第119話:策の立案
帝国の騎士たちによって、ウルドの村人たちの窮地は救われた。
「こんな時になぜオルンに来た、ロキ?」
「この状況だからこそ……そうであろう、ヤマトよ」
「ああ、そうだな。まずは街の中に向かおう」
村人たちを救出したオレたちは、オルンの街へと向かう。
ロキたちが討伐したのは、霊獣の中でも下級に属する黒犬級であった。
他にも霊獣がいるかもしれない。周囲を警戒しながら街へと進んでいく。
「ヤマト殿、心配をおかけしました」
「全員無事でなによりだ、村長。それより何があった?」
村から避難してきた村人たちは、全員無事であった。
荷馬車隊に乗っていたウルド村長から、ここまで事情を聞き出す。
「実は数日前のことです。不思議なことが起きました……」
村長が説明するのは、次のような内容である。
オレたちが聖都に行っている間、村ではいつものように農作業をしていた。
もうすぐ収穫の秋が目前であり、老人と子どもたちは力を合わせて農作業する。
「その時、孫娘リーシャの声が聞こえてきたのです……」
「リーシャさんの声だと?」
「そうだよ、ヤマト兄ちゃん。リーシャ姉ちゃんの声が、ボクたちの頭の中に聞こえてきたんだよ!」
「そうそう。『村は危険だから、今すぐオルンに逃げろ』って」
「でもリーシャ姉ちゃんの姿はどこにも無かったんだよね」
荷台で話を聞いていた子どもたちが、補足をしてくる。
留守組の彼らも全員、リーシャの声を聞いていたと。だが、いくら探して彼女の姿はない、本当に不可思議な現象だったという。
「孫娘の声はただならぬ感じでした。それで全ての村人たちを荷馬車に乗せて、避難したのです」
オレは村長の話を聞きながら、頭の中で整理していく。
村人たちがリーシャの声が聞いたのは、今から数日前。つまり彼女が人種管理者に連れ去られた、数日後のことである。
もちろんその時の彼女は、囚われの身であったはずだ。
「村からしばらくは何事もありませんでした。ですがオルンを目前にして……」
「人種管理者の姿と声が、上空に現れたのか」
「はい、ヤマト殿。その後、どこからともなく先ほどの霊獣の群れが現れて、ここまで必死で逃げてきました」
追撃の霊獣を放ったのは、間違いなく人種管理者であろう。
今のところ、その理由は不明ではある。だが何か思惑があるのかもしれない。
今後も警戒が必要である。
「ウルドから退避したのは賢明な判断だったな、村長」
「村を捨てるのは断腸の思いでした。ですが、あの時の孫娘の声は、本当に必死でした……」
「リーシャ姉ちゃんのお蔭で、ボクたちは助かったよね……」
「早く帰れるといいな……」
彼らウルドの民にとって村は大切な故郷である。子どもたちは村を思い出して、表情を曇らせる。
だが、そのまま村に留まっていたら、おそらく霊獣に殺されていたであろう。
リーシャの必死の呼びかけに、全員の命が救われた形になる。
「とりあえずはオルンの街外れで寝泊まりをしてくれ、村長」
「心遣いありがとうございます、ヤマト殿」
村人たちは避難民として、しばらくの間オルンで暮らしてもらう。街の中には開発途中の区画もあり、住居的にはまだ余裕がある。
またウルド商店もあるので生活物資に困ることはないであろう。
そして有事の際には彼らにも、オルンの防衛に協力してもらうつもりである。
これで村からの避難民の問題は、とりあえず一段落した。
「さて次は、我々にも説明を頼むぞ、ヤマトよ」
「ああ、ロキ。太守府に向かう道中で説明をしよう」
一行はオルン市内に入り警戒を解く。
馬を進めていたロキが、オレに情報の共有を求めてきた。移動しながらこれまでの事情を説明していく。
「ところでロキ。今回な何の用があってオルンへ来たのだ?」
説明をしながら浮かんだ疑問を、ロキに尋ねる。
この男はヒザン帝国の重役に就く皇子である。この有事の際に国を離れて、こんなところにいる場合ではない。
「貴殿から手紙を貰った……それで駆けつけた」
「なるほど、そういうことか」
オレは聖都に向かう前に、何通かの手紙を出している。その一通をイシスに頼んで、帝都のロキに宛てていた。
「『強大な存在に対して連合同盟を組むべし』か……たしかに貴殿が手紙に書いた予言通りになったな」
「ああ。悪い方に当たってしまったがな」
オレは手紙の中で各国の連携の必要性を説いていた。
戦乱の続くこの大陸の平和を保つために、各国の首脳による会談が必要であると。
それが人種管理者の出現を、預言として当てた結果となる。
