5-7 最後の夏のそんな始まり
山岸悟視点。
初登場キャラに視点を預けると言う暴挙…ある殊の実験だと思って下さい。
「敬子〜隆志〜、おせぇぞ〜!」
俺、北岡 悟はダラダラと後ろを歩く友人二人を怒鳴りつけた。
幼馴染みの田村 敬子はエレキベースを重たげ背負いながら、足を引きずっていた。
その隣を歩く根岸 隆志もエレキベースがエレキギターに変わっただけで、同じような様相…。
「ったく…お前らぁ、いくら暑いからってダラけ過ぎだぞ!」
敬子は額の汗を拭いながらジト目で俺を睨む。
「うるさいなぁ…!だったら悟、私のベース代わりに持ってよ!」
「分かってねぇなぁ…楽器に愛を!それができなきゃバンドなんて無理だ!!」
「だったらお前もドラム…買えよ…。」
「ぐっ…。」
俺は後ろを振り向くと、手に持ったドラムのスティックケースの先を二人にビシッっと向けた。
「だから…買ったって置く場所がねぇんだからしょうがねぇだろうが!!」
「お前のドラム愛なんてその程度か…やってられん。勉強があるから帰る。」
「ちょっと待て隆志!高校最後の晴れ舞台なんだぞ?最高のライブをするためには練習をだな…」
「二人とも何やってんの〜?早くしないと時間もったいないよ?」
俺達は一度顔を見合わせると敬子の後を追った。
俺達はこの小さな町では珍しい幼馴染3人組みだ。
保育園も…中学校も…高校も一緒、本当に腐れ縁だ。
そんな長きに渡って続いた縁もあと半年で終わりを告げることとなった。
卒業…あっけないないものだが、それが済めば俺達は道をたがうこととなる。
俺は就職、敬子は地元の専門学校、隆志は都会の大学。
もちろんそれは現段階では『志望』というだけなわけだが、それでも間違いなく俺達は別れることになるだろう。
そんな俺達が共に過ごす最後の夏…俺達が選らんだことはライブだった。
三年間続けて来た三人のバンドで、最後に最高のライブをする。
それが俺達の願いだった。
「どうだ…?ケンちゃん居るか?」
「…居ない。珍しいな…?」
俺と隆志は宿直室を覗き込んで、安堵のため息を漏らした。
俺達は一応軽音楽部に所属しているのだが、夏休みの部活動は、顧問が居る日を確認し、あらかじめ活動予定表を提出しないことには活動ができない。
そのため無断で部室を利用しているのだが…担任のケンちゃんが毎日張り込んでいるので、いつもは忍び込むので大変なのだ。
「居ないなら良いじゃん!早く練習しよっ♪」
と、敬子。
それもそうだな…居ないなら居ないで良いや、ラッキーってことで♪
俺部室の鍵をポケットから取り出すと、部室棟に向かって歩き出した。
〜♪
「ん…?先客か?」
前を歩く隆志が突然立ち止まる。
確かに…音が聴こえる…。
ギターと…ベース?
「おいおい…これ、遊び弾きか?」
「相当…ってかかなり上手いよね?」
こんなに弾ける後輩が居るわけ無いだろう…!
それにこれ…九条さんのカジノの音じゃねぇか…!
「許さねぇ…!」
「ちょっ…悟!?」
「誰だか知らねぇが、あのギターに触わってんじゃねぇ!」
あのカジノは2年前に卒業した俺の先輩…九条洸平さんが残して行ったギターだ。
九条さんは…すごい人だった。
中学では色々な伝説を残して去って行ったし、高校でも常日頃色々と目立って居たけど、成績が良い分先生達は何も言えない…まるでダークヒーローのような存在。
俺達後輩の中でも九条さんに憧れているヤツは数えられない程いた。
特に俺は中学生の頃から、九条さん達のバンド…D.C.Wの大ファンだった。
俺が中学3年の時、ボーカルだった山岸桜さんが脱退した時は解散するという噂が流れたが、九条さんをボーカルに復活を遂げた。
天才的ボーカリストと呼ばれた桜さんが居なくなって、離れたファンも多かった。
俺も元々彼女の圧倒的な…美しい歌声に引かれてファンになったのだったが、九条さんがボーカルになって初めてのライブを聴いた時…改めてこのバンドのファンになった。
九条さんは元々歌が上手かったが、そんなこととは無関係な…残虐とも取れる程の攻撃的な歌声。
透き通った声の中に込められた憎しみと、悲しみ。
それに呼応するように作り込まれたベースとドラムは、まったくどうして耳を侵すようだった。
俺はこの変貌…いや、再誕に恐怖と共に歓喜した。
そんな新生D.C.Wは、九条さんの卒業後1年も経たずしてインディーズデビュー、今もチャートを駆け登っている。
俺にとって九条さんは…最も尊敬すべき男の人だ…。
そんな九条さんに託された大切なギターをどこぞの誰かに気安く触られて…黙ってられるか!
「おい悟!待てっ!」
「黙れっ!!」
俺は隆志の制止を無視して、一気に階段を駆け上がると、音の漏れる部室のドアを勢い良く開けた。
直ぐに4人の視線が俺に向く。
ケンちゃん…どうでも良い。
赤毛のデカイの…どうでも良い。
ベースを弾いてる爽やかな青年…すごく見覚えがある…が、今は良い。
黒髪の綺麗な女の子………後で名前と…あわ良くば電話番号も…じゃなくって…!
今重要なのは唯一背中を向けたまま、九条さんのギターを引き続けている5人目のやつ…!
「てめぇ…!」
「おい北岡、お前何やってんだ?」
俺はケンちゃんを無視して、ギターを弾いている男に歩み寄った。
「何勝手にそのギター弾いてんだ!それは大事な…」
「あ、弾いたらまずかった?」
思考停止。
「くくくくくくくじょうさん!!??」
「久しぶりに自分のギターを見つけたから、弾いてたんだけど。」
目の前で意地悪そうに微笑む人物は…間違い無く2年前に卒業した俺の憧れの先輩、九条洸平その人だった。
「こらこら、洸。そこまでにしておけ。…お前、北岡だっけか。俺らの高校でのライブ、来てたよな?」
「えっ…?あっ…ああああああああ!?瀬山さん!?D.C.Wのベースの!?」
なんで?
なんで!?
何がどうして俺の憧れの方々がここに…!!??
「けけけケンちゃん!」
「北岡…いいから落ち着け。」
ガタン…
「九条先輩に…瀬山零さん!?キャアアア!!」
「何で先輩方がここに…!?」
「田村…根岸…お前らもとりあえず落ち着け…。」
それから数分間、部室には俺達三人の叫び声が響き渡った。