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第10話:鍛冶職人の工房

 

 少女リーシャの案内で、オレは村外れにある鍛冶師の家にやってきた。


「ここが山穴やまあな族の家か」

「はい、ヤマトさま。工房と隣接しています」


 村外れ水辺にひっそりと山穴族の住まいはあった。無骨な家と工房が一体化した建物で、どことなく鉄の焼ける匂いがする。


「随分と玄関が小さいな、この家は」

「山穴族は成人しても小柄な種族なのです」


 リーシャの説明で納得する。

 ファンタジーの物語に出てくるような小柄で骨太な種族なのかもしれない。それならば人間のように大きな玄関は無用の長物だ。


「ガトンさん、リーシャです。入ります」


 村長の孫娘であるリーシャは、小さい頃からこの工房に来たことがあるという。

 ノックもせずに声をかけて勝手に扉を開ける。もっともこの世界にはノックという習慣はないらしいが。


「開いているぞ、勝手に入れ」


 ガトンというがこの工房の主なのであろう。

 リーシャの呼びかけに、工房の奥から不愛想な返事が聞こえてくる。目的の人物が留守ではなかったことに安堵する。


 リーシャの案内で工房の奥へと進んでいく。中は薄暗いが各所に証明が炊かれていて明るい。


「ほほう……これは凄いな」


 工房の光景にオレは思わず声をもらす。

 質素な建物の外見とは違い、工房の中は素晴らしく整っていたのだ。

 ふいご、金床などよく手入れされ使い込まれた道具の数々が目に入る。ここは異世界であるが鍛冶の道具は地球の物と類似していた。


「なるほど、道具の形状はほとんど同じか……これは面白いな……」


 オレは感動していた。機能を追求していけば、どんな世界でも道具は同じ進化をたどっていくのかもしれない。


「リーシャ嬢よ。なんだ、その男は? 見ない顔に奇妙な格好じゃな」


 工房の内部に見とれていたオレを不審がり、奥から姿を現した山穴族の老人はリーシャに尋ねる。


「この方は旅人ヤマトさまです。先日から村の外れに住むことになりました」

「“迷い人”か? 何とも奇妙な格好じゃな。都の流行り衣装か、それは?」

 

 ガトンの言葉にオレは自分の格好に視線を向ける。改めて見るとこの異世界には合わない珍妙な服装だ。


 自分が着ているのは現代日本のアウトドア衣類である。発汗防水加工もある高性能なアウターで光沢を放つゴアテックス製品。

 あさ系や羊毛を編んだ服を着ているこの村の衣装とは明らかに違う。


「“迷い人”……まあ、そんなところだ。ところでガトンさん。オレはあんたに頼みがある」

「ふん、新参者のくせに随分と強引な男だな、ヤマトやら」


 オレはなるべく丁寧な言葉を選んだつもりだが、ガトンは明らかに自分を警戒している。


(まあ、この格好なら仕方がないか……)


 何しろオレは怪しげな格好をした異邦人であり新参者だ。こうして村長の孫娘リーシャが同行していなければ、すぐにでも追い返されていたであろう。


 ガトンは頑固者として村でも有名らしい。

 リーシャの事前の話では村の大人たちがいなくなってからは、ガトンはますます人を拒んでいた。必要最低限の日用品の鍛冶仕事しか受けてくれないという話だ。


「あんたは金属の関わるものなら“何でも”作れると聞いて来た」

「ふん! 誰に口をきいているのじゃ、この若造め! 極上の材料さえあれば山穴族に……いや、このワシに作れない物はない!」


 オレの挑発にガトンは顔を真っ赤にして反応してくる。もしかしたら怒らせてしまったかもしれない。


(随分と自尊心が強いな……さすがは鍛冶極匠アンアン・マイスターか……)