「その帝国の代表として、今回は私がオルンにきた」
オレが出した手紙の文章は、あえて曖昧な表現にしていた。だがロキはオレの真意を読み取り、行動を起こしてくれたのである。
おそらくは大陸の情勢の何手も先を、読み取ったのであろう。さすが知略に優れた男である。
「このバレス卿もオルンに行くのを楽しみにしていたぞ、ヤマト」
「はん! オレさまはオルン観光に付いて来ただけだぜ!」
ロキは馬を進めながらバレスに話をふる。オルンの街並みを眺めていたバレスは、鼻を鳴らして反論する。
「それにしてはヤマトに会うのを楽しみしていたではないか、バレス?」
「ロ、ロキ、てめえ……何を言いやがる⁉」
「はは……冗談だ」
馬を進めなら、二人の帝国騎士は冗談を飛ばし合う。
こんな状況でありながらも余裕のやり取りである。この二人が深い信頼関係で結ばれているのが伺える。
「じゃれ合いも、その辺にしておけ。太守府に着くぞ」
オルンを治める太守府の城壁が、目の前に近づいてくる。
ヒザン帝国と交易都市オルンの正式な会談が始まるのであった。
◇
オルン太守府に着いたロキは、さっそくイシスと会談を始める。
議題は人種管理者に対して、両国がどのように連携をしていくかである。
「……以上がオレの推奨する“連合同盟”だ」
だがその中で、オレは“北の賢者”として別の策を立案する。
“連合同盟”……その内容はヒザン帝国と“都市連合同盟”、そして西のロマヌス神聖王国。この三大勢力による相互同盟であった。
「バ、バカな……そんなことは不可能だ!」
「いくら“北の賢者”ヤマト殿とはいえ、無謀ですぞ!」
その無謀な立案にオルンの幹部たちはざわつく。
何しろ大陸の歴史上、これほど壮大な同盟関係が立案されたことは、前例がなかったからである。
「仇敵であるロマヌスと手を結ぶなどありえん!」
「我ら誇りある帝国を愚弄する気か⁉」
それはヒザン帝国側も同じであった。
ロキに同行してきた外交官たちは、顔を真っ赤にして反論してくる。
何しろヒザン帝国とロマヌス神聖王国の関係は悪い。東西の大国で互いに大陸の覇権を狙う国同士。手を結ぶなど絶対にあり得ない
「それにロマヌス側の代表が、この場に誰もいないではないか!」
「こちらは皇子ロキ殿下が自ら来ているというのに!」
外交官たちも悪気があるわけではない。
むしろ本気でこの会談に臨んでいる。それだけにここまで熱くなっているのであろう。
「ロマヌス側の代表はこの場にいる」
オレは小さな宝玉を、両国の幹部たちの間に置く。そして宝玉の向こう側の人物に、合図を送る。
「皆さま、はじめまして……ロマヌス神聖王国の聖女マリアと申します……」
その宝玉は“遠耳の石”であった。これはどんなに遠く離れていても、瞬時に会話ができる機能をもっている。
「せ、聖女さまだと……」
「ロマヌス教団の聖女さまが……本当に……」
オルンと帝国の代表たちは言葉を失う。
何しろロマヌスの聖女といえば、大陸でも最大の信者を誇る教団の象徴である。天神ロマヌスの代理とも言われ、その存在は国王よりも高いとされていた。
「これは魔道具だったのか……」
「通信の魔道具……噂では聞いたことがあったが、実在していたとは……」
魔道具は“魔剣”と同じ、超帝国時代の遺産の一つ。特に遠距離通信な可能な“遠耳の石”は、貴重な魔道具であった。
「ふん。この声の主が聖女であることは、このワシが保証する」
老鍛冶師ガトンが口を開く。
“鉄と火の神”に仕える彼ら山穴族は、決して嘘を付かない種族である。
特に“鍛冶師匠”であるガトンの証言は、国家間の取引で使うほど有効性は高い。
「なるほど。これで三大勢力の代表者が揃ったことになるな……」
興奮する家臣をよそ目に、皇子ロキは冷静にこの場の状況を理解していた。
「だが大きな問題点がある……」
そしてオレの立案に問題点があることを指摘してくる。
「仮に連合同盟を組み、人種管理者を打倒した……だが、その後はどうするのだ、ヤマトよ?」
ロキが指摘してきたのは、戦いの後の処理についてであった。
強大な人種管理者と霊獣の群れに、各国が手を結び共闘するのは理解である。
「まさか貴殿が王となり、大陸統一を狙っている訳ではあるまい、ヤマト?」
ロキが心配しているのは戦いの後の、大陸の覇権争いについてであった。
人類の敵である人種管理者。それを倒した者は、大陸史上でも類をみない英雄として扱われるであろう。
その気があれば覇王として大陸の平定に動いてもおかしくはない。
「オレは普通の村人だ。そして戦後は“天下三分の計”を用いる」
