料理係、パイを作ります。
「討伐パーティーの料理係、がんばります!」の続編です。3作目です。
本当は大晦日か元日にアップする予定でしたが間に合いませんでしたので数日遅刻でお送りいたします。申し訳ありません。
なお、今回★☆で区切られているところで視点が変わります。冒頭、最後はピア視点、その間は新キャラ視点です
すっかり年の瀬になりました。
お城へ越してきて、絶賛王太子妃になるための勉強中、人生でこんなに勉強したのは初めてのピアです。
結構真面目にやってるんですよ? 読み書き計算は一通りできるのですが、さすがに外国語や歴史、マナーなどは初めてです。でもこの苦労の全てが大好きなアラステア様のためだと思えば頑張れます。
真面目にやってきたおかげでしょうか。
年末から年始にかけて、数日お休みをいただくことができました。やったね!
とはいえ国政はそうやすやすと休めないので、アラステア様はお仕事。年末は特に案件が多いとかでむしろ忙しいんだそうです。ということは、まったく一人の時間になるわけですね!
何をしようか考えた挙句、私はお料理をすることにしました。だって、私はそもそも料理係ですからね! ここのところ勉強漬けで全然料理できていなかったし、忙しいアラステア様にも元気を出していただきたいし。私はいそいそと厨房へ向かいました。
さて、何を作るかというと、ここは我が国の新年を迎える日のご馳走・ミートパイ。ひき肉に野菜や香辛料をたっぷり加えたものをパイ皮に包んで焼いたものです。本当は大きくパイ皿でまあるく焼くのですが、今回はお忙しいアラステア様のために小さく包んで手掴みで食べられるようにします。
パイ皮の材料は厨房に揃っていました。
そうしたらあとは中身ですね。ふむふむ。
「ーーーーやっぱり、肉だなあ」
スパイスや調味料はあります。香味野菜も揃っています。あとは肉のみ。
ないとなったらしょうがない。ゲットしに参りましょう。
私は厨房を後にしました。
☆★☆★☆
我が国の王太子アラステア殿下が聖女と称えられるピア嬢と正式に婚約が整い、王都は喜びに沸き立っている。
そしてその騒ぎもさめやらぬ中で新年を迎え、お祭り騒ぎが続いている。民草が笑顔で過ごせることはこの国を守る騎士団の一員としてとても喜ばしいことだと思っている。
この国では新年にはミートパイを作って食べる習慣がある。おそらくどの家でも手作りのミートパイを囲んで新年を祝っていることだろう。もっとも俺・グレン=オサリバンは王国第二騎士団の副団長。今日も仕事だ。
「ねえグレン副団長、ピンキーを見なかった?」
城内を歩いていて呼び止められた。振り向くと、太い石造りの柱に隠れるように立っているのはニールセン王子。アラステア王太子の年の離れた弟君だ。
御年まだ10歳。可愛がられてお育ちになっているからか素直で朗らかなこともさながら、生来の美少年っぷりに陰で「天使」とよばれている。
「ニールセン殿下。いえ、今日は見かけておりません」
「そうか、ありがとう。どこに行っちゃったんだろう」
ニールセン殿下が少しだけ眉を下げてしょんぼりしている。ピンキーは殿下が可愛がっていらっしゃるペットの子豚、それがいなくなったのでは心配だろう。
幸い、今は騎士団の仕事も一段落して手の空いている時間帯。俺は殿下ににっこりと笑いかけた。
「よろしければピンキーを探すのをお手伝いさせていただけませんか?」
「ほんとに!」
天使……じゃない、ニールセン殿下の頬がぱあっとバラ色に輝いて眩しい笑顔に変わる。ううっ、お可愛らしい……!
「ありがとう! グレンは騎士団のお仕事で忙しいのに」
「いいえ、ニールセン殿下のお心を悲しみからお守りするのも我ら騎士団の勤め。喜んでお手伝いさせていただきます」
嬉しそうな笑顔の殿下と共にピンキーを探す。お気に入りの茂み、日当たりのいいテラス。しかしどこにもいない。
「ピンキー……どこかて怪我でもしていないといいけど」
殿下の笑顔がぐんぐん翳っていく。俺は焦った。どうにかして殿下の笑顔を取り戻さねば。元気を出していただかねば……!
その時だった。
「あら、グレン副団長と……ニールセン殿下?」
名を呼ばれハッと顔を上げると、そこにいたのは正式に王太子殿下の婚約者となられたピア嬢だった。くるくるした黒髪をアップに纏めて、華美なドレスではなく今日は動きやすそうなワンピースを身にまとって、大きなバスケットをその手に提げている。
「これはピア様。お出かけでいらっしゃいますか」
「ええ、今戻ってきたところです。アラステア様にミートパイをと思ったんですが、肉がなくて」
「肉ですか」
「ええ、幸いいいお肉が手に入りました。すごく美味しそうな豚で」
「豚……!!」
ピア嬢が手に持ったバスケットを軽く持ち上げてみせた瞬間、俺の頭の中を不穏な想像がよぎった。
いなくなった子豚。
調理時間を短縮する魔法体質の女。
手に入ったのはいい豚肉。
豚肉。
ま、さ、か……!
冷たい汗が背中を伝う。
「それで、ニールセン殿下もお出かけですか?」
「いやだなあ、もうすぐご結婚なさるんですから僕の義姉上になられるんですよ? 僕のことはニールと呼んでくださいってお願いしたではないですか、ピア義姉上」
「うふ、ありがとうございます、ニール。それで、ニールはどちらへ?」
「ええ、ピンキーがいなくなって、グレンに手伝ってもらって探しているところです」
「ピンキーが?」
ふとピア嬢と目が合った。俺を見たピア嬢の頬がひくりと引きつった。
まさか、まさか彼女が……ミートパイのためにピンキーを……!