 リーシャの話では、このガトンは大陸でも三人しかいない最上位“鍛冶師匠アンアン・マイスター”の称号を授与されていた。

 つまりは数多いる鍛冶職人の中でも世界ランク三位以内に入るという凄腕だ。本人は栄誉や勲章にはまったく興味がない頑固者だという話だが。


「なら、あんたに“コレ”は作ることはできるか?」


 オレは布袋からクロスボウと専用矢を取り出しテーブルの上に置く。地球から持ってきたオレの最高傑作の改良型のクロスボウだ。

 そして尋ねる。山穴族であるあんたはコレを再現して作ることができるかと。


「これは……いしゆみと矢か随分と奇怪な……ふむ、ここは機械式か……」


 驚いたことにガトンは一瞬でクロスボウの仕組みを言い当ててきた。

 リーシャの話ではこの世界ではクロスボウはあまり発展していないという。ゆえに仕組みも原始的で使い勝手が悪い。


 だから村の誰もオレのクロスボウを最初は理解できなかった。詳しく説明して実際に試し打ちしてようやく彼らは理解した。


 それほどまでに異質なはずのクロスボウの仕組みを、なんとガトンは瞬時に見抜いたのだ。


(さすがは山穴族……。いや、このガトンと男が凄いのであろう)


 その事実にオレは内心で驚愕する。明らかに別文明である武器の言い当てたガトンの凄さに。

 だがオレはこの工房の使いこまれた道具を見た瞬間に予感して、期待していた。この老職人ならばイケるではないかと。


「百聞は一見にしかずだ。試射してみるから見ていてくれ」


 ガトンに頼んで不要な金属の板を用意してもらった。それを柱に立てかけて実際にクロスボウの仕組みを見てもらうことにする。


「やはりそれは弓のげんを引く装置じゃったのか……しかし、なぜそんな複雑な金属の形を……そうか! 非力な者でも強力な弦を引くための装置か……しかも素早くか……」


 オレの準備する動きを見て、ガトンは次々とクロスボウの原理を言い当ててくる。

 その内容場ズバリ適格。

 恐ろしいことに人間工学でオレが編み出したテコの原理の仕組みまで、瞬時に理解している。


(ふっ……それでこそここに来た甲斐があったというものだ)


 凝視する山穴族の視線を頼もしくも思いながら、オレは発射の準備を終える。周囲の安全に確認して、矢の狙いを柱にかけた金属板に向ける。


「おい、待つのじゃヤマトとやら! ひ弱な弓矢ではその厚さの金属板は跳ね返って危険だぞ!」

「いくぞ! 見ておけ!」


 ガトンの静止の言葉を聞かずに、オレはクロスボウの引き金にひく。

 テコの最新原理で強力に引かれた弓の反動が一気に解放される。クロスボウから矢が凄まじい初速で発射される。


 ガギン! 


 耳を塞ぎたくなるような激しい金属音が、工房内に響きわたる。初速数百キロ以上の矢速とまとの金属の板が接触したのだ。


「おお、これは!?」


 その光景に山穴族の職人ガトンは興奮の声をあげる。鍛冶師であるこの男は激音など意に介していない。


「まさか、そんな小さな弓で鎧用の金属板を貫通するとは……しかも後ろの柱を打ち抜いてじゃと……」


 オレのクロスボウの試射は成功した。矢は見事に金属の板を貫くことに成功したのだ。


“矢が金属の板を軽く貫通する”


 その信じられない光景に、ガトンと少女リーシャは目を丸くして驚いている。まさかこれほどの威力だとは想像もしていなかったのだ。


「この村を生かし守るために、このクロスボウを量産して欲しい」


 今回ここに来た目的をオレは正直に話して依頼する。

 森の獣や貧困に危険さらされている子ども達を助け、自立する手助けをして欲しいと。なんの駆け引きもなく全てを正直に話す。


「見たところ材料は鉄と材木か。これなら材料もあるから量産は可能じゃ」


 鍛冶職人ガトンはオレの手からクロスボウを奪い取り、部品を確認する。複雑な機械式の歯車の部分も、自分の腕なら問題ないという。


「だが“対価”はどうする? オヌシ……ヤマトはワシに“何を”支払ってくれるのじゃ?」


 ガトンが交渉にのってきてくれた。


(これがリーシャの悩んでいた“対価の要求”か……)


 山穴族は頑固な職人肌の種族で、金銭や宝石・名誉などには興味をもたない。

 例え貴族や王が権力をかざして仕事の依頼をしても、彼らは引き受けてくれないのだ。


“山穴族の職人が求めるは対価”


 その言葉にあるとおりに、彼らが依頼主に求めるのは“対価”であった。金銭でも名誉でもなく相手の“心意気”を見抜いて仕事の合否を告げるのだ。


(対価に心意気か……)


