第108話:師と弟子
聖女に面会するために、オレたちは試練に挑むことになった
聖塔の上階にある聖闘技場という場所に移動する。そこは神聖なる試練の試す場であった。
「大当主殿とご子息ラクウェルさまは、敬虔なロマヌス教のご信者さま。ゆえに今回の試練からは除外しいたします」
試練に挑む必要がある者の基準を、教皇は説明する。
天神ロマヌスからの洗礼を受けたものは、この階での試練は不要。それ以外で聖女への面会を希望する者は、ここで試練を乗り越える必要があるという。
「これが噂高い、天神ロマヌスの試練か。騎士である私は挑ませてもらおう」
まずはリーンハルトが名乗り出る。天神ロマヌスの試練を乗り越えることは、大陸の騎士の誉れのとされていた。
そしてオルンの近衛騎士であるこの男が、忠誠を誓うのは神ではなく主イシスのみ。ゆえに試練に挑む資格はある。
「もちろん妾も遊ばせてもらうのじゃ」
帝国の皇女であるシルドリアが信仰しているのは“戦乙女神”。勇気ある戦いの中に生きて、死後の国へ成就することを信念としていた。
ゆえに彼女にも試練に挑む資格はある。
「わ、私も挑戦いたします……どうしても聖女さまに、お聞きしたいことがあります……」
驚いたことに村長孫娘であるリーシャも名乗り出る。
ウルドの村の大人たちが前領主に連れ去られたのは、天神ロマヌスからの啓示によるものと噂されていた。
だからこそ彼女は危険を覚悟で、試練に挑むことを決意して付いてきていた。
「もちろんオレも挑戦する」
元々、聖都行きは自分が言い出した話である。オレは霊獣管理者に関する件について、全てを見通す不思議な力をもつ聖女に尋ねたい。
これで試練に挑む者は勢ぞろいする。
「挑戦されるのはこの四名ですね。それでは聖闘技場の中央をご覧ください」
やや演技かかった口調で教皇は語り出す。これからいったい何が始まるというのであろうか。オレたちは聖闘技場の中央の視線を向ける。
「あれは……まさか……」
中央には武装した四人の騎士がいた。そこに視線を向けたリーンハルトは、目を見開き言葉を失う。普段は真面目な騎士が、驚愕の表情へと変わっていく。
「試練は簡単です。この四人を倒し乗り越えたなら、聖女さまへの道が開けます!」
そんなリーンハルトの反応を見て、教皇は笑みを浮べる。そして自信に満ちた声で、試練の内容を発表する。
ここは正義を貫き通す“武”を試される試練であると。
「リーンハルト、あの四人を知っているのか?」
言葉を失っている騎士に尋ねる。その反応から現れた四人の騎士について、何か情報を知っているのであろう。
「あの四人は……ロマヌス神聖騎士団の頂点に立つ“四天騎士”だ……」
「四天騎士だと……」
この大陸で最強の騎士団と聞かれたら、誰もが一番に口にする名がある。
それは大聖堂を守護するロマヌス神聖騎士団であった。そして中でも最強の四名だけが名乗れる聖名。それが“四天騎士”であるという。
「そして四人とも《十剣》でもある……」
リーンハルトは過去を思い出しながら語る。
四年に一度、交易都市オルンの闘技場で、《十剣争奪杯》という武術大会が行われる。その莫大な賞金と名誉を狙い、各国から腕自慢が集まり武を競い合う。
四年前の若き日のリーンハルトは、そこで十位という好成績を収めて《十剣》に名を連ねた。
「あの四人はその時の最上位の四人でもある……」
その四年前の争奪杯。四人のロマヌス神聖騎士が突如参戦して、一位から四位までを独占してったのである。圧倒的な剣の腕をもって。
当時のリーンハルトは対戦した神聖騎士に、触れることすらできなかったという。
「なるほど。つまり名目上は大陸最強の四人ということか」
「ああ……その通りだ……」
「そんな……」
その残酷な事実に、リーンハルトとリーシャは言葉を失っていた。
