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D-3 何よりも綺麗な

本筋より7年前、九条洸平視点。

始めてその人の歌を聴いた時、俺は言葉を失った。


俺の顔にラクガキをしていった彼女は、開けっぱなしのドアの中で一人言葉をつむいでいた。


曲の名前は知っていた…デビット・ボウイの『レディ・スターダスト』。


元々が綺麗な曲だけに女性の声でも…いや、彼女だからこんなにも美しく聞こえるのかもしれない。


優しく、強い、そんな歌声…。




「あれ…?洸平君じゃない。」


「いきなり呼び捨てですか…?」


彼女は歌い終わってすぐ、ドアの前に立つ僕に気づいた。


「何?気になって追い掛けて来ちゃった?」


彼女、新谷桜は心底楽しそうに笑った。


歌っているときとはまるで別人…いや、今の俺にはその方が助かる。


不覚にも静かに歌う彼女に見惚れてしまっていたから。


俺は動悸の激しい胸を落ち着かせながら、不機嫌そうな顔を取り繕った。


「…冗談にしてはつまらないですね…。この顔見て、何か思う所は?」


「ん〜…どれどれ?」


俺がそういうと、彼女は俺にずいと顔を近付けて来た。


途端にまた心臓がうるさくなる。


頼むから少し黙っててくれ!


「…顔が赤いね。なんか擦った?」


「…言いたいことはそれだけですか?」


「う〜ん…とっても綺麗な顔だね。食べちゃいたいくらい♪」


…この女…本当に知らないのか?


となるとラクガキの犯人は瀬山零とかいう先輩か。


一杯食わされたな…。


「で、どうしたの?」


「いえ…俺の勘違いでした。すみません…え〜っと…新谷先ぱ」


「桜。」


「新谷せ」


「桜。」


「新た」


「さ・く・ら。」


「桜…さん。」


「よろしい!」


相変わらず人の話を聞かないな…この女…。


俺がため息混じりで部屋を見渡すと、ふと気になる物を見つけて視線を固定させた。


「…あれは…。」


「ん?どうかした?」


間違いない…!


俺は興奮しながらその目標物に駆け寄る。


ギタースタンドに鎮座したそれは、古めかしい木の色にサンバーストで塗装されていた。


「…やっぱり!60'sのカジノだ…!格好良いなぁ…!ビートルズが弾いてるのを見ててずっと弾いてみたかったんだ!桜さん、これって誰のですか!?弾いても大丈夫ですかね!?」


俺が言いながら振り返ると、桜さんは固まったまま立ち尽くしていた。


何かおかしいことを言っただろうか…?


というか弾いてみたいのだが…!




「ぷっ…あはははははは!!」




「…?」


突然笑い出す桜さん…今度は俺が立ち尽くす番だった。


…馬鹿にされているのだろうか?


彼女はしばらく笑い続けた後、目尻に涙を溜めながら言った。


「…零のギターだよ、それ。」


「零って…あのラクガキの…。」


だったら話は簡単だ、ラクガキの償いとして思う存分弾かせてもらおう…!


「よし、なら問題無い!アンプは…マーシャルあるじゃん。これに決定♪」


カジノはセミアコースティックギターだけあって、持ち上げるととても軽く、僕はそれをゆっくり膝の上に乗せた。


壁に掛けられたシールドを伸ばし、アンプのインプットジャックとギターのジャックに差し込む。


アンプの電源を入れ、軽く音を作り…


〜♪


…綺麗な音だ。


フィンガーピッキングの柔らかな音がしっかりと出る…。


もう少しひずめて、ピッキングで試してみよう。










ふと気がつくと、窓の外はすっかり闇を帯びていた。


「やばい…ばあちゃんに殺される…!って…まだ居たんですか?」


視線の先では、桜さんが机に肘をつけながら笑顔で俺を眺めていた。


「まだいたのだよ、これが。」


「…暇ですね。何もおもしろいことなんてないでしょうに…。」


「そうでもないよ?とっても綺麗で聴いてて飽きなかった。」


綺麗?


俺の弾くギターが?