 いよいよここからが交渉の本番だった。

 山穴族の求める相応しい物を、オレは差し出さなくはいけないのだ。村のみんなを生かし守るために。


「オレはこの“ナイフ”を対価として差し出す」


 そう言い放ちオレは腰から愛用のサバイバルナイフを抜く。目の前の木製のテーブルにトンと突き刺し差し出す。

 これがオレの決意だと言わんばかりに。


「おお! なんじゃ……この光沢のあるナイフは……」


 初めて見る金属素材のナイフに、ガトンの表情が大きく変わる。

 先ほどクロスボウの何倍も興奮していた。山穴族にとって未知の金属は何ものにも勝るお宝なのである。


「ヤマトさま、いけません! それはヤマトさまの大事なナイフです」


 ひと呼吸おくれて隣にいたリーシャが声をあげる。

 このサバイバルはオレのメイン武器であり、命の次に大事にしていたことを彼女は知っていた。オレの両親の形見の品であることを、彼女だけには話していたのだ。


 オレが大兎ビック・ラビット大猪ワイルド・ボアを仕留めたのも全てこのナイフだった。これを手放すことでオレの戦力が大きく低下すること、聡明な彼女は気がついたのだ。


「気にするな。このナイフは一本でクロスボウが量産されたなら、村のみんなが生き残る確率があがる」


 これは客観的にみても悪くない交換条件だった。確かにこのサバイバルナイフは貴重な一振りだ。


 自称冒険家であった両親から祝いにもらった銘刀。最新鍛造の技術と日本鍛冶の技術を融合し、伝説の日本刀の職人に作ってもらった最強ナイフだ。異世界に転移した今では、もう二度と手にはいらない。


 だがこれは短い刃渡り接近戦用の武器だ。村の中でも使いこなせるのは自分一人しかいない専用武器。


 それに比べてクロスボウは訓練すれば子どもでも使えることは実証済みだ。量産して訓練していけば、必ずこの村の将来に役に立つとオレは計画していた。


「ヤマト……このナイフの原材料や作り方をお主は分かるのか?」

「すまないが興味があるが鍛冶はオレ専門じゃない。作ってくれた職人の話だと、複数の金属を組み合わせて何層に鍛えたとは聞いている」


 オレのサバイバルナイフに釘付けになっているガトンの質問が続く。


「確かにこの波紋はそのようじゃな……しかしコレは凄い業物じゃな……」

「オレも国にもあんたと同じくらいに頑固な刀職人がいてな。その人の傑作だ」

「なるほど……その職人に会ってみたいものじゃのう」

「すまない、たぶんそれは無理だ」

「そうか……」


 舐めるようにサバイバルを観察するガトンの質問に、オレは分かる範囲で答える。


 本当は原材料の金属をオレは知っていたが、それは現代金属科学の結晶である合成金属。異世界のこの文明度には決して精製できない素材だ。だから言葉を濁して伝える。


「このクロスボウの製造は引き受けよう」

「ガトンさん! ありがとうございます!」


 頑固者のまさかの承諾に、リーシャが喜びの声をあげる。今までのやり取りを見て、彼女は諦めかけていたのであろう。


「じゃが、条件がある……」


 ガトンはオレの目を真っ直ぐ見つめて言葉を続けてくる。


「条件だと?」

「ワシの二人の孫もお前たちと一緒に村で生活させてくれ」

「お孫さんたちを……私たちと……」


 ガトンの他に、この工房の手伝いをしている山穴族の子供がいたのだ。今は家で家事をしているという。

 

「ああ、いいぜ。その代わりオレの指導は厳しいぜ」

「根を上げるほどヤワには育てておらぬ。明日にでも試作品と共に村長宅へ行かせる」

明日弩クロスボウの試作品が完成だと?」


 最後の最後でまさかの言葉であった。

 これほど複雑なパーツの組み合わせのクロスボウをたった一日で完成せるのだという。


「ふん、ワシを誰だと思っておる。さあ、作業のじゃまだ。とっとと出ていけ、お前たち」


 ガトンの目は真剣で冗談を言っているようには見えない。これは明日の朝が楽しみだ。


「期待している」


 こうしてクロスボウの量産のめどはついた。


 オレの愛用のサバイバルナイフの放出は痛い出費だった。

 だが、これで今後の食糧難にも臨機応変に対応できるであろう。




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