「オルンは防衛の拠点です。ヤマトさまが戻るまで、必ず死守いたします!」

「ああ。頼りにしているぞ、イシス」


 大陸中央部の地形的にオルンが、人種管理者オール・マスターとの戦いの最重要拠点となる。

 オルンと周辺諸国の連合軍が霊獣の群れに対して、持ちこたえることが重要となる。


「スザクの民の皆も、頼んだぞ」

「はいです……ヤマトの兄上さま」


 展望室に控えていたスザクの巫女に、オレは話をふる。

 彼女たち一族の秘術“禁断ノ歌”は、聞いている者たちに不屈の勇気を与えてくれる。その絶大な効果は、巨竜討伐の際に実証されていた。


「私たち……ヤマト兄上さまのために頑張る」


 いつもは無表情な巫女だが、今日は強い意志を瞳に宿している。

 巨竜討伐を経てからの、この数か月間。村でスザクの子どもたちは、厳しい鍛錬を積んできた。

 スザクの民の歌はオルン兵と市民のことを、間違いなく守ってくれるであろう。


「ガトンのジイさん、山穴族の皆と共に頼んだぞ」

「ふん。言われるまでもない。武具は任せておけ」


 同じく展望室に控えていた、老鍛冶師ガトンにも言葉をかける。

 ウルドにいた山穴族の老人たちは、村長と一緒にこのオルンに避難していた。その者たちは“太守令”をうけて街の工房で、対霊獣用の武具の製造を進めている。


「それにしても霊獣の素材を大盤おおばん振る舞いだのう、小僧よ」

「大陸の危機だ。惜しむものなど何もない」


 岩塩鉱山と樹海・帝国、そして聖都での戦い。これまで得た全ての霊獣の素材を、オレはガトンに託していた。

 時価総額にして国を何個も買える素材だという。だがそれを全て無償で提供していた。


「ジイさんも秘伝の技術を今回、提供をしてもらってわるいな」

「ふん、気にするな。人族と違って山穴族は技の独占はせん」


 ガトンは自分の持てる技術の全てを、他の同族たちに伝えてくれた。

 そのお蔭でウルド式のクロスボウの増産も始まっている。義勇兵でも扱えるクロスボウがあれば、オルンの防衛力は遥かに向上するであろう。


「ヤマトさまのお蔭でオルン防衛の方は何とかなりそうですね」


 先の見えてきたオルン防衛の様子を見て、イシスは安堵の息をはく。


「霊獣は人外。だが所詮は獣の形をしている。それが活路をなるぞ、イシス」

「なるほどです、ヤマトさま」


 この大陸の住民たちは長い間、霊獣を禁忌として恐れてきた。

 だが“呪い”を防ぐことさえできれば、霊獣も倒せない相手ではない。数に勝る人は集団戦法を常に敷き、城壁などの地形を上手く使えば何とかなる。


「人には獣のような屈強な身体や爪や牙はない。だが武具を扱うこの両手と、英知こそが最大の武器だ」

「この両手と英知が、私たちの最大の武器……なのですね」


 霊獣の強固な体毛や硬皮こうひも、山穴族の作り出す武器なら通じるであろう。特に弱点である“コア”の存在を知っている点は大きい。

 今のオルンには多くの種族の英知と技術を集結している。その力があれば霊獣は倒せない相手ではない。


「では引き続き準備を頼むぞ、イシス」

「はい、かしこまりました。ヤマトさまも、ご武運を……」


 オルンの防衛戦の準備は順調に進んでいた。

 ウルドの森に向けて出発するために、オレも太守府の正門へと下りていく。



 正門に下りたところで、皇子ロキに遭遇する。


「これから出発か、ロキ」

「ああ。バレスたちを待っていたところだ」


 皇子ロキは母国ヒザン帝国へ出発する。真紅の騎士団がそれに随伴していた。

 大剣使いバレスと彼の直属の部下を待っていたところだ。


「頼んだぞ、ロキ」

「任せて、ヤマトよ。最短の道で帝都に戻り、皇帝陛下に進言してくる」


 ロキの帰還の目的は、ヒザン帝国に謁見するため。人種管理者オール・マスターに対抗するために、連合同盟を組むことを進言する。


「本当ならば私も貴殿に同行して、人種管理者オール・マスターを打倒したところだ」


 オレが少人数で敵の本拠地に向かうことを、ロキは心配をしていた。

 皇子でありながらロキは優れた騎士。魔剣の使い手でもあり、その腕はバレスとも互角であろう。

 この皇子がウルドの森まで同行してくれたなら、これほど有り難い助っ人はいないであろう。


「ヒザン皇帝を説得することは、ロキにしかできない」

「ああ、そうだな」


 だが、その申し出をオレは断っていた。

 なぜならヒザン皇帝を説得できるのは、この大陸でロキしかいない。連合同盟の成功のかぎは、この皇子が担っている。


「何かあれば連絡する、ヤマト」

「ああ。情報の共有化は大事だからな」


 マリアから借りていた“遠耳とおみみの石”の一つを、オレはロキに渡していた。

 残りの一個はイシスに渡してあり、これで四者による情報の共有化が可能になる。貴重な魔道具であるが、ここまできたら出し惜しみはしない。


「必ず生きて帰ってこい……ヤマトよ」

「ああ、必ず成し遂げてくる」


 今回はロキの実妹であるシルドリアも、オレと一緒にウルドの森に向かう。そのため皇女である彼女も、オレは必ず生きて帰すつもりである。


「しかし本当にたった四人で、人種管理者オール・マスターの本拠地に乗り込むのか?」

「ああ、ロキ。少数精鋭の方が敵の目をあざきやすい」


 今回の策ではオルンに軍を集めて、防衛の拠点にする。

 人種管理者オール・マスターの目がそちらに向いているスキに、オレが率いる少数精鋭で敵の本拠地に乗り込む。


(策自体には問題はない。だが、やはり戦力不足はいなめな……)


