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第97話:朝霧の中の出発

 オレが聖都に旅立つ日がやってきた。


「朝か……」


 いつもの習慣で、陽が昇る前に目は覚める。春の冷たい水で顔を洗い、その後はしっかりと朝食をとる。なにしろ今日から長旅が始まる。

 ハン馬に乗っていくとはいえ、長時間の乗馬は体力の消費が激しい。消化のいい炭水化物とタンパク質をバランスよく食す。


「荷物はこれでいいか」


 朝食を終えたオレは、旅の荷物の最終確認をする。 

 非常用の保存食や夜営道具、それに大陸通貨と、荷物は最小限にとどめおく。いざとなったら宿場町で購入も可能であり、街道脇の森林でも食料は狩り調達できる。


「聖都か……」


 オレがこれから一人で向かうのは、ロマヌス神聖王国の首都“聖都”であった。この大陸でも一番の歴史を誇る大国。華やかな文化が薫る王国だという話しである。


「ウルド村と神聖王国の因縁か……」


 だが、そんな神聖王国とウルド村には深い関係があり、大きな問題が起きていた。

 それは村を飛び領地として統治していたのは、神聖王国の貴族であった。だが二年前の突然の領主の武力行使により、村の大人たちは全てさらわれていた。つまりウルド村と神聖王国は最悪な関係。


「領主は村の統治権を放棄して、見捨てたという話。だが……」


 二年前の事件の時に、ウルドは領地として破棄されていた。だが神聖王国に牙をむいたなら、また騎士団が武力行使をしてくる可能性もある。

 それでオレの聖都行きの話を聞いた、村長とリーシャは顔を青ざめていたのだ。


「村には迷惑をかけないように……だな」


 だからこそ今回は一人で行くことに決めたのだ。一ヶ月前に村長の館で会談した時、二人に対して冷たい態度で説明したのも、自分の感情を悟られないためであった。

 そうでもしなければリーシャは無茶を承知で、聖都に付いて行くと言い出していたであろう。


「さて、あとはコレか……」


 一人つぶやきながら、最後の荷物である刃物類を用意する。

 使い慣れた狩りの道具を中心に、ナイフや矢も多めに持っていく。


 今回は“ウルド村のヤマト”という身分は隠して、聖都に潜入する予定である。

 だが聖女と呼ばれる神官に会うためには、正攻法では難しいであろう。


 話によると国王以上に聖女に面会することは難解。厳重な警備の大聖堂の奥に籠り、滅多に人前に姿を現さない存在だという。

 今のところ面会の方法は、ある程度の目途はつけている。だが少々手荒なことになることも想定しておく。


「あまり手荒なことはしない予定……だが」


 オレの目的は聖女に会い、“霊獣管理者レイジュウ・マスター”を名乗る少年の情報を聞き出すこと。特に争いに行く訳ではない。


 だが今は沈黙を守っているあの少年が、聖女とオレの接触を見過ごすであろうか。

 少年は人を下等種族と見下しながらも、なぜかオレだけには固執していた。おそらく聖都でも、何かが起こるとオレは予感している。


「また戦いになるか……」


 全ての荷造りを終えたオレは、自分の周囲を見回す。

 一人で暮らしているこの建物の中に、もちろん自分一人しかいない。


『ヤマト……いくつかの月日が経ち、ボクの魔力マナが回復した時に、キミを消滅させる』


 聖都であの少年が再び立ち塞がる可能性は高い。そしての者が召喚する霊獣も一緒に。

 少年のあの時の口調から、魔人バアル級や魔竜ナーガ級の霊獣を、まだ召喚できるとみた方がいい。


「次は厳しいかもしれないな……」


 あの時は自分の周りには、多くの仲間たちがいた。

 大陸でも最高峰の実力をもつオルンの騎士リーンハルト。帝国の荒ぶる大剣使いバレス、天賦てんぶの剣姫シルドリア。それと優秀な指揮官である皇子ロキが率いる真紅クリムゾン騎士団の精鋭たち。


「そして、リーシャさんや村のみんな……」


 だが今回の旅はオレ一人である。

 つい先日までは誰かを守る立場であったが、こうして一人になり初めて気がつく。みんなを助けるつもりが、いつの間にか支えられていたことに。


「だが仕方がない……これが、自分の選んだ道だからな」


 誰もいない周囲を見渡すことを止め、オレは建物を出ていくことにする。


 この村にまた戻ってこられる保証はない。

 それは直感であった。

 

