5-4 猫好きと寝顔泥棒
雪視点。
「おばあちゃん、ジャガイモはどうきればいいですか?」
私は皮を切り、洗ったジャガイモを持ちながら小柄な後ろ姿に問いかけた。
「…お、なかなか早いじゃないか!関心関心。」
小柄な義祖母は、歳を感じさせない快活で若々しい笑顔を私に向ける。
今日の昼間、私達を出迎えるなり義兄と瀬山さんに『帰ってくんのが遅い!』蹴りを入れた姿などは義母さんにそっくりだった。
「後は野菜を切って煮るだけだからあたしがやるよ。」
「でも…」
「良いから良いから、雪ちゃんはあの馬鹿な孫達の様子を見てきて頂戴。」
私は義祖母に促されるまま、エプロンを外した。
「……げぇな、それ!」
「……っし!これから見に行くか!」
二階に上がると騒々しい話声が義兄の部屋から聞こえる。
まったく…長い車移動に関わらず元気でうらやましい…。
私が苦笑しながら義兄の部屋に近付くと直ぐに、部屋から勢い良く飛び出して人影にぶつかった。
「うおっ!?すまん、大丈夫か?」
「………。」
私は廊下で尻餅をつきながら、ジト目でぶつかってきた人影…瀬山さんを睨んだ。
と、そのすぐ後ろに大樹の姿も見える…。
私はため息を吐きながら立ち上がった。
「いや、本当にすまん。急いでてさ。」
「…大丈夫…それより…。」
急いでいる…ということは。
「…何処か、行くの?」
「まぁ、ちょっとな。」
瀬山さんは頬をかきながら苦笑した。
何だか怪しいが…まぁ良いか。
「零さん、時間時間!!」
大樹が瀬山さんを後ろから急かす。
「おう!んじゃな、雪。」
「…ご飯は?」
「九条のばあさんには遅くなりそうだったら連絡するって伝えといてくれ。行くぞ、大樹!」
そういって瀬山さんは風のように走って行く。
その後ろを同じく風のように着いて行く大樹の姿を見送ると、私はもう一度深くため息をついた。
いつの間にあんなに仲良くなったのやら…いや、まぁ似たもの同士だから不自然でもないか。
そういえば義兄の姿が見えない…まだ部屋にいるのだろうか?
私は部屋の中を覗き込んだ。
と、暖かい風と畳の臭いが鼻孔を擽る。
「…お兄ちゃん?」
茜色差し込む部屋の中、義兄はベッドに横たわっていた。
ダンボールが乱雑に散らかる室内で、規則正しく寝息をたてる姿が何故かとても可愛らしく見え、私は思わず微笑んだ。
ふと、床に散らかった様々な兄の私物に目をやる。
「………。」
…これは…店のチラシ?
かなりの年月を感じさせる…。
『元祖猫耳喫茶にゃんだふる』
何故こんなものが義兄の私物の中に…?
いや…それに関しては後で追求させてもらえば良い。
それよりも、気になる文がいくつかある…私はもう一度チラシに目を通す。
多少色が薄くなって見にくいが、可愛らしい女の子が猫耳をつけた写真が写っている。
「…お兄ちゃん…こういうのが好きなのかな…?」
今度お店を見に行ってみようかな…。
そんな事を考えながら紹介文を読み進めていくと、事態の確信に迫る文を見つけた。
『18時よりサービスタイム!貴方のお越しを待ってるにゃん♪』
現在の時刻…17時半。
なるほど…あの二人が急いで何処に行こうとしてたのかようやくわかった。
私はおもむろに携帯を取り出す。
宛先:金田沙世
件名:報告
うちの馬鹿が猫耳喫茶なる店に向かいました。
18時よりタイムサービスだそうです。
送信。
仕事を終えた私は、チラシを元の場所に戻し、ベッドの横の椅子に腰を下ろした。
さて…たっぷり義兄の寝顔観賞を…
「…!!??」
何故義兄の顔に落書きが!?
…こんなことをするのはあの人ぐらいか…私の寝顔観賞を見事に邪魔してくれた…。
が、落書きされた顔を見るのも中々良いかもしれないと思い立ち、私はジッと義兄を見つめた。
数分後、金田さんから『報告ありがとう。始末します』という端的で、なんとも恐ろしいメールを受けてからは何もすることが無く、結局本の続きを読んで暇をつぶしていた。
義兄が寝返り打つ度、寝事を呟く度、文字を読む目が止まる…。
そんなことを繰り返していくうちに気付いたのは、義兄が近くに居るというだけで、私はその本の内容が頭に入らない程ドキドキしているということ。
「病気…かな…?」
私は内容を理解するためにページを遡りながら呟いた。