第117話:裁かれた日
リーシャが捕えられていた場所は“ウルドの森”であった。
「ウルドの森か……」
予想外のことに、さすがのオレも言葉を失う。
まさか霊獣管理者の本拠地が、村のすぐ側にあったとは想定もしていなかった。
「妨害が強くて、詳細は不明ですが……この建物はまだ正常に作動していません」
聖女マリアは“遠見の術”で、リーシャのいる建造物の探索を続ける。この術はある程度の情報も解析できるという。
「つまり、これは何かの装置なのか」
「はい。リーシャお姉さまの魔力が、この建造物に吸収されていっています……急がないと危険だと感じます」
おそらくこの建造物が“四方神の塔”の一種なのかもしれない。形状は明らかに古代超帝国時代の遺産である。
だが“四方神の塔”を起動するためには、“魂鍵”である聖女マリアが必要だと霊獣管理者は言っていた。
「リーシャさんは普通の人だ……」
リーシャは妹マリアの身代わりになって、連れ去られていった。彼女は優れた狩人であるが、聖女とは違い普通の少女である。
それなのに古代超帝国の遺跡が起動していることが、オレには引っかかっていた。
「たしかにリーシャお姉さまからは、何の力も感じられませんでした……」
強制転移の直前に、マリアは姉と触れ合っていた。その時の感じでは、リーシャには特殊な力は無かったという。
もしかしたら、この双子の姉妹には何か秘密があるのかもしれない。
「とにかく急いで、リーシャさんの救出に向かう」
「ヤマトさま、私も何かお手伝いを……」
「マリアはこの大聖堂で守りに徹していてくれ」
はやる気持ちのマリアを落ち着かせる。
何しろこの少女は“魂鍵”であり、また霊獣管理者に狙われる可能性があった。
「守りに関しては、元剣聖たちに伝えてある。ここにいる限り大丈夫だ」
オレが聖都を離れている間、四天騎士に聖女の警護を頼んである。
二日前の奇襲された時とは違い、彼ら騎士団は霊獣戦闘の経験を積んでいた。また霊獣の“呪い”を防ぐ護符や、ガトン特製の武具も渡している。
それに聖都には優れた山穴族の鍛冶職人も多い。彼らとガトンと連動させて、対霊獣用の武具の開発をオレは指示していた。
戦力がアップした今の神聖騎士団なら、霊獣相手にも引けを取らないであろう。
「わかりました、ヤマトさま。それではコレを持っていってください」
マリアが手渡してきたのは、小さな宝玉であった。
表面には不思議な呪文が描かれており、魔力を感じることができる。
「この石は……魔道具の一種か?」
「はい、“遠耳の石”といいます」
マリアの説明によると“魔剣”と同じ、超帝国時代の遺産の一つだという。
“遠耳の石”はどんなに遠く離れていても、会話ができる機能をもっている。この大陸にも数個しかない貴重な魔道具であった。
「こんな貴重な物をいいのか?」
「リーシャお姉さまを助け出すために、私も全てを投げ出す覚悟があります」
強い意思がこもった瞳でマリアは見つめてくる。その覚悟は本当なのであろう。
「では、ありがたく借りていく。何かあったら連絡してくれ」
「はい、定期的に連絡いたします」
“遠見の術”が使えるマリアのサポートがあるのは、正直なところ助かる。
これから立ち向かう相手は、神出鬼没である霊獣管理者。
何か異変があったら知らせるように、マリアに指示しておく。
「マリアもあまり無理をするな」
「はい。ヤマトさまもお気をつけて」
聖女マリアとの面会を終えて、オレは大聖堂を後にする。
聖都にいる皆とこれから合流して、急ぎウルドの村に戻る必要があった。
◇
マリアと別れてから、半日が経つ。
「そろそろ出発をするぞ」
「うん、こっちは大丈夫だよ、ヤマトお兄ちゃん」
聖都の城門では、ウルド荷馬車隊が出発の準備を終えていた。
来た時と同じように子どもたちは、荷馬車に分散して乗り込んでいる。
「マルネン。聖都で何かあったら、聖女経由で連絡してくれ」
