2-1 うごめく寄生虫
洸平視点。
「ふぅ…。」
僕は今日何度目かの溜め息をついた。
ライヴの後はいつもそれ相応の脱力感に襲われるが、今日のそれはいつも以上だ。
それもこれもあの馬鹿共…大樹&雪のせいだ…。
奴らが僕の部屋に寄生し始めてから3日。
僕の疲労はピークに達しようとしていた。
さらにこれからあの部屋へ帰宅する事を思うと、言いようのないストレスを感じる。
「はぁ…。」
僕は更に一日のため息数記録を伸ばしながら、傍らのミネラルウォーターに手を伸ばす。
「うおい、どーした洸。いつも以上に死にかけてるぞ?」
カラカラとした笑い声が響く。
声の主を見ると、頭にタオルを巻いた黒髪の男が立っていた。
可愛さすら伺える童顔だが、僕の中学時代以来の先輩で22歳という立派な成人男性。
D.C.Wのベーシスト、瀬山 零だ。
「…先輩。」
「いい加減その先輩ってのよせよな。」
僕は肩をすくめる先輩を一別すると、もう一度溜め息をついた。
今は先輩の冗談に付き合っていられるほどのエネルギーはない。
先輩はいつもと違う僕の様子に心配したのか、肩に手を乗せてくる。
「おいおい。マジでどうしたんだっての?」
「…放っておいて下さい。」
僕はマルボロに火をつける。
どうせ誰にも僕の気持ちはわかりっこないんだ…。
「ったく…。おっ、真二!何か洸がおもしれぇぞ〜!!」
「ん、どうした?」
更に耳に入る野太い声。
短い茶髪にごつい顔、筋肉に覆われた上半身をみせびらかしている。
齢25歳にしてD.C.Wのドラマー、滝川 真二。
「確かにいつも以上に病んでるな。」
「だろ?見ろよ、今ならデコピンで死ねそうな顔してるぞ。」
…僕で面白がっている馬鹿な先輩に報復する元気すらない…。
身体が休息を求めている。
真さんは、いつ間にかスポーツドリンク片手に僕の横の席に座っていた。
「洸平、ライヴ中の10%分のエネルギーでも私生活で引き出してみろ。人生楽しいぞ、きっと。」
「僕は音楽をしている時限定でしかあの状態になれないんですよ。」
僕をミネラルウォーターを手にとる。
「大体、真さんの考え方がおかしいんです…。ライヴ中でも私生活でも同じように筋肉みせびらかして…。」
「むっ…。別に俺は…見せびらかしてなど…。」
「とりあえずそこの露出狂は放っておけよ。そのうち捕まるだろうしな〜。」
気がつくと先輩も煙草に火をつけながら、僕の正面に座っていた。
とたん真さんの額に裏筋が立つ。
「ちょっと待て零…誰が露出狂だと…?」
「うわぁぁ!!冗談だよ、冗談!!」
「俺に冗談は通じん!!」
先輩に掴みかかる真さん。
また新技かな?
「おらぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ズドーン!!!!
今日は筋肉バスターか、技のキレがいいな。
というか二人とも…ライヴの後だというのに…まったくたいしたスタミナだ。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
先輩の叫び声が楽屋に響く中、僕はゆっくりとストレスの原因…あの寄生虫二匹への対抗策を着々と練っていた。
僕は玄関の前に立つと小さく息を吐く。
今日は少しでも体力を取っておく為に打ち上げは断ってきた。
…だから今日こそは、平和な夜を過ごしたい。
「ただいま。」
「兄貴、お帰り。」
部屋から顔を出し、ぎこちない笑顔を浮かべる第一の寄生虫、大樹。
最初は小心者のヘタレだけで済んでいたが…、今じゃことあるごとに僕にじゃれてくる厄介なやんちゃ坊主と化している。
本当に高校2年生なのか…はなはだ疑問だ…。
僕はすぐさま靴を脱ぐと、部屋に上がる。
「…大樹…。これはどうしたの?」
僕は机の上に積み上げられた大量の黒コゲを指差した。
「い…いや。これはさ…晩飯を作ろうとして…。」
「君が…?」
「お、おう…。」
………。
「ルール追加。大樹、今後一切ご飯は作らないこと…!」
僕は頭を抱える。
数日共にいてわかったこと、こいつは完全に『天然』なのだ。
「ごめん…兄貴に為になればと思って…。」
…そしてこういう素直さが逆に僕を苛立たせる。
そんなことを言われたら怒るに怒れない。
いつもいつも何かやらかすくせに、そのたびに全力で反省する。
本当にたちが悪い…。
とにかく晩ご飯はあきらめよう…、それよりも汗を流したい。
「まぁもういいけどさ…。僕は風呂に入ってくる。」
「あっ、でも兄貴。」
「ご飯なら良いよ。そんなもの食べられないし。」
「そうじゃなくて…!!」
僕は大樹との会話を放棄すると、洗面所へ向かう。
洗面所のドアを開けると、もわっとした煙が僕を覆う。
…まさか…!!
「お兄ちゃん…?」
ぐっ!!まだコイツがいたのを忘れてた!!!
僕はゆっくりと第二寄生虫、雪の方を向いた。
………。
「ゆ、雪…一体何を…?」
「何って…お風呂入ってただけ。」
「そ…そうか…。」
僕はバスタオルを巻いた雪から目をそらす。
何なんだこの最悪のタイミングは…!!
くそっ!大樹が言っていたのはこれか…。
自分の浅はかさに腹が立つっ!!!
僕は苛立ちを抑えながらドアノブに手を掛ける。
「………。」
「………。」
「雪?」
「何?」
「何か用?」
「ううん。」
「じゃあ…手を離せ。」
何故か僕の腕を掴んでいる雪。
風呂上がり独特の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
…拷問だ…。
僕の不快指数が激しい勢いであがってくる。
「雪…?」
「ん?」
「面白いか?」
「うん。」
ブチッ
良し。
暴れよう。