第116話:リーシャの行方
聖都に召喚された霊獣を、オレたちは無事に討伐した。
「この区画は大丈夫そうでな、ヤマト殿」
「ああ。次の区画に移動しよう」
霊獣を討伐してから二日が経つ。
四天騎士の一人である元剣聖と、オレは聖都の被害状況を確認していた。
霊獣管理者が召喚した数十体の霊獣は、既に討伐を終えている。
だが見逃した生き残りがいないか、今日もロマヌス神聖騎士団と協力して巡回を続けていた。
「この区画は建物の被害が大きいな」
「この辺りは木造の建築物が多い区画でしたので」
霊獣の群れは聖都の中心部に降臨した。そのため街の各地に被害が続出している。
今も散乱した建物の瓦礫が転がり、火事で焼け落ちた焼け跡が無残にも残っていた。
「ですがヤマト殿の迅速な避難指示のお蔭で、市民の死傷者は最小限で済みました」
霊獣の群れが降臨した直後、オレの指示で大聖堂を避難場所として開放した。
憲兵たちの頑張りもあり、霊獣に殺された市民の数はそれほど多くはなかった。
「ロマヌスの兵士たちは勇敢だったな」
「温かいお言葉ありがとうございます、ヤマト殿。騎士団や聖都守備兵は、市民を守ることが使命でございますから」
霊獣の群れとの戦いで、ロマヌス軍には多くの被害があった。
召喚されたのは黒犬級という、“呪い”を持たない下級の霊獣。だが恐ろしい人外な霊獣であることには変わりはない。
慣れない霊獣との戦闘で、多くの騎士や兵士は命を落としていた。
「ですがヤマト殿をはじめ、シルドリア皇女殿下とリーンハルト卿の奮闘のお蔭で、多くの部下たちの命が助かりました」
「霊獣討伐には経験が必要だからな」
ロマヌス軍と連携して、オレたちも霊獣の討伐に参加した。シルドリアとリーンハルトの両騎士は、先頭に立ち霊獣を狩っていた。
そんな彼女たちも今は、別行動で聖都の巡回をしている。
「特にヤマト殿とウルドの子どもたちだけで、半数以上の霊獣を狩ったとか……」
「ウルド荷馬車隊には対霊獣用の備えもあったからな」
翼竜級を倒した後、オレは村の子どもたちと合流した。
そして聖都の大通りを荷馬車隊で駆けながら、霊獣を狩りまくっていった。
(念のための弩と荷馬車の改造が役だったな……)
外で作業ができない冬の間に、巨竜の素材で武具の強化に努めていた。
鉄よりも頑丈な巨竜の髭で、弩の破壊力は倍増。また荷馬車の防御力も鱗を使い、その大幅に向上していた。
「それにしても復旧の作業が早いな」
霊獣を討伐してからまだ間もないというのに、聖都では既に復旧作業が進んでいた。
兵士と職人たちが協力して、瓦礫の撤去作業を行っている。また食事の炊き出しや物資の配給も、被災者に向けて行われていた。
「復興作業は王家と教団、そしてガネシャ家が中心になり行っております」
元剣聖の話によると、聖女がロマヌスの国王に直談判したという。
それによって王家と教団は全面的協力して、復旧に取りかかっていた。またガネシャ家の大当主マルネンは利益を度返して、備蓄していた物資を被災者に提供している。
「恥ずかしい話ですが、この三大権力者がここまで協力したのは、今回が初めてかと思います」
元剣聖は恥ずかしながら、国内の情勢を語る。
大陸でも最大級の国家であるロマヌスには、三人の権力者いる。国を治める国王と、大教団のトップである教皇、そして経済を支配するガネシャ家。
普段はけん制し合うその三大権力者が、今回の騒動で一致団結していたのである。
「これも聖女さまの決断……そしてヤマト殿のお蔭だと、私は存じております」
「市民を守ることは、権力者の最大の義務だからな」
翼竜級を倒した後、オレは聖女に激を飛ばした。
愛する市民を守りたいのなら、自らの足で行動しろと。聖塔の奥で祈るだけではなく、自分の頭で考え、そして想いを言葉に発しろと。
『私はこれから、ロマヌス国王陛下に直訴してまいります……』
その激を受けて聖女は、即座に行動を起こした。
これまで誰にも見せたことのない、その神聖な姿。教皇の静止を振りきり、謁見のために王城へ行ったのである。
「聖女さまといえば……ヤマト殿、そろそろお時間です」
「ああ、そうだな」
定刻を知らせる大聖堂の鐘が、聖都に鳴り響く。