サクッと……?
そうだ、相手は未来の王太子妃とはいえ元は料理人。おまけに魔物の頂点であるドラゴンでさえサクッと調理してしまう魔法体質の持ち主。王城でぬくぬくと飼われていた子豚なぞ、赤子の手をひねるより簡単だろう。頬を引きつらせたのは、ピンキーに手をかけてしまった罪悪感なのでは……!
最早俺の中ではそれが確信に変わってしまっていた。
ああ、どうしよう。この人を疑うことを知らないニールセン殿下のお心を谷底へ突き落とすような事態が、このグレンの目の前で起きてしまうとは、何たる失態。
ピンキーが最早戻らないのであれば、その犯人を吊し上……いや、責任の所在を追求するしかないだろう。覚悟を決めて俺はピア嬢に向き直った。同時に彼女も俺に向き直った。
「ピア様。少々お伺いしたいのですが、その豚肉は……」
「グレン様。私もお伺いしたいことが」
不穏な空気が俺と彼女の間で流れる。
「ピア様はピンキーをサクッと……」
「グレン様、まさか私がピンキーを……」
お互いの言葉が衝突して押し黙る。声が重なってしまったからよく聞こえなかったが、「私がピンキーを」と言ってなかったか?!
可愛いニールセン殿下のピンキーをと、と、屠殺した、だとぉぉおぉっ!
まだご成婚前とはいえ正式な婚約者である以上王族と同等の扱いをするものだ。だが! しかし!
ニールセン殿下を悲しみに突き落とす者は何人たりともこのグレンが許さないいいいっ!
「あっ、ピンキー!」
「ぶぶっ!」
怒りをたたえて睨みつけたその時、嬉しそうなニールセン殿下の声が聞こえた。見ると、ピア嬢の足元から小さな子豚が顔を覗かせている。白い被毛にグレーのぶち。背中にハート型の模様があるのが特徴のこの子豚は、まごうことなきピンキーだった。
ニールセン殿下はピンキーに駆け寄るときゅうっと抱きしめた。
「ピンキー、どこに行ってたの! 探したんだよ」
「どうやら今日は遠出したい気分だったようですよ。お庭を出て使用人の通用口の方でお昼寝してましたから、連れて帰って来たんです」
ピア嬢はそう言うと私の方をジロッと睨みつけました。
「え、サクッとやっちゃったんじゃ」
「サクッと、何ですかグレン副団長?」
「ひいっ?!」
★☆★☆★
ピアです。
出入りの商人さんが手配してくれた豚肉は、有名なベリック村産のお肉で大変いいお肉でした。
粗めのミンチにして、スパイスやハーブをきかせたミートパイに仕上げましたよ!
どうやらグレン副団長がピンキーのことで私を疑ったらしいことは、まあ腹は立ちますが不問に伏しますよ。あの人はニールのことが可愛すぎてどこか踏み外しかけているんですから。
ええ、私が「肉を手に入れた」と話した途端にサッと顔色を青くしたこととか、「お伺いしたいのですが」と私に向き直ったときとか、あからさまに私がピンキーをサクッと捌いたと確信していましたよね。最初っから。
いったい彼の頭の中では私はどういう立ち位置にいるんでしょうか……
とはいえ、今私が騒ぎ立てるとそれこそグレン副団長の今後の人生に関わる大事になりかねません。未来の王太子妃という肩書は伊達ではありません。
それにグレン副団長は未来の騎士団を背負って立つ一人。特に春に退任される予定の第三騎士団長の後任最有力候補と言われている人です。私との間に遺恨があると、アラステア様のためにもなりませんからね。
ピアちゃんは大人の女になったんです! きちんと空気を読める子なんです!
なのに。
「え? グレンさんがパラス領へ転任?」
年が明けてアラステア様とのお茶の時間、ミートパイを食べながらアラステア様が教えてくださったニュースに目を丸くしました。
パラス領は王都の北にある王家直轄地。国防の重要な拠点で、グレンさんはそこの常駐している騎士団に団長として着任することになったというのです。
確かに団長に昇格してますけど、あそこは防衛拠点だけあってかなりの激務……だと……
「えっと、なんか急な話ですね」
「まあ----口は災いの元というからね」
にやりと黒い笑みを浮かべるアラステア様を見て、この人事がアラステア様の差し金だと理解します。
「ニールがね、笑い話として話してくれたんだ。だからグレンに会った時、ピアが気分を害していたとチラッと、ね。そこからあのドラゴン退治の話になってね。ピアの魔法体質を改めて(ちょっと誇張して)説明して。そしたら直後蒼白になったグレンから転任願いが出てね、どこでもいいっていうから。――――別にピアを馬鹿にしたと根に持ってやったわけじゃないんだよ? うん、決して」
何となく敵を作った気がしないでもないですが……
「いや、一応栄転なんだよ? あそこを何年か勤め上げて成果を出せばその後はかなりの待遇を約束されるからね。大丈夫大丈夫」
軽いですね、アラステア様。そして黒いですね、アラステア様。
にこにこと黒い笑みをこぼしながら私の作ったミートパイをさくさくと食べ、「おいしいよ」とほめてくださったので、私はなにも聞かなかったことにしてアラステア様との楽しいお茶の時間を過ごしたのでした。