なぜなら試練を乗り越えるためには、大陸最強の四人のこの騎士を倒す必要がある。それはまったく勝算のない、絶望的な試練の内容であった。
◇
「よし……まずは私がいこう」
少し落ち着きを取り戻したリーンハルトが、先鋒として名乗り出る。
聖塔の中にある闘技場はそれほど大きくはない。だが二人の騎士が剣を交えるには、十分すぎるほどの広さはある。当事者以外は周囲の観客席で、戦いを見守ることになる。
リーンハルトは重い足取りで、聖闘技場の中央に進んでいく。
「ご無沙汰しています、師匠……」
「名を聞いてまさかと思ったが、やはりリーンハルトか」
リーンハルトの対戦相手は顔見知りであった。
オルンの騎士はいつになく緊張した表情である。円形闘技場での声は、周囲によく反響して聞こえてくる。
「ちなみにリーンハルト卿の相手は、ご自身の剣の師匠でございます」
オレたちの側にいた教皇が、解説者のごとく説明してくる。両陣営の選手紹介といったところであろう。
「つまり“剣聖”というやつか?」
オルンを出発する前、リーンハルトの師匠である“剣聖”が、聖都にいると聞いていた。
「“元剣聖”でございます。その名は別の方に、一年前に移っていました。ですがあの方の《十剣》の順列は、世界第一位でございます!」
オレの質問に教皇は誇らしげに答えてくる。そして二人の騎士の因縁についても語り出す。
四年前、リーンハルトは我流の剣で闘技大会敗れた。そして自分を打ち負かした剣聖に、そのまま弟子入りしたと。
つまり騎士リーンハルトの剣の全ては、この師匠から教わったものである。教皇はそう皮肉を込めて語る。
「なるほど。それであそこまで固くなっているのか」
師匠と対峙しているリーンハルトは、異常なまでに緊張していた。
おそらくは色んな感情が交差して、混和しているのであろう。いつもの生真面目で真っ直な覇気は感じられない。
「リーンハルトよ、剣を収めろ。お前では決して私には勝てない」
元剣聖からの降伏勧告が、闘技場に響き渡る。彼とて自分の愛弟子を傷つけたくなかった。両者の剣の腕の差は、それほどまでにかけ離れていたのである。
「師匠……一つお聞きします。師匠は“何のため”に、ここで剣を振るうのですか……?」
師匠をじっと見つめながら、リーンハルトは力なく尋ねる。その瞳にはまだ迷いがあり、虚ろであった。
「私は神聖騎士だ。もちろん天神ロマヌスさまのために剣を振るう」
元剣聖には確固たる意志があった。神を慕う何ものにも流されない想いが。
「そうですか……私はこれまで、オルンのため……そしてイシスさまをお守りするために、この剣を磨いてきました……」
リーンハルトの声は震えていた。
これまでの剣の人生を振り返りながら、心も揺れ動いている。
「ですが、今の……自分の目標はただ一つになりました」
その言葉と共に、リーンハルトは唇をかみしめる。声の震えは止まり、その全身に覇気が戻り始めた。
「“ヤマトを超える男になる”……そして“仲間のために剣を振るう”……これが今の私の道です!」
オレたちのいる観客席に、リーンハルトは剣先を向けてきた。そしてオルンの紋章を握りしめて祈る。
その両目には熱い魂の炎が宿る。生真面目で愚直な騎士の覇気が、全身にみなぎっていた。
「いい顔をするようになったな……我が弟子よ」
元剣聖は目を細めてつぶやく。
弟子は最強の対戦相手として覚醒したなと。だが自分の愛弟子の巣立つ瞬間に、元剣聖は心から歓喜している。
「師匠、お待たせしました」
「我が弟子よ……いや、騎士リーンハルトよ」
二人の騎士は再び向かい合い、剣を構え直す。同流派であり。その動きは鏡合わせのように美しい。
緊迫した空気で闘技場が張り詰める。
「オルンが近衛騎士……リーンハルト・ファンメルマン……いざ参る!」
その口上が合図なる。
こうして二人の子弟騎士の激戦が、幕を開けるのであった。