 久しぶりの孤独に感傷的になっている訳ではなく、オレは“何か”を感じていた。

 これから向かう聖都で、オレは“何か”大きな危険に巻き込まれることに。だが自分の命を賭けてでも、成し遂げる必要があると感じていたのだ。


「さて、行くとするか……」


 誰もいない早朝の寝床に別れを告げ、オレは一人村を出発する。



 まだ寝静まっている村の正門を、オレは抜けていく。

 村の湖から朝霧が立ち昇り、幻想的な光景を作り出していた。自然と人の暮らしの調和のとれた見事な場所である。


「ウルド……いい村だな」


 初めて訪れた時は、ここは貧困に苦しむ滅亡寸前の村であった。だが今では伝統と文化で賑わい、村人たちの笑顔が溢れる素晴らしい村となっていた。

 故郷ふるさと

 異世界である日本から転移してきた自分にとっても、いつの間にか心地よい、そんな場所となっていた。


「だからこそ、オレは必ず戻って来る……」


 強く覚悟を決めた、その時であった。

 朝霧の向こうに人の気配を察知する。


 それは一人ではなく、かなりの数。足音と共に無数の人影が近づいて来る。


「村長……リーシャさん……シルドリア……ガトン……それにみんな……」


 朝霧から姿を現したのは村人たちであった。

 村長とその孫娘リーシャと村の老人たち。帝国の皇女シルドリアと老鍛冶師ガトン。そして村の子どもたちが、オレの行く先に勢ぞろいしていた。


「お前たち、その恰好は……」


 想定していなかった状況に、オレは思わず言葉を失う。

 何しろ多くの者が旅の準備をしていたのだ。よく見ると彼らの後ろには、交易用のウルド荷馬車も控えていた。つまり彼らは事前に、オレの秘密の出発を見抜いていたのだ。


「申し訳ありません。ヤマトさまに内緒で、一ヶ月前から旅の準備をしていました」

「一ヶ月前からだと……」

「はい、聖都に一人で行くと言い出した時……あの時のヤマトさまは、少し変でした」


 旅の準備をしているリーシャは、微笑みながら説明をする。

 村長の館で会談した時、オレが何かを隠していたことに、彼女は勘付いていた。そこで村のみんなに相談して、密かに準備をしていたのだ。


「二年前の山賊退治の時と同じでした……ヤマトさまは嘘が下手です……いい人すぎて」

「そうか、前にも、こんなことがあったな」


 二年前に風車小屋の山賊団を討伐に行く朝も、たしかこんな感じだった。

 独りよがりで覚悟を決めたオレは、周りが見えなくなっていた。


 だから村人たちが密かに準備をして、朝霧の中で待ち伏せしていたことに、オレはまったく気がつけずにいたのだ。

 いつもの自分なら絶対にあり得ないミスである。


「聖都観光にわらわを置いていくとは。つれない男じゃのう、ヤマトよ」


 旅の衣装を身にまとっていたシルドリアは、小悪魔的な笑みを浮べていた。天真爛漫てんしんらんまんな彼女にとって、敵国ロマヌス神聖王国に行くことも観光気分なのだ。


「ふん。聖都にはワシの同胞も多い。四十年ぶりに酒を飲みに行くのも、悪くはないのう」


 老鍛冶師ガトンは鼻を鳴らしながら、表向きの旅の目的を告げる。

 長寿な山穴族である彼も既に年老いている。だが、その両眼には職人の熱い闘志が宿っていた。


「ヤマト兄ちゃん、オレたちを置いていくなんて、ひどいよ!」

「そうそう。僕たちだって、もう一人前なんだからね!」

「兄ちゃんは不愛想だから、一人だと心配だよね!」

「あと、聖都でもたくさん、ウルドの商品を売らないと!」


 荷馬車隊の子どもたちも、満面の笑みでオレを見つめてくる。誰もが強く真っ直ぐな瞳だ。

 孤独な旅を覚悟していたオレの心に、スッと温かい風が流れる。


「何度でも言います。ヤマトさまの背中は、私が必ず守ります」


 機械長弓マリオネット・ボウを握りしめたリーシャが、優しく微笑んでくる。そこには先日の青ざめていた面影はどこにもない。自らのトラウマを乗り切った、一人の強い少女の姿である。


「ならばわらわはヤマトの前を守るのじゃ、リーシャよ」

「シルドリア様、茶化さないでください」


「冗談ではない。わらわは本気じゃ」

「それは知っていますが……」


 リーシャとシルドリア。二人の少女のやり取りに、オレは思わず苦笑する。


「お前ら……」


 想定もしていなかった状況に、自分の心が揺らぐ。

 村の皆を信じてやれなかった自分が、本当に不甲斐なく情けない。オレもまだまだ修行不足という訳だ。


「村のことは、残る私たちにお任せください、ヤマト殿」


 言葉を失っていたオレに、村長が声をかけてくる。

 前と同じように荷馬車隊には、旅慣れた子どもたちを選抜しておいたと。残る子どもたちと老人でも、村の仕事は十分に大丈夫と胸を張り説明する。


「もしかしたら神聖王国が、また村に圧力をかけてくるかもしれないぞ」

「村人全員で決めた覚悟の上での、この決断ですぞ。ヤマト殿」


 オレの問いかけに、村長をはじめとする村人たちは大きく頷く。

 少数民族であったウルド族は生き延びるために、以前は神聖王国の庇護下ひごかにいた。

 だがこれからは自分たちの誇りの為に、自信をもって生きていくことを全員で選択したのだ。


「“ウルド魂”ってやつを、神聖王国のやつらに見せつけてやるよ。ヤマト兄ちゃん!」

「“ハン魂”もです、ヤマトの兄さま!」

「“スザク魂”……も」


 オレの厳しい問いかけに、子どもたちの誰も怯んではいない。強い眼差しを輝かせながら、覚悟を決めていた。

 二年前は腹を空かせて幼かった彼らが、いつの間にか自分の道を選んでいたのだ。


「そうか……お前たち……」


 なんとも表現しがたい熱い想いが、胸に込み上げてくる。

 だが今は、それをぐっと飲みこむ。この想いを言葉にするのは、旅から無事に村へ戻ってからが相応しい。


「では、行くぞ!」


 こうしてオレは……オレたち荷馬車隊は昇り始めた朝日に送られ、聖都へ出発するのであった。


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