「ああ。聖都のことは任せておけ、ヤマト」
わざわざ見送りにきた大当主に声をかける。
大陸の経済を裏で操るマルネンの力は強大。霊獣管理者に関する調査も、この男に頼んでいた。
「ところでラックは聖都に残っていっても、いいんだぞ」
「そんな野暮なことは言わないでくださいっす、ヤマトのダンナ」
荷馬車に同乗しているラックは、慌てて返事をしてくる。
ラックは大商人ガネシャ家の跡取りの一人である。
だが今回も危険を承知で、リーシャ救出に名乗り出てくれた。ガネシャ家の女従者エルザもそれに同行している。
「シルドリアとリーンハルトは……」
「妾に聞くのも野暮なのじゃ、ヤマトよ」
「囚われてのリーシャさんを助け出すのは、騎士と当たり前のことだ」
オレの言葉を最後まで聞かず、シルドリアとリーンハルトは答えてきた。リーシャを助けるまで、どこまで付いて行く宣言してくれる。
この二人の騎士は対霊獣戦闘のスペシャリスト。同行してくれるのは、本当に心強い。
「ふん。ワシに構わず、荷馬車を飛ばしてもいいぞ、小僧」
「ああ。ガトンのジイさん、助かる」
荷馬車の椅子に身体を固定しながら、老鍛冶師ガトンは鼻を鳴らす。
山穴族は極度に乗り物に弱い体質。だが今回は急ぎの道中ということもあり、荷馬車は高速で移動するつもりである。
「みんな、聞いてくれる。今回はこれまで以上に、危険な旅になるかもしれない……」
荷馬車に乗り込んだ仲間に、オレは語りかけていく。
これから向かうのは霊獣管理者の本拠地ともいえる場所。
超帝国時代の遺産ということもあり、どんな障害が待ちかまえているか想像もできない。
「前回の帝国での戦い……いや、それ以上になるかもしれない……」
おそらく魔人級や巨竜以上の霊獣が、そのオレたちの前に立ちはだかるであろう。もしかしたら多くの仲間が、命を落とす危険もあるかもしれない。
「だがリーシャさんを助けるために、皆の力を貸して欲しい……」
その困難を越えて助け出すのは、たった一人の少女である。圧倒的なその危険の度合いと比べたら、明らかに分が悪い賭け。
だがどうしてもオレは彼女を助けたかった。
「ヤマト兄ちゃん……また“難しい顔”をしているよ」
「そうそう。リーシャ姉ちゃんがいたら、きっとそう言っているよ!」
「『ヤマトさまの悪いクセですね』……ってね!」
村の子どもたちはオレのしかめ面を指摘してくる。
リーシャを拉致されてから、この二日間。自分でも気がつかないうちに、冷静さを失っていたのかもしれない。
その的確な指摘に、オレは思わず苦笑いする。
「ああ、そうだったな」
「そうそう。兄ちゃんは、そのくらい不愛想なくらいがちょうどいいよ!」
「みんなで一緒に……絶対リーシャ姉ちゃんを助け出さないとね!」
子どもたちの心遣いのお蔭で、心を落ち着かせることができた。
まだ幼い子どもだと思っていた彼らに、いつの間にかオレは支えられていたのかもしれない。
「では、リーシャさんを救いだすために出発するぞ!」
こうして頼もしい仲間と共にウルド荷馬車隊は、聖都を後にするのであった。
◇
そして聖都を出発してから、更に十日が経つ。
「ヤマトの兄さま、この先にオルンが見えてきました!」
「そうか。わかった、クラン」
馬で先行していたハン族の少女クランから報告があった。帰路の中継地であるオルンの街が確認できたのである。
「みんな、あと少しだ。もうひと踏ん張りだ」
強行移動で疲れている荷馬車隊のみんなに声をかける。
なにしろ普通なら二十日ほどかかる聖都からの道中。それを今回は倍の速度で飛ばしてきたのである。
「できればオルンで一日だけ休養をとろう、ヤマト」
「妾たちはともかく、馬のほうが限界に近いのじゃ」
リーンハルトとシルドリアの助言は一理ある。
荷馬車を引くハン馬は、一日で長距離を駆ける名馬である。だが今回は昼夜を問わない強行で、その疲労も限界に達していた。