元剣聖に言われて、オレは約束をしていたことを思い出す。
「聖女さまとの面談でしたか、ヤマト殿」
「ああ、どうしても話したいことがあると言っていたな」
約束をしていたのは聖女本人であった。彼女に会うのは、翼竜級を倒した時以来である。
聖都の復旧も落ち着いたこともあり、聖女から面会の依頼があった。
(リーシャさん手掛かりが見つかった……手紙にはそう書いてあったな……)
聖女は大陸中を見通す、特殊な力を有している。
強制転移で消えてしまったリーシャの行方。その行く先を訪ねるために、オレは聖女に会いに行くのであった。
◇
「わざわざ来ていただき、ありがとうございます、ヤマトさま」
「ああ。こちらも落ち着いたところだった」
聖塔の中にある聖女の私室を訪ねる。
巨大な塔の中部にある部屋に、彼女は暮らしていた。
「随分と質素な暮らしだな」
「そうなのですか?」
室内はかなり質素な造りになっていた。
ロマヌス教といえば大陸でも最大の勢力を誇る教団。もう少し華やかでも、バチは当たらないであろう。
「私は物心がついた時から、ここで育てられましたから……」
教団の象徴である聖女は、誰とも会ってはいけない決まりがあった。
会えるのは世話係の侍女と教皇のみ。話によると、侍女にも厳しい監視につくという。
「まるで籠の中の鳥だな」
「そうかもしれませんね……否定はできません……」
教団は聖女を外の情報から隔離していた。
その違和感は最初の“祈りの間”でもあった。あそこも装飾品は最低限しかなく、かなり質素な雰囲気であった。
同じ敷地内にある大聖堂は、大陸中の富を集めたような豪華絢爛さがあった。聖女のこの質素な暮らしと比べたら雲泥の差である。
「信者の平和を願うためには、贅沢な暮らしは必要ありません」
「たしかにそうかもしれないな」
大聖堂の豪華さに、オレも正直なところ合わないところがある。
どちらかといえば聖女のこの部屋の雰囲気の方が、どこか落ち着く感じがあった。
「ところでマリア、リーシャさんの居場所が分かったというのは、本当か?」
「はい、ヤマトさま」
聖女ことマリアはこくりと頷き、真剣な表情になる。いよいよ本題に入るのである。
「まだ正確な場所は分かりませんが、リーシャお姉さまのいる場所のイメージが見えました……」
ロマヌス教団の聖女には、特殊な力が備わっていた。その中の一つに、大陸中の全てのことを見通す“遠見”の力があるという。
マリアはその力をフルに使い、リーシャの居場所を探索していた。
「目の下にクマがあるな。あまり寝ていないのか?」
「恥ずかしならが、ご名答でございます、ヤマトさま」
マリアはこの二日間、不眠不休で姉リーシャの行方を探していた。
“遠見”の術はかなりの魔力を消費するのであろう。その身体は二日前から比べても、少しやせ細っていた。
「リーシャお姉さまは、私の身代わりになってくれました……その苦しみに比べたら平気でございます」
そう口にしながらマリアは遠くを見つめる。それは“遠見”の力を使っているのではない。離れてしまった実姉の顔を、思い出している瞳であった。
「正確な居場所を見つけ出すために、協力をお願いします……この手を握ってもらってもいいですか、ヤマト?」
「ああ、もちろん協力させてもらう」
差し出してきたマリアの手を握りしめる。
リーシャを助け出すために、オレはどんな協力も惜しまないつもりあった。
「では“遠見”の術を始めます……リーシャお姉さまを思い浮かべてください」
「ああ、わかった」
オレは目を閉じながらリーシャとの思い出を、頭の中に思い浮かべる。マリアの説明によると、これで彼女の正確な居場所が探し出せるという。
「探索をしながら……少し私の話をしてもいいですか、ヤマトさま?」
「ああ、聞こう」
「ありがとうございます。先ほども言いましたが、私は物心がついた時から、この聖塔の中で育てられていていました……」
聖女マリアは静かに、自分の生い立ちを語り始める。これまで誰にも話したことがない自分の話を。
「この教団の代々の聖女は、天神ロマヌスさまからの啓示により選ばれます……」
新しい聖女に選ばれる者は、大陸のどこかで密かに生まれるという。そして先代の聖女が亡くなる前に、マリアは次代の聖女として選ばれた。
