第95話:新しい民の少女
初春の村の中を、オレはリーシャさんと引き続き視察していた。
広場にたどり着いた時、村の外から集団がやってくるのに気がつく。
「あっ、ヤマト兄ちゃんだ!」
「ただいまー、兄ちゃん!」
「お前たちか。狩りから帰ってきたのか」
声をかけてきたのは村の子どもたちであった。朝早くから森の中に狩りに出かけ、ちょうど戻ってきたところである。
最近では彼ら子どもたちだけで、森へ狩りに行かせていた。この二年間で彼らも狩人として大きく成長しており、その自立性を促していたのだ。
「初春の狩りで、その成果はたいしたものだな」
荷台に上に乗っている無数の獣を確認して、オレは子どもたちを褒める。
大兎をはじめ、大きな大猪も仕留めていた。
昨年の春まではオレの手助けが必要な大物も、今では子どもたちだけで狩るようになっている。
「僕たちは、もう一人前だからね!」
「そうそう!」
褒められた子どもたちは、満面の笑みで嬉しそうにする。精神的に幼い部分もあるが、その顔つきは今では立派な狩人である。
「それに今日は、シルドリアちゃんが凄かったからね!」
「そうそう。凄いよね、シルドリアちゃんは!」
子どもたちは喜ぶと同時に、同行していた少女シルドリアを褒め称える。
彼女はこの大陸でも有数の勢力を誇るヒザン帝国の皇女。だが今は村に居候しており、率先して村の労働に加わっていた。
「たいしたものだな、シルドリア」
「戦いも狩りも、基本は同じゃ」
オレの言葉にシルドリアは照れくさそうに答える。だが謙遜する彼女の狩りの腕は、かなりのもの。
大都会である帝都育ちの彼女は、本格的な狩りの経験はない。
それでも天賦の剣の才能を持つシルドリアは、狩りにおいても秀でているのであろう。
「よし、お前たち。この次は獣の解体だな」
「うん、わかった、ヤマト兄ちゃん!」
「早く終わらせて、水浴びをしてこないとね!」
狩組の子どもたちは我先に、解体小屋に向かって駆けていく。
早く今日の仕事を終えて飯にありつきたいのであろう。過酷な森での狩りを終えたばかりだというのに、本当に元気なものである。
「それにしても、この覇王短弓。これは本当に凄まじい武器じゃのう」
広場に一人残ったシルドリアは、手元の短弓を見つめ感心する。
それは彼女用に貸し出していた、ウルド村の狩りの道具。帝国軍の正規兵の弓よりも遥かに優れた、その連射性や破壊力に彼女は感動していたのだ。
「これが他国で量産されたなら、戦の根底が覆るかもじゃ」
帝国の軍人としてシルドリアは懸念していた。
覇王短弓やウルド式の弩が奪われ、摸造量産されたなら危険なことに。軍事のバランスが崩れ、戦乱の時代に突入することを見抜いていた。
特にウルド式の弩は、素人でも操作が可能である。
通常の弩よりも連射性が高く、さらに金属製の鎧や盾も貫通する破壊力。野心家によって大量に量産されたなら、本当に危険な武器である。
「入手して分解したら、理論は分かるかもしれない。だが作るには、必ずガトンの腕が必要だ」
そんな彼女の心配を、オレは晴らしてやる。
たしかにウルド式の弓は危険な武器にもなる。だが機械式の内部には、特殊な歯車が必要になる。
それを加工できるのは“鍛冶師匠”の称号をもった老鍛冶師ガトンだけだ。
ガトンは誇り高き職人であり、金を積まれても人殺しの武器は作らない。つまりウルド式の弓を奪われても、戦に使われることはないのである。
「それは命を生かす狩りの道具だ」
「なるほどじゃ。そこまで計算しているとは、流石は“北の賢者”ヤマトじゃ」
オレの説明を聞き、シルドリアは感心する。
彼女は戦いを好む剣士であるが、卑劣な殺戮者ではない。不要な戦で、弱い民が血を流すのは好んではいない。
むしろ自分より弱い者に対しては剣を向けない、誇り高い帝国の騎士であった。
「ウルドの村は、本当に不思議な村じゃのう」
シルドリアは村の風景を眺めながらつぶやく。
ウルドは北の辺境にある小さな集落である。だがここまで多民族が集まり、異文化の集約した場所はどこにもないと感心している。
村にはウルドの民とハン族、スザクの民、それに山穴族の四つの部族が暮らしている。今ではそれらの陶磁器や革製品、織物と染物は独自な文化と技術が融合していた。
「これほどの場所は、大陸でもここだけであろう」
「そうかもな。だが、偶然が積み重なっただけだ」
「いや、ヤマトの成せる技なのであろう」
帝国民のシルドリアも加わり、今は五つの民族の住む村になっていた。辺境ではあるが、何とも言え居心地の良さを彼女も体感している。
「ところでシルドリアは、いつまで村にいるつもりだ?」
シルドリアは大国の皇族の一人である。
友好関係を結んだとはいえ、皇女が庶民の暮らしをしているのは明らかにおかしい。
「ん、妾のことか? 帝都に戻っても暇じゃから、もうしばらく村におる」
「そうか。だが、いつまでもいると帝都からロキの……」
「おっと、妾も狩りの汚れを落としてくるのじゃ!」
オレの話を最後まで聞かず、シルドリアは去ってゆく。説教されることを察知して逃げたのであろう。天賦の才の危険感知を使い、脱兎のごとく消えてゆく。
「やれやれ……それでは村長の所に行くとするか、リーシャさん」
「はい、ヤマトさま!」
オレはため息をつきながら、リーシャと次の目的地に向かうのであった。