第110話:狩人の少女の弓
聖塔での試練は三回戦が始まる。
こちらの次の挑戦者は狩人少女であるリーシャ。
「おや? 顔色が悪いですね。次の方は棄権しますか?」
「私は……棄権はしません」
教皇の皮肉の問いかけに、リーシャは毅然として断る。軽く深呼吸して、平常心を取り戻そうする。
「私は、どうしても聖女さまにお会いしたのです……」
村長の孫娘である彼女は聖女に会って、どうしても聞きたいことがあった。それは三年前にウルドの民が受けた仕打ちについてである。
当時のウルド村は神聖王国の飛び地に属していた。その時の領主は聖女の啓示の名の下に、村から大人たちを連れ去っていく。
その真相を訪ねるためにリーシャは、勇気を出して試練に挑むことを決意していた。
「教皇、一つ聞いてもいいか。試練は一対一以外でもいいのか?」
そんな重い空気の中、試練執行者である教皇にオレは尋ねる。複数人による団体戦も可能なのかと。
「同人数であれば、別に構いません」
「そうか、なら時間が惜しい。次は二対二でいかせてもらおう」
教皇の言質はとった。
オレは残るメンバーによるチーム戦を提案する。
「ヤマトさま……」
「いつもの狩りと同じだ。リーシャさんなら大丈夫だ」
「はい。ありがとうございます、ヤマトさま!」
オレのアドバイスでリーシャの顔に生気が戻る。固すぎる緊張がなくなり、いつもの彼女の笑顔を見せてくる。
「では最後の三回戦は、二体二による試練となります! 両陣営の者は前へ!」
審判神官の声と共に、オレたちは闘技場の中央に進む。
オレの装備はいつもの格闘ナイフを二本だけ。他の重武装は対霊獣用であり、対人戦に使うつもりはない。
狩人であるリーシャも機械長弓と短剣だけ。この試練は武器の制限は特になかった。
「ヤマト、リーシャさん気をつけろ……相手の二人は、連携を極めし騎士たちだ……」
観客席のリーンハルトが声を震わせていた。
対戦相手に視線を向けると、そこにいたのは同じ顔をした二人の騎士であった。
「最後の二人の騎士は“双剣兄弟”! 《十剣》での順列は、世界第三位と四位でございます」
嫌でも耳に入る教皇の解説によると、相手は双子の青年の神聖騎士であった。
なるほど顔以外でも、髪型や装備などまったく同じである。
「しかも二対二での模擬戦の成績は、先ほどの元剣聖や鮮血騎士もよりも上! つまりは大陸最強の二人組といえます!」
続く教皇の自慢話によると、戦場においては多人数同士による乱戦は必須。
そんな戦闘の中でも、この双剣兄弟は圧倒的な連携を誇るという。以心伝心により互いの動きが分かりあえると説明している。
「以心伝心の連携か。オレたちはいつもの感じでいくぞ、リーシャさん」
「はい、ヤマトさまを信じて付いていきます!」
それに比べてリーシャに出会ってから、まだ三年しか経っていない。共に戦った歴で比べたら、圧倒的に相手が有利であった。
「では、最終戦……はじめ!」
そんな緊張感の中、試練の最終戦が開始される。
審判神官の号令と同時に、相手は素早く動き出す。
「兄貴は右から!」
「私もそう考えていたところだ、弟よ」
双剣兄弟は見事なタイミングで、同時に左右に展開する。そして前衛にいたオレを、挟むように襲いかかってきた。
「多少の腕は立つようだが」
「私たち兄弟の前では無意味!」
二つの剣先が左右から、同時に襲いかかってくる。
阿吽の呼吸による連撃。相手に反撃をさせない見事な連携であった。
(さすがは双子といったところだな……)
オレはナイフと体術で、その連携を受け流し回避していく。できれば反撃を仕掛けて、どちらか一人でも倒したい。
だが、もう一方がそれをさせまいと攻撃してくる。
まるで四本の腕をもつ〝一つの生命体”を相手にしている感覚であった。
「それにこの乱戦の中での」
「弓の援護は無意味!」
