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5-3 選ぶべき道

瀬山零視点。

窓から西日が差し込む畳6畳分程の殺風景な部屋。


俺は壁に寄りかかり、すやすやと気持ち良さそうな寝息を立てる洸平を眺めていた。


「…ったく、やっぱり寝ちまいやがった。」


簡易な組み立て式のベッドに寝転がる洸平…金混じりの黒髪がその端正な顔を撫でるようにそよいでいる。


寝ても絵になるとは…相変わらずムカツク野郎だ…。


「………。」


よしよし…あまりにもムカツクからちょっとイタズラをば…




まず髭…




でもって眉毛を太く…っと





「零さ〜ん、これどこ置けば…って、何やってんすか!?」


投げ掛けられた声に振り向くと、長身の赤坊主がダンボールを抱えながら部屋ドアの前に立っていた。


「…ん?あぁ、ラクガキに決まってんだろ。お前もやるかー?」


「後が怖いからやめときます…。」


…ヘタレめ…。


「ってかコイツの荷物の整理してんのに寝てるコイツが悪いんだっての。」


言いながら洸平の頬に水性マジックを走らせる。


今俺たちが整理しているのは、もともとこの部屋にあり洸平が上京したときに持って行った家具や日用雑貨類だ。


マンションに物が増えたから実家に戻したいとコイツが言ったから、わざわざ機材輸送用の中型車を高嶋さんから借りてまで運んで来たってのに…。


「良いご身分だなぁ、お前なんか…こうして…こうだ…。」


「うわ…俺…知らねぇ…。」


よ〜し、随分とハンサムになったじゃねぇか…満足満足。


俺は立ち上がると改めて部屋に乱雑に置かれたダンボールの整理を開始する。




手近な物から包装を解いていく…と、さまざまな物が入っていた。


その中に懐かしい物を見つけ、思わず手にとる。


「…おっ!!マジかよ、すげぇなぁ!!」


「…なんすか、それ?」


大樹は俺の手のソレを怪訝そうに見つめる。


俺は手のソレを高々と掲げる。


「聞いて驚け!!これは俺らの初ライヴの時に客から投げられた空き缶だ!」


大切そうにビニール袋に入ったその缶は既に風化し、錆び付いていたが、なんとかその形を保っていた。


「零さん達も空き缶とか投げられたことあるんだな?」


「まぁな〜。俺ら敵多かったし、なにより演奏があまりに酷かったからな。」


あのライヴは数ある俺の音楽人生の中でも最低で、最高なライヴだった。


音楽でメシを食ってる今だからこそあの頃の俺達を羨ましく感じる。


不必要に音量を上げ、音作りなんてお構いなし、騒音とすら言える汚い音をただがむしゃらにかき鳴らす…飛び交う罵声に帰りだす人々…それでも俺達だけ楽しければ良かった…。


