秋刀魚・居酒屋・真面目
ははっ、お久しぶりです。
何か月ぶりでしょうか。
とりあえず今回も短編です。どうぞ。
秋はうちの店に人がよく入ってくる
理由はコイツ『秋刀魚のお刺身』
秋刀魚は新鮮なうちに刺身にしないとダメなので塩焼きが主流の調理法だが、刺身も結構美味いじいちゃんのじいちゃんの親父さんあたりから続く町の居酒屋
そこそこ続く店だけに常連さんもそこそこ
それでもやはりそこそこに続いている
俺の親父が一昨年あたりに腰をやってから俺がなし崩し的に『おやっさん』の称号を受け継いだのだが、俺はまだまだそんな歳じゃないし貫禄もないので、常連さんからは『若大将』と言われている
親父の腰が治ったら戻ってくるだろうと願っての『若大将』でもあるのだが
最近は俺が『若大将』って言われてから常連になった人もいるので『大将』と言われることもある
これが世代交代かと呟いた親父の言葉に少し哀愁を感じた
お袋は料理が苦手で、年齢の関係もあり今は俺一人できりもみをしている
まぁ頼まれれば塩焼きにもするけど、やはり時代には勝てず、七輪ではなくグリルで焼くことになるのだが、しっかりと焼き加減を調整すればそれなりに美味しくはなるものだ
それでも一見さんでも注目するのがお刺身の方で、常連さんは塩焼きだったり刺身だったりと「俺はいつでも来るからどちらでもいい」という常連の余裕が見える
うちは居酒屋『飲んでき屋』
それほど大きい店でもないし一人でもそれなりに回せているが、さすがに忙しすぎると常連さんはわかってくれているのか話が盛り上がっているのか、ちょっとくらいは待っていてくれる
それに応えてお任せや〆にはちょっと贅沢なものにしたりと、持ちつ持たれつの関係で成り立っている
バイトを雇うのも考えたが、やはりこの関係が丁度よくそのままにしてしまっている
今日来た一見さんは一人
若い女性の会社員
いわゆるOLってやつだ
「いらっしゃい」
「大将!生一つとおすすめ!」
元気な声だが美しい声だ。なんと言えばいいのか……そう、女武将のような迫力のある声とでも言えばいいのか
「生一つにおすすめね」
今日もうちのオススメは『秋刀魚のお刺身』
わさびをちょこっと添えて、大根のツマを下に敷き、綺麗に秋刀魚の刺身を載せていく
醤油は刺身醤油
「おおっ!ここは秋刀魚の刺身が出るのか」
「うちはこれで秋を乗り切ってるようなものですから」
「なるほど、やけに塩焼きを見ると思ったがあれも秋刀魚か」
「ええ、〆には塩焼きを載せたお茶漬けも用意できますよ」
「うんうん。食べる前から涎が溢れる」
さて、次の注文は何処かな?
ああ、あそこの席が注文したそう
ワカダイショー!カラアゲトショウチュウミッツー!