双剣騎士はオレを取り込みながら、巧みに場所を移動している。
離れたところにいるリーシャの、弓による援護を出来ないようにしていた。
これにより二対二の団体戦が、実際には一対二。こちらが不利な状況に持ち込まれる。
「ヤマト、その状況は不利だ! 距離をとれ!」
観客席のリーンハルトから声が飛んできた。
だが相手も大陸有数の騎士たち。オレの退路を断ちながら、執拗に攻撃を加えてくる。
「逃げるのは、上手いな。だが」
「前後左右による、この攻撃は受けたことはあるまい!」
双剣騎士の動きが、突如として変わる。
二人とも腰から二本目の剣を抜き、二刀流で攻撃を仕掛けてきた。
計四本の剣による残像を伴った連撃。まさに全方位の攻撃が、オレに襲い掛かってくる。
「なるほど、全方位からの波状攻撃か……」
オレはスッと息を飲み込む。相手の攻撃の質を見極める。
「だが……霊獣の攻撃よりは遅い!」
その言葉と共に相手の攻撃を、全てナイフで打ち返す。
残像により無数の攻撃に見える。だが実際には双剣騎士の剣は四本しかない。
それに比べて岩塩鉱山の霊獣は、数十本の漆黒の触手槍を実体として有していた。オレにとっては四本の剣を迎撃するのは造作もない。
「リーシャさん、今だ!」
「はい、ヤマトさま」
相手の怯んだスキを見逃さず、待機していたリーシャに号令をかける。
彼女の機械長弓は連射性にも優れた特別製。羽音を立てた二本の矢が鋭く放たれる。
「バカめ! 乱戦の中での」
「弓の援護は無意味。味方の矢で死ね!」
オレに体勢を崩しながらも、双剣騎士は陣形を整えてくる。矢の射線上にオレを挟むようにして、攻撃を防ごうとした。
このままはオレの背中に、リーシャの矢が突き刺さる格好となる。
この辺の状況判断はさすが、神聖騎士団の上位に君臨する者たちである。
「だが、それは読みやすい動きだ」
背中から迫る矢の気配をオレは感じる。それを放ったリーシャの意図を読み取り。
そして心を無にして、その矢の想いに身を任せる。
二本の鋭い矢は、オレの身体を突き抜けていく。
「バカな……」
「な、なぜ……背中に目が付いているのか……」
次の瞬間には勝負は決まっていた。
二本の矢の攻撃を喉元に受けて、双剣騎士はうめき声と共に崩れ落ちていく。
背中越しの矢を寸前で回避したオレを、信じられない目で見つめてくる。
「簡単なことだ。リーシャさんの矢には想いがあった。それを感じて読み取っただけだ」
彼女はオレを信じて矢を放ってくれた。相手の動きの先を読み、それに対応するように射っていた。
オレは“目隠し役”となり、身体を張って矢の動きを隠していたのである。
「そ、そんな……双子との私たちを……」
「上回る歴の連携だったというのか……」
闘技場の地に倒れ込みながら、双剣騎士は言葉を失っていた。
彼らは生まれた時からずっと一緒に、剣の連携を磨いてきた。そんな自分たちを遥かに上回る、オレたち二人を見上げてくる。
「出会ってから、まだ三年しか経っていない。だが濃さが違う」
双子の彼らに比べて、オレとリーシャが出会ってからまだ三年ほど。だが生き残りため狩りや対霊獣・巨竜戦など、誰にも負けない極地から生き延びてきた。
その経験値は〝阿吽の呼吸”を越える、絶対的な信頼感へと昇華されている。
「たったの三年で……これだと……」
「信頼感か……見事だった……」
矢の直撃を喉元に受けた騎士たちは、称賛の声と共に意識を失っていく。
「リーシャさん、言ってやれ」
「はい、ヤマトさま……騎士の方、安心してください、峰打ちです!」
彼女の放った矢じりは、訓練用の非殺傷のものであった。
だが弓は金属鎧すらも貫通する機械長弓。受けた相手は、しばらく動けないであろう。
「勝者、ヤマト・リーシャ組!」
審判神官の声が闘技場に大きく響き渡る。
こうして試練の最終戦も、オレたちの勝利で幕を閉じたのであった。