「ああ、そうだな。オルンで一日だけ休養をとろう」
オレは荷馬車隊のみんなに指示をだす。
最終的な目的地であるウルド村は、そこから北上して数日の距離。ウルドの森で立ちはだかる障害を考えたら、オレたちにも休息が必要であろう。
(その後は一気に決める……)
交易都市オルンで最後の休養と補給をして、そのまま霊獣管理者の本拠地に乗り込む作戦である。
『ヤマトさま……聞こえますか……』
オルンを目前にした、その時である。
懐に入れていた魔道具“遠耳の石”から、少女の声が聞こえてくる。
「ああ、聞こえるぞ、マリア。どうした?」
声の主は聖女マリアある。聖都にいる彼女からの緊急の通信であった。
『よかった、繋がって……大変です、ヤマトさま!』
「どうした? 落ち着くんだ、マリア」
魔道具の向こう側のマリアは、かなり焦っていた。声だけで、その慌てた様子が読み取れる。
『は、はい、ありがとうございます。実はリーシャお姉さまのいる場所で、大きな動きがありました!』
「動きだと?」
『はい……信じられないくらい大きな、魔力を放出しています……』
マリアの説明によると、前回の遠見の術で見た時は、何の変化もなかったという。
それが今日になって急激な動きを見せていたと。魔力の放出量はどんどん増加しているという。
「まさか“四方神の塔”が本格的に起動したのか」
『ですが“魂鍵”である私は、ここで無事です……』
霊獣管理者の話だと、“四方神の塔”は超帝国時代の最大の遺産。
だがそれを起動するには、“魂鍵”を宿した聖女が必要であった。
もしかしたらその話自体に、何か嘘があった可能性もある。
「ヤマトよ、あれ見るのじゃ!」
マリアとの通信をやり取りしていた、その時である。
御者台の隣に座っていた皇女シルドリアが叫ぶ。何事にも動じない彼女らしくない、動揺した声色であった。
「信じられない……私は幻でも見ているのか……」
「ダ、ダンナ……あれは……」
動揺していたのはシルドリアだけではなかった。リーンハルトとラック、子どもたちも空を指差し言葉を失っている。
通信を中断して、オレもその方向に視線を向ける。
(何だ、アレは……空に人影が……)
そこには信じられない現象が起きていた。
なんと上空に巨大な人影が現れたのである。
半透明な様子から推測するに、それは立体映像に近い現象であった。
だがこれほどの規模の立体映像は、科学が進んだ現代日本でも不可能な技術である。
『下等種へ告ぐ』
巨大な人影は静かに言葉を発する。耳からの音声というよりは、脳内に直接伝わってくる。
そして声とその映像の人物に、オレたちは覚えがあった。
「霊獣管理者なのか……」
リーンハルトはその者の名を口にする。
巨大な人影は間違いなく、霊獣管理者であった。
『この大陸に蔓延る全ての下等種に告げる。ボクの名は霊獣管理者……いや、人種管理者と言った方がいいかな。この大陸の新しい支配者だ』
その人影“人種管理者”は決定事項のように語り出す。
この大陸で生ある全ての者は、自分の管理下に入ったと。この映像は偉大な力で、大陸の各地に発信していると説明してくる。
「支配下じゃと? 誰がそんな戯れごとを聞くか!」
空に投影された映像に向かって、シルドリアは剣先を向ける。
いや彼女だけはない。おそらく大陸各国の者たちが、今は同じように反論しているであろう。
『なるほど。たしかにいきなりは理解できないよね。なにしろ知能の低い下等種だからね。よし、証拠を見せよう……』
人種管理者は不敵な笑みを浮かべ、何やら呪文を唱え始める。
その方向に別の人影が少しだけ映る。
「あれはリーシャちゃん⁉」
「本当だ! リーシャお姉ちゃんがいる!」
ラックと子どもたちが声をあげる。
天空の映像の中に一人の少女の姿が映し出された。全身に何かの装置を取り付けられており、顔までは判別できない。
だが、それは間違いなくウルドの少女リーシャであった。