彼女はぐっと伸びした後、もう一度ニコリと笑った。


「音楽って音を楽しむって書くじゃない?」


「そんなの小学生でも知ってますよ。」


「それはそうだ!でもね、意外と難しいのよ。そんな単純な事が…ね。」


「…俺はそうは思いませんけどね。」


俺は音楽をするときに辛いと思ったことは一度もない。


機材を整理しながらそう言うと、彼女はクスクスと笑った。


「それはね、洸平君が音楽を愛してるからだよ。あんなに楽しそうにギターを弾いてる人、他に見たことないもの。」


「そんなもんですか?」


「そんなもんですよ。」


けど…それをいうなら…


「桜さんの歌は…俺のギターなんかよりずっと綺麗でしたよ。」


「………ありがとう。」


俺は何だか気恥ずかしくて、機材を片付け終わってもしばらく片付けているフリをしていた。


その時彼女から背を向けていたのは正解だったのかもしれない…。


彼女はとても悲しそうな笑みを浮かべていた筈だから。




「話はすんだか〜?」


「うわっ!」


突然の第3者の声に俺は思わず体を震わせた。


声のする方…入り口のドアの方を見やると、そこには童顔の先輩、瀬山零が立っていた。


「…零!?いつからそこに!?」


「ん〜…そこの後輩がギター弾き始めた辺りから。」


間違い無い…この人は…変態だ。


「零…悪趣味。」


「なんとでも言え。ってか二人の世界を造りまくってるてめぇらが悪い。」


今の発言も気にくわないが、それよりも問題があった。


俺は笑顔で瀬山先輩に近付く。


「先輩、よくも騙してくれましたね?校庭に埋まるのとプールに沈むの…どっちが良いですか?」


「どっちもごめん被るわっ!って…ラクガキの件はギターの試奏でチャラにしろ。」


む…そうきたか。


確かに良い時間をすごさせてもらったわけだし…。


「ちっ…。」


「舌打ちすな。というか俺から一つ提案があるんだが…。」


「あんたのことだから、またろくでもないことじゃないの?」


俺もそう思います。


と、瀬山先輩は椅子の飛び乗るといかにも尊大だと言わんばかりに大きくふんぞり返った。


そして高らかに宣言した。




「皆の衆、バンドを組むぞ!」




「「は?」」


僕と桜さんは同時に固まった。


「一応聞くわね?誰が?」


「お前ら二人と俺、後はもう一人のメンバー候補の四人でだ!」


俺はなんとか思考を開始した。



…思考中。



停止。


ダメだ…訳がわからない…。


桜さんも、ため息をつきながら目を伏せている。


「ちなみに桜、お前は俺の幼馴染みだから辞退は不可だからな。」


「わけわからない理屈やめてよ!」


幼馴染みですか、そうですか、こんな変態と一緒に育ってきたとは、本当にご愁傷様です。


「では俺は用事がありますので…」


「まてや後輩。」


帰れなかった。


「なんですか…?俺早く帰りたいんですけど。」


「バンドはなぁ、女にモテるぞ?」


「興味無いですから。それでは。」


俺がドアに向かおうとすると、シャツの袖が誰かに掴まれる。


「…桜さんまでなんですか…?」


「私を一人にしないで…。」


桜さんは俺のシャツを掴みながら、悲痛な面持ちで呟く。


…あぁもう…!


どいつもこいつも…!


「…わかりましたよ…。話を聞くだけですよ…!」


俺はため息と共に呟いた。


はっきり言おう、女の上目使いは凶器…いや兵器だ。


結局俺は女に興味深々だったりするようだ…。


マヌケだな、まったく。

デビット・ボウイ→イギリスを代表するロック歌手。俳優もやっている。20世紀を代表するロックスター。


カジノ→エピフォン社製のセミアコースティックギター。ビートルズが仕様したことでも有名。エピフォンのセミアコは値段の安い物でもとても良い音を出します、オススメです。

(作中のカジノの値段は30〜40万円程)


マーシャル→マーシャル社製のアンプのこと。


シールド→機材を繋ぐケーブル。


今回皆様からたくさんの応援メッセージを頂きました!

本当にありがとうございます…!


メッセージの中で何人かの方に音楽の描写に関する質問を頂いたので、この場を借りてお答えさせてもらいたいと思います。


俺は専門的に音楽をやっています。

もちろん物語はフィクションですが、音楽に関する描写では俺から見た音楽感や、音楽の好み等が深く反映されています。


出来るだけ皆様がイメージがしやすいように工夫はしていきますが、なにぶん音楽はあまりにも抽象的なものなので、必然的に専門的な用語も出てくるかと思います。

そういった単語が出た場合、後書きで補足説明をさせて頂いておりますが、わかりにくい部分や単語も多々あるかと思います。

そういった場合、メッセージを頂ければ補足説明を追加させて頂きますので、その際はよろしくお願い致します。



これからも一所懸命に書いて行きますのでどうぞよろしくお願い致します!


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