1-5 薄い壁、薄い興味
洸平視点。
「うるさい。」
僕は不機嫌丸出しでドアを開いた。
そこには見慣れたスーツの男と、見慣れない若者が2人。
スーツケースを持った若者2人は…嫌な予感がするからとりあえず無視。
「…って高嶋さんじゃないですか。どこぞのヤクザかと思いましたよ
「ボカッ!」あべしっ!!」
僕は高嶋さんから放たれた右ストレートを受け、玄関へ吹っ飛ぶ。
かなり痛い…。
立ち上がりながら殴られた頬を擦ると、高嶋さんを睨む。
「何も殴ることないでしょ!?一応この顔も商売道具なんですよ!?」
「うるせぇこの馬鹿が!起きてろって言った時間に寝てやがるし、電話にも出ねぇし!殴るだけで許してやってんだ、ありがたく思え!」
「んなこと言ったってしょうがないでしょ?眠いんだから!」
高嶋さんのおでこに血管が浮き出る。
エマージェンシー!エマージェンシー!
高嶋さん軽くマジギレです。
「…死ぬ前に言いてぇことは?」
「すみませんでした。」
「よし。」
ここで死ぬぐらいならプライドなんて簡単に捨ててやる。
高嶋さんは振りかぶった拳をポケットに納めると、若者達の方に向き直った。
「…わかったか?お前らの兄貴はこういうヤツだ。」
チョットマテ。
兄貴?冗談でしょ?
「もしかして…君達。」
僕はまず白いワンピースを来た女の子を眺めた。
黒く長い髪にパッチリとした目。
綺麗だが、無表情なその顔には見覚えがある。
次にジーパンにシャツを着た男。
染めたであろう短い赤い髪に少し吊った鋭い瞳。
暑がりなのか尋常じゃない汗を流しているが、やんちゃそうなその顔にも見覚えがあった。
間違いない…。
「大樹に…雪?」
女の方が直ぐ様頷く。
男もそれに続いた。
タイミング最悪だ…。
まだ何の準備もしてないのに。
とにかくいつまでもドアの前でつったたせてる訳にもいかない。
「はぁ…とにかくここじゃなんだからあがって。高嶋さんはとっとと荷物持って…」
「殴るぞ?」
「冗談です。」
僕はドアを開くと靴を脱いだ。
ふと後ろを振り返ると、いつも真っ先に入ってくるだろう高嶋さんはそこにつったったままだった。
「高嶋さん、上がんないんですか?」
「ん?いやな、久しぶりの兄弟水入らずだろ。俺の用事は電話でも良かったんだ。また後で連絡する。」
余計な気を回しやがって…。
高嶋さんが居なくなったら物凄い気まずいでしょうに。
「んじゃな。」
「いや!ちょっと…!」
行かないでくれという僕の目線を容赦なく無視し、高嶋さん颯爽と去って行った。
「………。」
残された僕ら義兄弟。
き…気まずい…。
「…とりあえずあがって。」
僕は促すと部屋に向かった。
例によって太陽嫌いな僕は昼間でもカーテンを閉めきっている。
僕はリビングの電気をつけて2人を待った。
しばらくすると遠慮がちに大樹が入って来る。
「雪は?」
「あっ…靴並べてます。」
敬語か…うざったいな。
こんなストレスだらけの空間で数ヵ月も過ごさなければならないかと思うと気がめいる。
大樹は何をするわけでもなく部屋を見回している。
なんだよ…こいつ。
イライラするな。
「………。」
「あのさ。」
「は、はい。」
「正直言うよ。僕は君達が好きじゃない。」
「………!」
表情を固くする大樹。
意外と気が小さいんだな。
「…かといって嫌いでもない。」
「は、はぁ。」
「だから、この数ヵ月で好きになれるよう努力しようと思ってる。」
ガラでもない言葉だが、少しは本心が混じってる。
そりゃ嫌いな相手と一緒に過ごすよりは、好きな相手と一緒に過ごす方がましだ。
もっとも、複雑な関係な上に、相手が僕に苦手意識を感じているようだ。
正直彼らに興味はないが、少しでも仲良くなれたほうがストレスも少しは溜まりにくいだろう。
僕は小さく欠伸をした。
さて、そろそろテレビでも見ようか。
そう思い僕がソファから立ち上がると、大樹が慌てたように声をあげた。
「あ、あの!」
「ん?」
「兄貴って…呼んでもいいですか…?」
そうきたか…勘弁してくれよ。
僕は小さく苦笑した。
数ヶ月間、『きょうだいごっこ』するのも悪くないかもな…。
僕が答えようとするより早く、僕の耳に凛とした声が届く。
「お兄ちゃん。」
オイオイ…。
本当に厄介なのはあいつか。
僕は平静を装い笑顔を貼り付けた。