第98話:聖女への道
聖都に向かってウルド荷馬車隊は出発していた。
数日前に村を出発した荷馬車は、街道を順調に進んでいる。
「そういえば、ヤマトよ。聖都に着いてから、聖女に会う算段はあるのか?」
荷馬車の御者台で暇そうにしている、皇女シルドリアが訪ねてくる。のどかな田園風景に、そろそろ飽きてきたのであろう。
「我が帝国の使者ですら、聖女だけには面会は叶わない、という話じゃ」
だが、その問いは鋭い指摘だった。
聖女は聖都大聖堂の奥に籠り、滅多に人前に姿を現さないという。厳重な警備によって守られ、国王以上に会うことは困難。
まして辺境のウルド村の村人では、門前払いになるのが目に見えている。そのことをシルドリアは心配していた。
「ああ、“アテ”はある」
「何じゃと、本当かヤマト!? まあ、そのアテが外れたら、妾が力づくでも行くのじゃ」
そう言い放ちながら、シルドリアは音もなく剣を抜く。
冗談半分であろうが東の大国ヒザン帝国の皇女にはあるまじき、危険な発言である。
だが、その口元には小悪魔的な笑みが浮かんでおり、冗談か本気か読み取れない。
「アテが当たることを、期待しておこう」
オレは苦笑しながら、そう返事する。
今回の目的は聖都に向かい、聖女に面会すること。そして“霊獣管理者”のあの少年の情報を聞き出すこと。決して争いに行く訳ではない。
(アテとは言ったものの、半々といったところか……)
これから会いに行くその人物がやる気を出して、引き受けてくれることを心の中で願う。万が一にアテが外れた時は、他のプランもあるが危険がともなう。
とにかくこれから会いに行く人物の反応次第である。
「ヤマトさま、オルンの街が見えてきました」
「ああ、懐かしいな」
そんなことを考えていると、隣にいた少女リーシャから声をかけられる。
彼女に返事をしながら、視線を前方に向ける。石畳の街道の先には、高い城壁に囲まれた都市が見えていた。
「さて、アテが元気なことを祈るとするか」
そう小さくつぶやくオレを乗せた荷馬車は、交易都市オルンへと進んで行くのであった。
◇
ウルド荷馬車はオルンの街中に到着した。
オレたちが真っ先に向かったのは、中心街の市場に近い裏路地にある小さな商店。ウルド商店のオルン支店である。
「いやー、ひと冬ぶりっすね、ヤマトのダンナ!」
「ああ。久しぶりだな」
商店の裏口で自称遊び人ラックが、荷馬車隊を出迎えてくる。
相変わらずの軽薄そうな口調だが、警戒心を抱かせない人懐っこい笑みである。
「リーシャちゃん、久しぶりっす。ますます綺麗になりましたね!」
「いつもありがとうございます、ラックさん。はい、ウルドのお土産です」
「うわー、オレッち、嬉しいっす!」
褒められたリーシャは笑みを浮べながら、村の名産の甘味を手渡す。
以前は恥ずかしがり赤面していた彼女も、いつの間にか大人の女性として対応していた。
「ラックのオジサン、ちゅーす!」
「遊び人で店長なオジサン、ちゅーす!」
「おっす! ちびっ子たちは、今日も元気っすね。もちろんオレっちが目指すは“大陸一の遊び人”っす!」
相変わらずラックと子どもたちには息が合っている。
ラックは不思議な魅力で、子どもともすぐに仲良くなる。精神年齢が同レベルだと言ってしまえば、それまでだが。
「挨拶はそこまでだ。荷馬車から荷物を搬入するぞ」
「うん、わかった。ヤマト兄ちゃん!」
「よし、みんなやるぞー!」
「競争だね!」
再会の挨拶を済ませた子どもたちは、村から持ってきた商品を降ろす作業にとりかかる。
革製品や陶器・織物生地が荷馬車で二台分。ウルドの民と草原の民ハン族、それにスザクの民の工芸品を数々である。
「商店の方は更に順調だな。ラック」
「お陰さまで売れ売れです、ヤマトのダンナ。村の工芸品は質がいいので、街の人にも人気っす!」
ラックから渡された収益の記録簿を確認する。この商店を任せているラックが記録したものである。
ここは村で生産した工芸品を定期的に搬入して、昨年の春先から本格営業をしている。ラックの手腕もあり、商店の経営はかなり好調であった。
「たいしたものだな、ラック」
「いやー、売り子のみんなが優秀なだけで、オレっちは何もしていないっすよ」
ラックは笑いながら謙遜しているが、その経営能力はかなりのものである。
この裏方の倉庫からも、隣の売り場は確認できる。約十坪ほどの売りでは売り子たちが、買い物客の対応に追われていた。
現代日本から来たオレの目から見ても、陳列や人員配置も合理的で、見事な店舗経営である。“遊び人”を自ら名乗っているが、ラックは本当に謎な男である。
それでも本人に対して、オレは詮索するつもりはなかった。人は誰しも“他人に知られなく秘密”を持っている。本人からの告白がない限りは、探る趣味はオレにはない。
そう、平時ならなら……。
「ラック、聖女に会いたい」
「へっ……聖女……様ですか……?」
この倉庫に子どもたちがいなくなったことを確認して、オレは本題にはいる。時間が惜しいので単刀直入でラックに伝える。
「聖都に行って聖女に会う。その段取りをつけてくれ」
「いや……そんなことを言われても、オレっちには……」
「おい、ヤマトよ。なんの冗談を言っているのじゃ。ラックにそんな権限はないじゃろう」
オレのまさかの言葉に、ラックは言葉を失う。
そして代弁するように、皇女シルドリアが口を開く。大国であるヒザン帝国の公式な使者ですら、聖女には面会は叶わないのだ。
それを市民であるラックが出来る筈はない。いくらラックが多方面に顔が効く、かなりの情報通だとしても限度はある。
「ラックなら必ず出来る。そう見込んでの頼みだ」
「ダンナ……」
「ヤマト、本気なのか……まさかお主が言っていた、聖女に会う“アテの人物”というのは、この男のことなのか!?」
言葉を続けるオレの態度に、シルドリアはようやく気がつく。御者台で話していた最重要人物が、このラックであることに。
だが、一方では彼女は信じられない表情をしている。
聖女と会うことが出来る人物は、少なくとも上級生聖職者や国王クラス、それに強大な権力を有している人物だけある。
そして今目の前にいるのは、何の変哲もない遊び人であった。
「ラックが何者かオレは知らない。だが、オレに分かる」
「ヤマトのダンナ……それは、本気なんすね……」
突然の問いかけに言葉を失っていたラックは、ようやく口を開く。
自称遊び人ラック……ではない、真剣な男の表情で。