「から揚げに焼酎三つね」
『若鳥のから揚げ』、定番の一品
うちでは予め味付けをして揚げるだけにしているから、あまり時間をかけずに出せる
しかし二度揚げ。こうすると表面はカリッと中は柔らかく揚がる
少し手間に感じるかもしれないけど、そうしたひと手間が料理を美味しくする……のかもしれない
それにレモンを一切れ置くのも忘れない
俺はレモンはかける派
レモンをかけると油っこさがいい感じにさっぱりに変わるんだ
から揚げは基本的に若鳥のから揚げだが、秋刀魚を刺身にして出すお店
タイミングがいい日に来ると『クジラのから揚げ』がある日がある
残念ながら今日は入ってないがあれも美味い
肉!ではなく、あくまで魚でありながら、肉のような感じを出すのがベスト
魚の肉って言われたら元も子もないんだけれど……
あのフンワリ感はなかなか肉では出せまい
「あの……注文良いかな?」
「はい、どうぞ」
「厚焼き玉子と私にもから揚げを……」
「はい、厚焼き玉子にから揚げね」
「あっ、やっぱり厚焼き玉子は二皿で」
「玉子は二皿ね」
から揚げは上記の通りだが、『厚焼き玉子』
シンプルイズ・ザ・ベスト
基本の料理であり究極の料理
うちでは砂糖を多めにして甘さを強くしているが、大根おろしと醤油でさっぱりいきたい人のために砂糖少なめもある
注文の時にいって貰えれば作ると書いているので、普通に注文されたときは砂糖多めで作っている
なんといっても玉子を巻く時が熟練度の見分け方
厚すぎず薄すぎず、均等に焼くからこその四角
最も簡単で最も難しく作れる料理の代表だ
そして焼き目
黄色一色でもいいが、これだとあまり厚焼きな感じがしない
少し焦げ目を入れつつ、苦みを出さないのがポイント
経験を積めばさして難しくはないが、初心者はここに苦労する
形は最後だが、料理人にとって人に出すものの基本は美味しく作ること
どんなに不格好でも一生懸命に美味しくできれば及第点だろう
「はい、厚焼き玉子にから揚げです」
「これはっ!」
「?」
「黄金の輝きに入る微かな焦げ目。人の手で作られたことが実感できるいいものだ」
「気に入って貰えて何よりです」
タイショー!キョウフライアルー?
「エビにアジとイワシですかね。あとフグ。ああ、カキも残ってますよ」
ジャ、アジトカキデーフタサラズツー
「アジとカキのフライね」
『アジのフライ』うちではやはり魚がウリなので、漁港とは仲が良く脂ののった魚や珍しい魚、それこそクジラなんかを持ってきたりしてくれる
うちは基本的にお任せで頼んでいるので、その日の水揚げから選ばれた選りすぐりの魚を使っているのでもちろん美味い
今日のアジもまたデカい
しかし開いたそれを半分にはせず、一匹そのままで揚げる
これこそがアジフライだと言わんばかりに尻尾も残ししっかり揚げる
今回はカキフライも同時進行で揚げちゃうぞ
『カキフライ』昔生のカキに当たると死ぬなんてこともあったけど、しっかり下処理をしておけば基本的には大丈夫
カキはアジとは微妙に揚げる温度が違うので、同時進行でも容器は違う
カキの方が少し温度が高めなのだ
基本的に揚げ物はこっちで軽く油を吸ってから出してるのでアジはカリッとカキはホクホクに揚がる
タルタルソースはお好みで
俺がソース派なのもあってタルタルソースはかけないように皿の端に盛りつけるようにしている
あくまでお好みでってことなので、タルタルソースの追加は受け付けているし、ソース派の為のソースはしっかりテーブルに置いてある
ソースかタルタルかは結構分かれるようで、作っている側としては面白い
ちなみに今は夜だが、昼間は食堂としても開けているのでこの辺は定食にも出している
ご飯に味噌汁を合わせた普通の定食だが、結構人気がある
やはり日本人。たまにはご飯を食いたくなるのだ
あと、味噌汁を具なしで、汁だけ飲みたくなる時ってない?
……定食といえば生姜焼きが食いたくなってきたな
確か豚肉が余っていたはず……玉ねぎも、あるな。生姜も俺の分は残しておこう
今日の夜食は生姜焼きにしよう
いや、明日の昼にするべきか。でも豚肉余ってるし……
少しくらいなら太らないよね?
さっきから俺揚げてばかりだな
注文がそうなんだから仕方ないんだけども、もう少し工夫を凝らしたい料理人としての何かがあるんだけれど
「大将、注文良いかな?」
「ああ、どうぞ」
「サバの味噌煮はあるかい?」
「ありますよ。作りますね」
「頼む」
なんかあれだな。飲みに来てるのに全く酒に呑まれてないな
真面目というかきっちりしてるというか。一人で来てるし限度も大事だけどね?
