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5-5 黒髪の乙女

洸平視点。

ハラリ……ハラリ……


紙を捲る音。


なんて懐かしく…優しい音。


僕はその心地好い調べを確認するかのようにゆっくりと目を開いた。


軽くぼやけた視界に入るのは、艶やかな長い黒髪をした女の子。


「さ…くら…?」


小さく呼び掛けると、彼女は本を捲る手を止め、軽く微笑んだ。


「起きた…?」


「………。」


「顔、洗った方が良いよ。」


その言葉に僕は一気に意識を覚醒させた。






僕は彼女を抱き締める。


柔らかい黒髪が耳に触れる感覚が…愛しい。


「またラクガキしたんですか…貴方は…。」


「えっ…?私じゃ…」


「その言い訳はもう通用しませんよ。」


僕は思わず笑った。


この人相変わらず…いや、そんな筈は…彼女は…桜は…






「お兄ちゃん…?」


「!!!???」


僕はあわてて彼女から…雪から離れた。


雪は顔を赤くしてうつ向いている…僕ってヤツは…!


「いや、違うんだ!本当に!ごめんなさい!」


「………。」


「いやっ!そのっ!寝惚けてたっていうか…!下心はなくってだな…!」


必死に頭を下げる。


…いきなり抱きつくなんて…ただの変態じゃないか…!


クソッ…なんてことを…


「ぷっ!」




「へ?」




僕が顔を上げると、雪は顔をそらせて肩を震わせていた。


「ゆ…雪?」


「ぷっ…あははははは!!」


直後雪は大声を上げて笑い始めた。


…雪の爆笑…天変地異の前ぶれか…?


「あの〜…雪…?」


「はぁ…はぁ………お兄ちゃんが…ごめんなさいって…ぷっ…あははははは!」


………。


なんだ…そういうことか…。


「僕が謝るの…そんなに珍しい?」


「うん。」


「ずいぶんハッキリ言うね…。」


まるで僕がプライドの塊みたいじゃないか…。


まぁ抱きついたことは忘れてもらえそうだし、とりあえずは良かった…かな。


「ところでお兄ちゃん。」


「ん?」


僕がふと顔を上げるとすでに雪はいつもの無表情に戻っていた。


切り替え早いな…。









「さくらって…誰?」









変な汗をかいてきた…。


別に後ろめたいことなんてない筈なのに雪の目が見れない。


「さぁ…誰だろうね。」


「とぼけないで。」


言いたくない。


それは過去を他人に言うのが嫌だという意味とは別に…雪に桜の話をするということに、体が拒否反応を示す。


「…その人と私を間違えたんでしょ?」


「違うよ。」


「違くない。」


いつの間にか雪は僕が座るベッドの前まで来ていた。


何故こんなにも突っ込むのか…。










しばらくの沈黙の後、僕が出した結論は…


「いちいち…言わなきゃいけないのか?」


「…っ!」


拒絶だった。




「…ごめんなさい。」


「………。」


雪は小さく呟く。


心なしか震えて聞こえたのは、僕の気のせいであって欲しい。


「…ご飯出来てるって…おばあちゃんが。」


「…わかった。」


雪はそれだけ言うと足早に部屋を出ていった。








「はぁ…。」




自然に出る溜め息…。


結局…何がしたいんだ…僕は。


過去に捕われて、雪を傷つけた。


言葉にすればそれだけだが…


「くそっ!」


窓を開けて、煙草に火をつける。


数年前までは砂利道だった家の横の道路は、いつの間にか舗装され、整ったコンクリートロードになっていた。


…こうして街は変わって行くのに、僕はいつまでも変わっていない…。


あの日から、止まったままだ…。


『雪ぃ!!てめぇ!何しやがった!沙世から帰ったら話があるってメールが来たんだが!?』


なにやら下が騒がしい。


大樹…また何かしたのか?


僕もそろそろ…


「おい、ねぼすけ。」


僕はいつの間にか部屋の入り口に立っていた先輩をジト目で睨んだ。


相も変わらず神出鬼没な人だ…。


「…先輩…。いつからそこに?」


「泣きながら部屋から出てきた雪とすれちがった後ぐらいからかな。」


「………。」


なんという最悪のタイミング…というかやはり雪は泣いていたのか…。


くそっ…最悪だ…!