「新しく選ばれた子どもは、聖女の“遠見”によって正確な場所を探し出されます。そしてロマヌス教団の暗部の者によって、秘密裏に内に誘拐されてきます……」
聖女を神聖な立場に祭り上げるために、その出生は一切の秘密となる。
なぜなら聖女の両親や家族というだけで、不当に権力を振るう者が出てくるからである。
そのため場合によっては、生まれた村を焼き払うこともあるという。出生の証拠を隠滅するために。
「私の場合は二才の時に、誘拐されて来たと思います……」
「“遠見”の術で見たのか?」
「はい……本当は自分のことに使ってはいけないのですが……」
そう説明しながら、マリアは少しだけ苦笑いする。
聖女として成長した彼女はある日、自分の家族の行方を密かに探したという。
「そこに見えたのは、幸せそうな家族でした。そして自分と同じ顔の少女の姿が見えました……」
「それが双子の姉リーシャさんだったということか」
聖女としての公務を行いながら時々、マリアは自分の家族を見ていた。
具体的な村の場所までは分からない。でも家族が無事に生き残っているだけで、マリアは幸せだったという。
ちなみにマリアが誘拐されたのは、先代の教皇の時代。それでウルドと聖女マリアの関係を、今の教皇は知らなかったのである。
「それならウルドの大人を連れ去った啓示は、自分の出生とは無関係だったのか?」
「はい、申し訳ありません。生まれ故郷がウルドであったことまでは、私には見えませんでした……」
それは三年前の夏の事件である。
当時のウルド村は神聖王国の飛び地として属していた。だがその時の領主は聖女の啓示の名の下に、全ての大人たちを村から連れ去っていった。
「その時の天神ロマヌスさまの啓示は『成人したウルド族の中に、この大陸に滅ぼす鍵、“魂鍵”となる者がいる』でした……」
「なるほど。自分では知らぬまま、故郷が啓示の対象になっていたのか」
ちなみに村の大人たちは、この聖塔の地下で眠っている。マリアが天神ロマヌスの力を降臨させ、三年前に術で眠らせていた。
オレも確認したが、彼らは一種の冷凍睡眠に近い状態で眠っていた。マリアの説明では食事や排泄も必要なく、年老いることなく眠り続けるという。
「どうりでこの三年間、探しても見つからなかった訳だな」
数百人もの人間の行方は、そう簡単に消せるものではない。生きて監禁していても、また殺害しても情報は必ずもれるであろう。
答えは『死んでも生きてもいなかった』であった。どうりでラックの情報網にも引っかからなかった訳である。
「ウルドの皆さんの術は“祈りの間”の修復が完了したら、解除するつもりです」
「ああ、頼んだぞ」
聖女としての力を正常に発動するためには、この聖塔の存在が大きいという。
古代超帝国時代の遺産であるこの塔には、それ以外にも不思議な力が備わっていた。聖都を守る結界や、国土の天候を調整する機能など。
「霊獣管理者は“超帝国時代の結界術式”と呼んでいたな。それに聖女であるマリアのことを“憑代”と」
「その二つのことに関しては、私の“遠見”でも分かりませんでした」
聖女の力も万能ではない。特に霊獣管理者や超帝国時代に関しては、ほとんど何も見えないという。
もしかしたら聖女や聖塔は、超帝国と何か関係があるのかもしれない。予想の域は出ていないので、オレも断言はできないが。
「ところで、この聖塔から逃げ出そうとしなかったのか?」
「天神ロマヌスさまの代弁者として、私には信者の皆さんを導く役目があります」
マリアのその言葉には、強い意志が込められていた。
彼女は強引な手段で誘拐されてきた。だが苦しんでいる信者を救う責務を自覚している。この十数年間の役目が、彼女を本物の聖女にしていた。
「それに聖女には“呪縛”が掛けられています」
「呪縛だと?」
「はい。この大聖堂から逃げ出せない……という呪縛です」
呪縛の具体的な内容は分からない。
だが正式に聖女に選ばれた者は、一生涯を大聖堂の敷地内で過ごさないといけないという。
「本当にそんな呪縛があるのか?」
「はい。実は監視の目を盗んで、大聖堂から抜け出したことがありました。ですが意識を失ってしまい、すぐに連れ戻されましたが……」