「“天下三分の計”……だと?」
「ああ、ロキ。オレの故郷の大賢人の策だ……」
オレは古代中国の策を用いて説明をする。
いろんな民族が住むこの大陸を、無理に統一をする必要はないと。それよりも拮抗した勢力による平和バランスが最適だと、“天下三分の計”について解説する。
「バ、バカな……そんな夢物語が……」
「だが、一理はたしかにある……」
「今まで考えたこともなかった……」
オルンと帝国の代表たちは言葉を失っている。
だが同時にオレの提案を理解もしていた。“天下三分の計”による大陸の平和が可能であることに。
彼らは決して無能ではなく、国の中枢を司る幹部たちなのである。
「なるほど。さすがヤマトだな。しかし連合同盟の補給や資金の問題はどうする?」
人種管理者に対抗するための連合同盟。だが税関や関所、それに各国の行軍の補給など問題点は多いと、ロキは指摘してくる。
これまで対立してきた国同士が、いきなり共闘するのは難しい。軍を動かすにしろ補給をするにしろ、多くの問題があるのである。
「この最大の問題が解決できなければ、私も帝都には帰れない」
連合同盟と“天下三分の計”に対して、ロキも納得している。
だが全ての問題を解決しなければ皇子である彼も、帝都の重鎮たちを説得できることはできない。
今は人類の危機とはいえ、想いだけでは国は動かせないのである。
「それに関しては、このオレっちが保障します」
ロキの問いに対して、オレの隣にいたラックが口を開く。今回の階段にはこの男の意志で参加していた。
「たかが遊び人の分際で、何を言うか!」
「そうだ! いったい幾らの金が必要になると思っているのだ!」
ラックの発言に、オルンと帝国の代表たちは言葉を荒げる。
遊び人の恰好をしているラックは、彼らから見たら場違いなのであろう。
「人種管理者との戦いの金と補給物資は、この書類で補償するっす」
ラックは真剣な表情で、一枚の書類を皆の前に差し出す。そこには紙に細かく文章が書かれ、サインと判子が押されていた。
「こ、これは……そんな、バカな!?」
「ま、まさか……この判子はガネシャ家の……」
「だが……間違いないぞ……」
書面の内容とサインを確認して、会議の参加者たちは驚愕する。何度も見直し、その内容と真偽性を確認していた。
何しろガネシャ家といえば、大陸最大の商家である。その権力は国王を上回り、大陸の経済を裏で操っているといっても過言ではない。
「ふん。これが本物であることは、このワシが保証する」
ガトンが再び口を開く。
これによりこの書類が本物であることが証明された。
「ラック……いや、貴殿の本当の名を聞こうか?」
ロキは真剣な表情で問いかけてくる。
昨年の巨竜討伐での共闘で、ラックのことは知っていた。そして、ただ者ではない気配をロキは感じ取っていたのである。
「ラクウェル=ガネシャ……それがオレっちの本当の名前っす」
「なるほど……そういうことなら合点がいく」
ラックの本名を聞き、ロキは全てを察した。小さく頷き笑みを浮べる。
「こ、この者が……あのガネシャ一族だと……」
「し、信じられない……」
「だが、この書類の通りなら、連合同盟と“天下三分の計”も成立するぞ!」
言葉を失っていた両国の代表たちは、目の色を変える。
何しろガネシャ家の全面支援が、壮大な立案が確約されたのである。
「ヤマトよ、承知した。これより帝都に至急戻り、このことを皇帝陛下に進言する」
ロキは頼もしい言葉を発してくれる。
ヒザンの皇子として、何としてでも皇帝を説得すると誓ってくれる。
「ヤマトさま……私もこれから国王陛下に謁見して参ります」
魔道具の向こう側で、聖女マリアも了承してくれた。
大聖堂にいる彼女は、ロマヌス国王に直談判してくると誓ってくれる。
「お父さま、我々オルンも至急“都市連合同盟”の各都市との会議を」
「ああ。そうだな、イシス」
オルン太守と代理のイシスも了承してくれた。
“都市連合同盟”の会議には中央の国家都市群が集まる。そして、連合同盟の議案を何としても通すと、二人は誓ってくれる。
「それにしても、本当に凄いことになったな……」
「ああ。これほどの大規模な同盟など有史以来だろう……」
「文官として、これ絶対に成立させねばな……」
各国の代表者たちは眼を輝かせていた。大陸の歴史の転換期に携わることに、心から興奮している。
(これで何とかなるかもしれないな……)
人種管理者に対抗するための人類の共闘。その第一段階が無事に進もうとしていた。