あれ?よく考えたらこの人まだ一杯しか飲んでないじゃん
そりゃよっぽど下戸じゃなきゃ酔わないわ
空になりそうだし、追加で聞いてみようかな
サバの味噌煮が出るまで待たせても悪いしね
「お客さん。お酒、入れますか?」
「ん?じゃあお願いしようかな」
『サバの味噌煮』味噌の加減と染み込み具合が大切
例によって例の如く魚には自信があるうちは脂ののったサバを使っているので『サバの味噌煮』はある意味定番
あの脂の甘味と味噌のちょっぴりとした辛みがエクセレント
既に味噌はできてるので、サバを入れて加熱するのみ
うちは切れ目を入れていないので少し長めに加熱する
じっくりと味を染み込ませていくタイプだな
大体十分から十五分くらい
定食やお弁当のおかずにも定番で、しっかりとした味でご飯もすすむ!
そして皮まで食べてもらえることが多い
焼き魚だと皮や頭が残っていたりするのだが、サバの味噌煮だと皮まで味がするのか皿が綺麗になっているのだ
作る側としてはなかなか嬉しい
さてさて、味噌煮もいいけど他の料理も作らなきゃ
どんどん注文が入ってくる
え?日本酒?う~ん、これにするかな『黒霧島』
イワシのフライね、ちょっと待ってて
カレイの煮つけ?ああ、残ってますよ
ウナギ?確かに旬ですけど、今日はもう残ってないですね
生三つ追加ですね。お客さん今日飛ばしてますねー
……っとと、そろそろ味噌煮ができたかな
うん、いい感じ
「はい、サバの味噌煮です」
「これはご飯が欲しくなるな」
「ランチ用に少し濃いめですから」
「では〆の茶漬けもあるし、ご飯を少し貰おうかな」
「ご飯を少しですね。少々お待ちください」
『ご飯』……ご飯。えーと、コシヒカリ。ふっくら美味しい
「どうぞ」
「うん。美味しい」
「それは良かった」
こういう素直な感想を近くで聞けるのも食堂や居酒屋ならではの利点だと思う
なんかこう、お客さんを身近に感じるというか、そんな感じ
「なぁ大将」
「はい?なんでしょう」
「私はそんなに堅苦しく見えるだろうか?」
見えます
「堅苦しいというよりは、きっちりしてるって感じじゃないですかね?しっかりしてるといいますか」
「会社でな、上司からもう少し笑ったらどうだと言われてな」
ああ~
「さっきのように微笑んでみたらどうですか?美人さんの微笑みっていいですよね」
「そっ、そうか。微笑むか」
「なになに大将?そんな美人さんと話し込んで。口説いてるの?」
「違いますよ。あ、皆さんもちょっと考えてください」
ンーナニナニー、アーソウイウ……ガヤガヤ
「だからそういう時はバカになればいいんだよ」
「バカになるとは?」
「会社の利益とかさ、なーんにも考えずにさ、楽しい!とか嬉しい!ってことだけ考えるのさ」
こういうのは同じ立場の人とかと意見を交わしたりできるし、酒も入ってるから堅苦しくない感じで楽しめる。こういう雰囲気もいいよね
「お姉さん真面目過ぎるのよ。もっと俺らみたいに騒いだりしてもいいと思うよ」
アンタらは騒ぎすぎ
この前店先で注意されてたでしょ
「もっと人生気楽にいきなよ。肩の力抜いてさ。なぁ大将!」
「うんうん、何事も楽しくね。はい、〆の秋刀魚の塩焼き茶漬け」
「茶漬けだけに、ほぐしていこうってか!」
アハハハハハハッ
オレニモチャヅケクレー
ハイヨー
こんな感じに今日も『飲んでき屋』の夜は過ぎていく
今回の作品は学校の文化祭に出した作品でもあります。
べっ、別に書いて無かった訳じゃないんだからね///
……キメェ
ええ、ここまで遅れたのにも一応事情がありまして、簡単に言えば体調不良のオンパレード+成績オワタってことです。
半年の間に二回もストレス性胃腸炎になるってどんだけ学校生活ストレスになってんだよって話ですよ。
そのあとも文化祭で仕事があって六徹したり赤点回避のために五徹したり……。
あれ?俺徹夜しかしてねぇ。
という感じでした。
次回もいつになるかわかりませんが、よろしくお願いします