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第109話:大陸最速の騎士

 二人の騎士の激戦は幕を閉じた。


「リーンハルトよ……強くなったものだな……」

「これも師匠と……そして仲間たちのお蔭です」


 僅差の勝負であったが、リーンハルトが試練を乗り越えたのである。勝負が終わり今は、お互いの検討を称え合っていた。


「お前の最後に放った……あの不思議は気の技。あれはいったい……」


 元剣聖は自分の敗因を思い出していた。

 中盤までは自分が押しており、最後には剣先で完全にとらえたはずの弟子。だがリーンハルトの姿を見失い、元剣匠は負けてしまったのである。


「あれは“明鏡止水めいきょうしすい”という、私の仲間の国のいにしえの技です、師匠。『邪念が無く静かに落ち着いて澄みきった心』という極致に至るという……」


 極限の命をやり取りする戦いの中、リーンハルトは覚醒した。

 オレが樹海の対魔人アグニ戦で見せた、明鏡止水の極意を土壇場で会得したのである。初見である元剣匠には、弟子の姿が幻のように消えて見えたのであろう。


「なるほど。その好敵手を越えるために、ここまで精進していたのか……」

「はい、私は世界一の騎士になるつもりはありません。あの男を越えることが、今のところの自分の目標です」


 リーンハルトの言葉を聞きながら、元剣聖は観客席のこちらに視線を向けてくる。その眼光は鋭くも暖かい。


「あの者を越えるのは、世界一の剣士よりも難しかもしれんぞ。リーンハルトよ」

「そうかもしれませんね、師匠」


 そう言い合いながら、二人の騎士は笑みをもらす。

 オレには話の詳しい内容は分からない。だが子弟関係にあった二人にしか、共感できない空気なのであろう。いい笑顔である。


「師匠……落ち着いたら、また剣の稽古をつけてください」

「ああ、望むところだ。次はこうはいかんぞ」


 こうして子弟の絆は更に強まり、一回戦の試練は無事に終了した。



「次はわらわが行くのじゃ」


 次鋒として皇女シルドリアが名乗り出る。リーンハルトの戦いに触発され、早く戦いたくてうずうずしていた。

 二戦目の相手の神聖騎士は、既に闘技場の中央に降りている。


「シルドリアさま。次の相手は“鮮血騎士ブラッティー・ナイト”と呼ばれる危険な男です。気をつけてください」


 観客席に戻ってきたリーンハルトは、皇女にアドバイスを送る。四年前の闘技大会の時、リーンハルトは鮮血騎士の残酷さを目の当たりにした。


「ふむ、面白そうな相手じゃのう」


 だがシルドリアの顔には、いつも以上に危険な笑みが浮かんでいた。覚醒したリーンハルの激戦を目にして、彼女の血が騒いでいるのであろう。


「では二回戦を始める!」


 審判神官の合図と共に、いよいよ二回戦が始まる。

 シルドリアは軽快な足取りで、闘技場の中央に進んでいく。先ほどのリーンハルトとは違い、緊張はしていないであろう。


「なんだ、オレさまの相手は女の子供ガキなのか?」


 対戦相手である鮮血騎士は、シルドリアの幼い姿を見て笑い声をあげる。

 成人したばかりとはいえ、たしかに彼女は幼く見える。だが明らかに先ほどの元剣聖とは違い、礼節に欠いた騎士であった。


「変わった神聖騎士もいるものだな」

の騎士も普段は、礼節を重んじる騎士でございます。ですが戦いを前にすると、気性が少々荒くなってしまいます」


 オレの疑問に教皇が答える。鮮血騎士は興奮気味になると、“少しだけ”凶暴になるという。


「あれが“少し”なものか……」


 四年前の武闘大会での鮮血騎士の惨劇試合。それを知っているリーンハルトは眉をひそめる。


「そんな危険なヤツが四天騎士で大丈夫なのか?」

「信仰心は時に荒ぶります。それに《十剣テン・ソード》での順列は、世界第二位でございます。しかも今では元剣聖殿を越えたと、本人は自負していました!」