そう説明しながら、マリアはまた苦笑いする。
三年前の秋ごろ、彼女は急激な衝動に駆られたという。どうしても大聖堂を抜け出して、外の世界を自分の目で見てみたと。それで危険を承知で抜け出した。
「無茶をするところは、リーシャさんに似ているな」
「大人しそうに見えた、あのお姉さまが……ですか?」
「ああ。今回の身代わりに飛び込んだこともそうだが、岩塩鉱山の時もだったな」
岩塩鉱山の霊獣の討伐の時、リーシャは危険を覚悟でオレの救援にきてきれた。他にも意外と負けず嫌いで行動的な部分もある。
この辺りの性格は双子ということで、マリアと似ているのかもしれない。そういえば岩塩鉱山のことも、三年前の秋の出来ごとであった。
「ヤマトさまは本当に、リーシャお姉さまのことを想っているのですね……」
「ああ。リーシャさんがいなければ、オレは路頭に迷っていたかもしれない。それに村でも世話になってばかりだ」
三年前、オレは日本からのこの異世界に転移してきた。そして森で狩りをしていたリーシャと出会う。
それからずっと村で世話になっているので、彼女には本当に返しきれない恩がある。
風光明媚で美しいウルド村は、今ではオレの第二の故郷となっていた。
「ウルドの村……私の生まれ故郷……きっと素敵なところなのでしょうね……」
オレの話を聞きながら、マリアは少し悲しそうな顔になる。
彼女は人生の大半を、この石造りの聖塔の中で過ごしてきた。神聖化を保つために、一部の世話係としか会えない孤独な人生。
「私も友だちと遊んだり……普通の女の子みたいな暮らしが、少ししてみたかったです……」
物心がついた時から、マリアは聖女として厳しく教育されてきた。一日の大半は修行と瞑想に費やされる。
誰からも愛されたことなく、信者のために必死で祈る日々だったという。
「ウルドはいい村だ。いつでも来い」
「で、でも私には呪縛が……」
「死ぬわけではなかったのだろう? それに自分の人生を決めるのは、神でも誰でもない」
古代超帝国の遺跡である聖塔には、たしかに不可思議な力が備わっている。
だが、どんな強力な力やシステムも、人の決意には敵うはずがない。特にマリアは“憑代”と呼ばれる、この聖塔を司る当人でもある。
「どう生きていくか決めるのは、マリア自身だ」
「はい、ヤマトさま。私……いつかウルドに……故郷に里帰りします!」
マリアは決意を口にしながら、オレの両手を強く握りしめる。
決して握力は強くはない。だがその手には強い意志が込められていた。
「ああ。リーシャさんと皆で待っている」
その想いにオレも答える。
きっと村の子どもたちも、マリアのことを歓迎するであろう。むしろ歓迎しすぎて、やり過ぎないか今から心配である。
「あっ、ヤマトさま……リーシャお姉さまの姿が見えてきました……」
その時であった。
“遠見”の術を使っていたマリアが、何かを感じる。
霊獣管理者に連れ去られたリーシャ、その正確な居場所が見えてきたという。
「ここはどこかしら? この手を通して……ヤマトさまにもお見せします」
「ああ、見えてきた……」
“遠見”の術は、肌を触れ合っている者で共有できるという。マリアの見える映像が、オレの頭の中にも流れ込んできた。
「リーシャさん……」
リーシャは霊獣管理者らしき人物に捕えられていた。
意識は失っているが、彼女はまだ無事な姿が確認できた。森に中にある不思議な形状の建物の中に、二人の姿は見える。
「これは地面から出現した建物か……」
建物の周囲の木々や地面が、不自然に隆起していた。
おそらくは地面の中にあった物が、急激に浮上してきたのであろう。超帝国時代の遺産であれば、十分にあり得る話である。
「ここは……まさか……」
だが二人がいる建物の外に景色を見て、オレは言葉を失う。
なぜならその場所に、オレは見覚えがあったからである。
「この森は……」
見間違えるはずがなかった。
生活のために日々、その森で狩りをしていた。またこの異世界で自分が初めて降り立った場所でもある。
「やはり、ここはウルドの森か……」
リーシャが捕えられていた場所は“ウルドの森”。村から目と鼻の先にある、森の奥地であった。