 人種管理者オール・マスターがこれまで以上に、強力な霊獣を召喚してくる可能性は大きい。

 それに対してこちらの腕利きはオレとシルドリア、リーンハルトの三人だけ。他のラックやウルド荷馬車隊は、途中までのサポート係りとなる。


 本音を言えば、もう一人は腕利きの戦士が同行してくれると心強い。それも霊獣との戦闘に慣れた猛者が。


「ロキ、待たせたな」


 そんなことを考えている時、別の帝国の騎士が近づいている。バレスとその直属の騎士団であった。

 彼らはロキと合流して、これから帝都の帰還する者たちである。


「バレス……貴殿たちの、その恰好は……」


 だがバレスたちの姿を見て、ロキは言葉を失う。なぜなら彼らの恰好は、帰還用の儀式的なものではなかったのである。

 剣と鎧で完全に武装した、戦場に向かう騎士の装備であった。


「こいつらはオルンに残りたんだとよ、ロキ」

「殿下……我々がオルン防衛隊に加わることを、ぜひともお許しください!」


 バレスの言葉に続き、騎士の代表の一人が口を開く。

 オルンとウルドの民を守るために、彼らは独立部隊として行動したとロキに懇願こんがんする。


「先の巨竜討伐の際、多くの帝都の市民が彼らに救われました……」


 今から数か月前。霊獣管理者レイジュウ・マスターが召喚した巨竜アグニによって、帝都は壊滅の危機に瀕していた。

 

 だがオルンの騎士リーンハルトと太守代理イシス、そしてウルド荷馬車隊の協力もあり、無事に討伐することができた。

 懇願している者たちは、その時一緒に戦った帝国騎士であった。


「我々は騎士位の剥奪はきだつも覚悟しております……ですが帝国男子として、あの時の恩を返したいのです、殿下!」


 今回ロキたちが皇帝から受けたのは、あくまでもオルンとの外交であった。自衛以外の戦闘は禁じられており、隊を離脱するのは重大な命令違反である。

 だが彼らは全てを投げ捨てる覚悟があった。オルンの防衛隊に加わることを、そこまでして決意していた。


「悪いな、ロキ。オレさまも説得した。だが誰に似たのか、コイツらも頑固すぎてな」


 バレスは苦笑しながら、部下たちを擁護ようごする。そして大剣使いの瞳は真剣であった。


「お前たち……」


 ロキは一瞬、言葉を詰まらせる。皇子として毅然きぜんとした判断を、ここで下さなくてはいけない。


「ロキ=ヒザンの名において命じる……最強を誇る我ら帝国騎士の力を、見せつけてやるのだ!」

「は、はっ! 我らが一命に賭けても!」


 だが騎士たちの願いを、ロキは聞き入れる。いつもは氷のように冷静な皇子の顔。今は頼もしい部下たち見つめ、温かな笑みが浮かんでいた。


「ところでバレス、貴殿もオルンに残るのか?」


 同じく完全武装のバレスに、ロキは尋ねる。この男は騎士でありながら、本能に従う性格であった。


「オレさまはウルドの森にいく」

「ああ、そうか……お前らしいな、バレス」


 そのやり取りだけでロキは全てを察していた。

 上官と部下でありながら、この二人の騎士は深い信頼で結ばれている。


「いいのか、バレス。命の補償はできないぞ」

「はん。誰にものを言っていやがるんだ、ウルドのヤマト!」

「ああ、そうだったな」


 バレスは帝国でも随一の武を誇る騎士である。

 更にタフさだけでいえば、身体能力が強化されたオレ以上。まさに不死身の大剣使いであった。


「オレたちに協力しても、何の見返りもないぞ、バレス」

「別にテメエのためにじゃねえ。あの霊獣使いの野郎には、借りがあるからな!」


 バレスは剣を構えながら目を輝かせる。

 その大剣は前回に見た時よりも輝きを増していた。おそらくは巨竜の素材を使い、大幅な強化を施しているのであろう。


(かなり腕を上げているな……)


 そして何より、バレスは剣の腕を格段に上げていた。

 前回会った時から、まだ数か月しか経っていない。おそらくは血のにじむような鍛錬を、バレスは自分に課していたのであろう。


「全部片付いたら、覚えておけ……ウルドのヤマト」


 バレスは大剣の切っ先をこちらに向けてくる。

 今にも襲いかかるような殺気を放ち、野獣のような笑みを浮べている。


「ああ。楽しみにしておく」


 戦力不足に悩んでいたオレは、まさかのバレスの名乗りを頼もしく思う。

 野獣のように危険な男ではあるが、その剣の腕は保証済みである。


 また霊獣に対しても決して怯まず、誰よりも強い精神力の持ち主であった。

 霊獣と戦うには剣の腕よりも、明鏡止水めいきょうしすいの冷静さと不屈の魂が必要になる。


「出発は今日の昼だ、バレス」


 こうして頼もしい同行者を得て、オレたちはウルドの森へ出発するのであった。


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