『“魂鍵”よ、“裁きの雷”を作動だ。目標は、そうだな……大陸各地から無作為に十都市くらい選定しておこうか。花火が下等種みんなに見えるようにね』
『了解です……我主……』
人種管理者の命令に少女が応答する。
その声は間違いなくリーシャ本人のもの。だが感情は全くこもっておらず、機械的な声であった。
「リーシャさん……んっ……何だ、あの光は⁉」
空を見上げていたリーンハルトが、何かに気がつく。
ウルドがある北の空から、天に向かって数多の閃光が放たれる。
「こっちに来るぞ!」
老鍛冶師ガトンが叫ぶ。
その閃光の一つが、こちらに向かってきたのである。閃光はオレたちの頭上を飛び越え、すぐ西の大地に落下していく。
「全員、伏せろ!」
オレは荷馬車隊のみんなに指示をだす。
その直後、西の方角に巨大な火柱が立ち昇る。同時に大地が激しく揺れる。
「あの方角は、そんな……ラマの街があるところっす……」
ラックは言葉を失っていた。
ラマはオルンからほど近い城塞国家である。その街のある場所で巨大な火柱が燃えているが、ここからでも確認できた。
『下等種が信じないから、大陸各地の街を十個ほど犠牲になってもらったよ。これでボクの言葉と、この“四方神の塔”の力が理解できたかな?』
人種管理者は満足そうな笑みを浮かべていた。
自分の力を誇示するために、なんの罪のない人たちを虐殺したのである。
『我主……最充填まで、しばらく冷却が必要……』
映像の後ろで、少女リーシャは機械的に報告をしている。その顔は先ほどに比べて、一気に弱々しくなっていた。
『うーん、ちょっと一気に魔力使いすぎたかな? という訳で、これからは逆らう下等種を、ボクの霊獣の軍団で根絶やしていくから』
まるでゲームのルールでも説明するように、少年は淡々と語り出す。
自分の使役する霊獣の大軍で、この大陸の国や街を順次に滅ぼしていくと。滅んだ方が自動的に敗者になると語る。
『抵抗は大歓迎だよ。その方が面白いからね』
少年にとって人の命は、ゴミほどの価値もないのであろう。その口調にはなんの罪悪感もない。
『じゃあ、せいぜいボクを楽しませてちょうだいね……』
そう言い残し映像は終わる。
これまでの出来ごとが幻だったかのように、大空だけが広がっている。
「こんなバカなことが……」
「じゃが、ラマのあの光景が何よりの証拠じゃ、リーンハルトよ……」
だが夢や幻ではなかった。
リーンハルトとシルドリアは悲惨な現実を直視して、言葉を失っていた。
西の方角ではラマの街が赤々と燃えている。あの様子では生き残りの市民がいるか、それすらも絶望的である。
それほどまでに先ほどの“裁きの雷”の力は圧倒的であった。
「ヤマトのダンナ……どうすれば……」
どんな時でも笑顔を欠かせないラックですら、悲痛な表情を浮べていた。それほどまで衝撃的な状況であった。
「まずはオルンでこちらの体制を整える」
動揺していた荷馬車隊のみんなに、オレは指示をだす。
残念ながらこのままウルドに向かうのは、危険が大ききすぎる。とにかく情報を集め、こちらの戦力を整える必要があった。
(やはり謎の建造物は“四方神の塔”だったのか……)
先ほどの少年の言葉から、“四方神の塔”が本格的に起動したことが把握できた。
だが状況は不明瞭なことが多すぎる。
(なぜリーシャさんが“魂鍵”になっていたんだ……)
あの状況からリーシャが“魂鍵”となり、“裁きの雷”を発動した可能性が大きい。
だが全てが仮説ばかりで、決定的な情報は何もない。
とにかく今はこの窮地を打開するために、情報を収集する必要がある。
(リーシャさん、待っていてくれ……)
ウルドのある北の方角を見つめながら、心の中でつぶやく。
(オレの命を賭けても、必ず助け出す……)
こうしてオレの最後の戦いが始まるのであった。
第5章はここまで。
次はラストとなる【最終章】。
最後まで何卒よろしくお願いいたします。