「で、何があったんだ?ついに襲ったか?」


「んなわけないでしょ、センスのない冗談はよしてください。」


「ん〜?あながち冗談ってつもりでもなかったんだがな。」


何がどうしたらそうなるんだ…この人頭の中にうじ虫でも沸いているのか?


「いやさ、お前、雪のこと好きだろうよ?」










は?










「言い方が悪かったか…気に入ってるって言った方が良いか。今は。」


「…自分で何言ってるのかわかってますか…?」


僕はこみあげる感情を抑えてなるべく冷静に問う。


先輩はそんな僕の感情を知ってか知らずか、ケラケラと笑っている。


「お前が女をガチで相手にしてるなんざ数年ぶりだからな。」


「それは…」


「妹だから…ってのは無しだぜ?所詮は他人だ、わかってんだろ?」




黙れ…!




「しかし俺も最初お前から話を聞いたときには驚いたな。お前が『あいつが僕をからかってくるんです…』なんてため息吐いてた時はそれこそ何の冗談かと思ったぜ。」




止めろ…!




「まぁ会ってみたら納得したけどな。」




ヤメロ…ヤメロ…ヤメロ…!!




「あいつ、桜にそっくりじゃねぇか。」


ガンッ!!


僕は椅子を蹴って立ち上がると、先輩の胸ぐらを掴んだ。


「ふざけるな!!あいつは…雪は僕の妹だ!義理とかそんなの関係ない…ようやく出来た家族なんだ!あいつが桜に似てるとか、そんなこと関係ない!!」




衝撃。



頬に響く激痛で自分が殴られたのだと気付く。


殴ってきた相手…先輩は、冷たい瞳で僕を見下ろしていた。


「ナマ言ってんじゃねぇこのウスラボケが!!!」


………。


「大体てめぇは都合良いんだよ!中坊ん時は桜が居た。俺や、啓太郎や、涼ちゃんも、九条のばあさんも居た。そんな仲間に支えられてた癖に、勝手に一人で生きてる気になって大樹と雪を拒絶した。それがどうだ、上京して、一人になった時にあいつらが来て、受け入れて…正直気分良かったんだろ?自分の傍に誰かがいるってのがなぁ…!」


「違う…そんなんじゃ…」


「はっ!!違うわきゃねぇだろうが!!しかも今ここでわかったぜ…てめぇが雪に桜を重ねてるってことがなぁ!!そうだろコラ…!」


…全部…その通りだと思った。


胸が痛い…けど、そんなものは些細なことだ。


僕は僕の自己満足の為に大樹を…雪を利用していた…そのことに比べれば…何もかも、小さい。


「雪は気付いてるさ…あいつは俺なんかよりずっと頭が良いからな。それでもあいつはお前に自分を見て欲しくて頑張ってんたんだ。」


「先輩…僕は…」


「俺にはどうしたら良いかなんてわかんねぇ…ただな、妹泣かすのは兄貴としちゃ最低だな…それに」


先輩は言いながら笑顔で僕の頭をポンと叩いた。


「顔にマジックつけてる兄貴もよろしくねぇ。」


「…書いたの先輩じゃないですか…。」


頬だってこの調子だと腫れてるはずだ…まったく、今鏡を見たら爆笑する自信がある。


さて、先輩のお陰で目が醒めた…。




「先輩。」




僕は欠伸をしながら煙草に火をつける先輩に話し掛ける。


先輩は目を細めて僕を見てきた。


「あんだよ…ありがとうとか言ったらもう一発殴るぞ?」


「違いますよ。」


僕はケラケラと笑う。


ありがとうなんてそんなの僕達の間には必要ない。


なんたって僕達は…親友だから。


「明日から、ちょっと付き合って下さい。いや、むしろ付き合え。」


「あん?…何にだよ?」


「過去の清算ですよ。」


僕は煙草の煙を吸いながらもう一度笑った。



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