1-3 移転
大樹視点です。
ご注意ください。
「大樹、ここの駅。」
「ん、ああ。」
俺は雪に促され荷物を掴むと、席を立った。
高校の最寄り駅とは違い、比較的人の利用も少ない駅だった。
俺達双子が此処に居る理由、兄貴と暮らす為だ。
兄貴といっても義理のだが…。
ある日の事だ、『新婚旅行に行く!』と親父と母さんが言い出した。
それはそれで驚いたが、驚いたのはその後の母さんの言葉だった。
『つーわけであんた達、帰って来るまで洸平の所に行きなさい!』
ボーゼンとした。
洸平…2歳年上の、俺の義理の兄。
彼とは一度だけ、俺が小学5年の頃突然親父に連れて行かれた田舎で会った。
あの時最初は婆ちゃんにでも会いに行くのかと思ったが、行き掛けの電車で『お前達には兄さんがいる。』と聞かされ混乱したのを覚えている。
いつもと違い緊張した親父の様子に怖い人なのかと思ったが、そこに居たのは黒髪に綺麗な顔をした中学生ぐらいの少年だった。
しかし彼は、親父が『君の父親だ。』と名乗ると突然表情を変えた。
とても冷たく…怒りに満ちた目だった。
その後の事は怖くて良く覚えていないが、俺は兄にとても無神経な発言をしてしまったこと。
そして、帰りの電車で親父と雪が泣いていたのだけは…鮮明に覚えていた。
「はぁ…。」
俺は今日何度目かの溜め息を吐いた。
「どうしたの?大樹。」
俺は雪を見た。
雪は相変わらず涼しげな顔をして歩いている。
「どうしたのって…お前、怖くねぇの?」
「怖いって、何が?」
「兄貴に決まってるだろ?」
雪は少し考える様にうつ向いていたが、直ぐに平然とした(元々無表情なんだが)顔を見せた。
「全然。」
「はいはい…そーかよ。」
俺はまた溜め息を吐いた。
兄貴が離れて暮らしていた事情を知っている今、本当に会い難い。
数年前に母さんが一緒に暮らそうと誘った時にも、彼はそれを断ったそうだ。
「それってつまり会いたくねぇってことじゃん…。」
俺はまた一人溜め息をついた。
駅から10分程歩いた所で、雪がふと足を止めた。
しきりに手元のメモと辺りの景色を見回してる。
あのメモには兄貴が住むマンションの住所が書かれている筈だ。
「どうした?迷ったか?」
「…いや、着いた。このマンション。」
俺は心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
こんなに早く着いてしまうとは…。
「あー…雪。とりあえずコンビニでも行って何か買ってこねぇか?」
「どうして?お土産なら買ったよ?」
「い、いや。暑いからさ、アイスでも買ってった方が喜ぶんじゃねぇか?」
「それなら荷物を置いてからでいいよ。」
雪はスタスタとマンションに入って行く。
俺は心の準備もまだなのに…あいつはどんな神経構造してんだ?
「ま、待てよ!」
俺は急いで雪の後を追い掛けた。
中に入ると、雪は既にポストを眺めていた。
「あった、505号室。」
九条…。
母さんの旧姓だ。
やはり兄貴は俺達のことを憎んでいるんじゃないだろうか?
更に会いづらくなった…。
俺は雪と共にエレベーターに乗り込んだ。
ウィーン…
エレベータが上がる音。
俺は緊急停止ボタンを押そうとする思考を、根性で押さえ付けていた。
「大樹、大丈夫だよ。」
「…何がだよ?」
「あの人は、とても優しい人。」
「なんでんなことわかんだよ?」
雪は滅多に見せない笑顔を見せた。
「なんとなく。」
チンという安っぽい音と共に、ドアが開く…が。
「起きろコラァ!!居るのはわかってんだぞ!」
ドンドンドン!
スーツを着た男がしきりにドアを叩きながら怒鳴っている。
「うわ〜…なんじゃありゃ?借金の取り立てか?…ってオイ!雪!?」
俺が影からその様子を伺っている間に、雪はスタスタとそのスーツの男に向かって歩いていっていた。
「起きろっつってんだろボケナス!!」
スタスタ…
直も叫び続けるスーツの男、それに近付く雪。
俺は混乱する頭を押さえ、雪を追い掛けた。
「話し掛けんなよ?頼むから…。」
後数メートルで雪の肩に手が…
「あの。」
「ん?なんだ、譲ちゃん。今忙しいんだが。」
くそっ!あの馬鹿、話し掛けてしまった!
「ここの人、今留守なんですか?」
「いや、居るんだが寝てて電話も出ねぇんだよ。…って譲ちゃんここのヤツの知り合い?」
知り合いじゃない知り合いじゃない!!!
「妹です。」
うがぁああ!
何言ってんだ!?あいつは!
んなこと言ったら内臓を担保に借金返済の肩代わりさせられる…って。
『はぁ!!??』
俺とスーツの男は同時に叫んだ。