1-4 白昼の下、彼らは出会う
大樹視点。
確かに良く良く確認してみると、スーツの男が立っていたのは505…兄貴の部屋の前だった。
まさか兄貴が借金持ちだったなんて…。
俺は目の前が暗くなるのを感じた。
一方スーツの男は驚きに口をあんぐりと開けていた。
「…あいつ…妹なんていたのか。」
「義理ですけど。」
「あー。そうかそうか。んじゃそっちのは弟か?」
話振られたー!!!
なんとか…誤魔化すしかない!
俺は平静を装いながら口を開く。
「い、いやぁ。俺は…その。」
「弟です。」
のおぉぉ!
…もう終わりだ…俺は兄貴の変わりに内臓を売らなければならないんだ…。
スーツの男は品定めするように俺を眺めている。
「そうかそうか。んで、どうしてまたここに?」
雪っ、これ以上はダメだ!
黙秘権を…黙秘権を行使しろ!
「兄に会いに。一緒に暮らすので。」
「ほぅ…?」
いやぁぁぁぁ!!!
これでもう逃げられない…。
雪!!どうしてお前はそんなにペラペラと情報を開示するんだ!?
さて…そろそろ縄で縛られる準備でも…と思った矢先、スーツの男は優しげに微笑んだ。
「まぁ…面倒だから理由は聞かないでおくわ。」
いや…笑顔に騙されてはいけない!
気を抜いた所で一気に拉致する作戦かもしれない。
なんたってこの人は…
「俺は洸平のマネージャーの高嶋 隆二ってモンだ。よろしく。」
………は?
「西河 雪です。こっちのは大樹。よろしくお願いします。」
「おう。よろしく。」
「いやいや、ちょっと待ってください。マネージャー?」
俺は高嶋さんを眺めた。
金髪にサングラス、そして巨駆。
確実に暴力団関係に属していそうな風貌だ。
そんな人が兄貴のマネージャー?
一体何の?
「知らねぇのか?お前の兄貴…洸平な、プロのミュージシャンやってんだ。」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、あいつ『D.C.W』ってバンドでヴォーカルギターやってんだ。聴いたことねぇか?」
高嶋さんはそういうとポリポリと頭を掻いた。
「結構有名になってきたと思ってたんだがなぁ…。」とボソボソ呟いているのが聞こえたが、俺はそんなもの頭に入らずボーっとつったっていた。
D.C.W、友達に進められて、何度か聴いた事がある。
激しい連打と、独特なリズム感覚で心臓を打ちつける様なドラム。
全体を統率するリズム感もさることながら、時折大胆な早弾きを聴かせるベース。
オーヴァードライブやディストーション、イコライザ等のシンプルなエフェクトのみを使い、卓越した超絶技巧で流れる音を危なげ無く奏でるギター。
美しい高音で一見バラード向きな声に聴こえるが、時折かすれる声と確かな声量から放たれるラウドが圧倒的な存在感を与えるヴォーカル。
グランジを彷彿とさせるアンダーグラウンドな曲調から、疾走感、悲壮感、様々に変化する楽曲。
大型新人バンドだと雑誌で騒がれていた…。
「…まさか、D.C.Wの?」
「お!?知ってんのか!やっぱそこそこ名が売れてるみてぇだな!」
雪は何の事か分からず目をしばたつかせていた。
こいつはそういうのにとことん疎いからな…。
「あー…雪。兄貴はすげぇ人みたいだぞ。」
「…?知ってるよ。」
「あっそ…。」
雪の答えはさておき、俺は頭を抱えた。
このことでますます兄貴がわからなくなってしまった…。
俺の2歳年上ということは…恐らく19〜20歳。
一般的に高校出たてという歳であそこまでミュージシャンとして大成しているとは…すごいとしか言いようがない。
「…あの高嶋さん。聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
高嶋さんは俺がバンドを知っていたことに上機嫌なのか、笑顔を浮かべていた。
「兄貴は、どんな人なんですか?」
「…どんな人も何も…。」
俺は次の言葉を待った。
ギィー…
その瞬間、目の前のドアが開いた。
俺は忘れかけていた緊張感が蘇るのを感じた。
「うるさい…。」
長めの黒い髪には金色のメッシュがかかっている。
眠そうな目だが、その顔には確かに6年前見たあの少年の面影があった。
俺の兄、九条 洸平がそこにはいた。
※オーヴァードライブ・ディストーション・イコライザ→エフェクターと呼ばれるもので、ギターの音を変化させる。
ラウド(歌法)→叫ぶこと。叫ぶように歌うこと。
グランジ→Nirvanaが開拓した音楽ジャンル。
矛盾点の指摘を頂きましたので修正させて頂きました。
ご指摘ありがとうございました!