 オレの質問に、これまた教皇は誇らしげに答えてくる。

 四年前の鮮血騎士はまだ若く、元剣聖に決勝戦で敗れた。だが最近では元剣聖を上回る強さを身につけていたと。


「更に剣速だけなら大陸一の騎士であります!」


 教皇の説明によると、どうやらスピードを重視して戦うタイプの騎士なのであろう。タイプ的にはシルドリアに似ていた。


「なんじゃ、キサマは剣速が自慢なのか?」


 嫌でも耳に入る教皇の自慢話を聞き、シルドリアは対戦相手に尋ねる。

 その口元には小悪魔的な笑みが浮かんでいた。あえて相手を挑発する口調である。


「なんだ、子供ガキ。オレさまと剣速勝負を挑むつもりか?」


 そして自信に満ちていたのは、相手も同じであった。

 剣を収めたままの少女に、鮮血の騎士は訪ねる。ならば抜刀勝負にしないかと遊びで持ちかける。


「ふむ。稚児の遊びにもならんが、付き合ってやるのじゃ」


 これにより両者の同意がとられ、二回戦は剣の早抜勝負となる。そのルールとはコインを宙に投げ上げ、落ちてきたのが開始の合図であった。


 両者の準備は整い、鮮血騎士がコインを投げる役となる。


「では、投げるぜ……おっと」


 鮮血騎士はコインを空中に放り投げならが、そうつぶやく。

 そしてコインの軌道はシルドリアの頭上を越えて、放物線を描き背後に落ちていく。


「貴殿、卑怯だぞ!」


 観客席にいたリーンハルトが叫ぶ。

 なぜならコインの着地するタイミングを、彼女は目で確認することができない。鮮血騎士は意図的に細工して放り投げたのである。


「戦場では想定外のことも起きるものさ!」


 シルドリアがコイン着地の瞬間を見られないまま、戦いは幕を開ける。剣も抜かず立ち尽くす少女の目の前まで、鮮血騎士は一気に踏み込んでいく。


「シルドリアちゃん、危ないっす!」


 観客席にいたラックが叫ぶ。

 抜刀勝負で後手は明らかに不利。回避しなければ彼女の命はなかった。


「戦場の件については、同感なのじゃ」


 シルドリアがそうつぶやいた直後である。

 その勝負は既に終わっていた。



「ば、馬鹿な……大陸最速の、このオレさまの剣速が……負けただと……」


 鮮血騎士は唖然としながら、闘技場の地に倒れ込んでいく。その首筋にはくっきりと斬撃の跡があった。


「その程度で大陸最速じゃと? ヤマトはおろか、貴様はわらわの影も踏めぬ、鈍亀だったのじゃ」


 勝ったのはシルドリアであった。

 相手の奇策をもろともせずに、圧倒的な抜刀術で返り討ちにしたのである。


「安心しろ、峰打みねうちじゃ。まあ、しばらくは、起き上がれんがのう。と言っても聞こえんか」


 天賦てんぶの才をもつ剣皇女は、赤い髪をなびかせながら闘技場から立ち去っていく。

 こうして二回戦はまばたきする間、刹那の攻防で幕を閉じたのであった。



「リーシャとヤマトよ、気をつけるのじゃ」


 観客席に戻ってきたシルドリアは、披露困憊ひろうこんぱいに息を吐き出す。

 直接的な怪我はない。だが鮮血騎士との勝負で、彼女は莫大な神経力を消費していた。


「さすがは四天騎士といったところじゃ……」


 はた目にはシルドリアの圧勝に見えていた。

 だが四天騎士とは僅差の勝利であったのであろう。それだけで四天騎士の実力が伺える。


「は、はい……」


 その現状にリーシャは言葉を失っていた。彼女の狩人としての弓の腕は優れている。

 だがまさか大陸最強の騎士団が相手だとは、名乗りを上げた時は思ってもいなかった。


(さて次はリーシャさんか……)


 こうしてウルドの少女の出番となる三回戦の試練が始まろうとしていた。


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