ああ…若いって良いなぁ…。


「それにしても…なんでそんなもんとっておいてるんすか?記念とか?」


「あ〜…たしか洸が『もっと上手くなってこの缶観客に投げ返す』って言い出してだな…。まさかまだ忘れてないとは…。」


思い出しながら軽く苦笑する。


「…兄貴…まさかまだ投げ返す気で…?」


「…お前…もう充分すぎる程洸の凶暴さわかってんだろ?」


大樹は頬を引き吊らせながら苦笑する。


まぁこの間の騒動もそうだが、洸平も大樹には容赦しなくなってるからな…。


俺はダンボールの中から小さな灰皿を取り出すと、煙草に火をつけた。


「いいんですか?兄貴の部屋で勝手に…。」


「いいんだよ、ここは昔から喫煙可だったからな。」


紫煙を吐き出すと、それは部屋を橙色に染める窓へと吸い込まれていった。


大樹もそんな俺を見てか、壁に寄りかかり肩を回している。


「………お前も吸うか〜?」


セブンスターの箱を放ってみる。


大樹はそれを受け取ると、ため息交じりで俺と洸平を交互に見やる。


「なんで兄貴といい零さんと良い俺に煙草を勧めるんですか…?この際吸っちゃいますよ?」


「冗談だ、冗談。お前に煙草なんぞ覚えさせたら洸に殺されちまう。」


俺はケラケラと笑いながら再び紫煙を吸い込んだ。



と…自分の言葉に違和感を覚える。





大樹に煙草を覚えさせたら洸平に殺される…か。


初めて洸平と大樹と雪…この義兄弟妹を見たときは正直驚いた。


数年前以来…本当の自分を極力閉ざすになった洸平が、大樹と雪と暮らし始めてから…時に怒り、笑い、戸惑い…







「洸なぁ…初めてお前らと会った次の日、すげぇ機嫌悪かったんだぜ。」






「…は?」


俺は目を丸くする大樹をニヤケ顔で眺めた。


「俺は普通に声かけただけだってのに『うるさい』だとよ…仮にも先輩に向かってだ。ったく生意気なクソガキだよな。」


大樹は黙ってそれを聞いていた…未だに洸平に負い目を感じているのだろう…。


まぁ、だからこそ此所に連れてきたかいがあるってもんだが。


「んでな、その日の放課後に桜………ダチの一人がブチキレて、洸にビンタぶちかましたんだ。」


「………。」


「そしたら大喧嘩、二人して怒鳴り合い始めてな…。」


今思い出しても笑えてくる…真っ赤な顔をして怒鳴り合う洸平と桜。


結局洸平が言い負けて不機嫌の理由を話すはめになり、桜はそれを聞くなり泣きながら洸平を抱き締め、俺は苦笑しながらそれを眺めていた。


さんざん洸平にはムカツかされるは、くだらねぇ痴話喧嘩に付き合わされるは…最高に最悪な1日だったな。


「まぁ最終的には洸がお前らと会った事を白状したんだがな。」


「………。」


大樹はうつ向いたまま沈黙していた。


…純粋っつ〜のか、臆病っつ〜のか…まったく俺には理解できねぇな。


まぁコイツはコイツなりに複雑な境遇にあるわけだからな…負い目を感じるのも当然なのかもしれないが。


「不機嫌だった理由、わかるか?」


とにかく俺が唐突にこんな話を始めたまず訳を気付いてもらわねぇと話にならねぇ…が、このマヌケ面からして気付いちゃいねぇんだろうな…。


「ったく…お前もちったぁ雪を見習えよな。」


「…へ?」


「へ?じゃねぇっつ〜の…。」


正直こういう役回りはガラじゃないどころか、面倒臭すぎて普通なら犬猿する所なんだが…。








「洸はな、『後悔してるんだ』って…そう言ったんだよ。」







「…後…悔?」


「まだわかんねぇか…。」


肝心な所の鈍さは洸にそっくりだ。



「あいつは…家族ってもんがずっと欲しかったんだよ。」



大樹はじっと俺を見つめている。


俺は今更ながらにこんなことをウダウダと話している自分に疑問を感じながらも、言葉を続ける。


「本人は家族という言葉を嫌悪していたつもりだったんだろうがな…。あの日洸はお前の前で父親をこき下ろしたこと、雪を泣かせたこと、素直にお前らを家族だと受け入れられなかったこと…全部後悔してるんだって言ったんだ。」


「………。」


「んで最終的には『最初で最後のチャンスを潰したからもう家族なんて要らない』って言い出してな。あいつがお前らと会わなかったのはそのせいだ。」


俺は灰皿で煙草を揉み消した。


「なぁ大樹、どいつもこいつも馬鹿だと思わねぇか?」


「………。」


本当に馬鹿ばっかりでまいる…ちったぁ周りのことも考えろよな?


そこの赤坊主も、呑気に寝てるアホな後輩も。



「ただでさえお前らは出遅れてんだ。このままダラダラ『きょうだいごっこ』続けんのか、それとも『家族』になんのか…はっきりしろ。」


でないと俺も安心できねぇんだからな。


大樹は10秒程俯き、黙り込んだ後、大きく息を吸うと共に顔を上げた。







「…俺は…兄貴と家族になる!」








俺は笑いながら新しい煙草に火をつけた。


「その言葉、忘れんなよ?」


「もちろん!!」


真っ直ぐな眼しやがって…ちったぁシマリのある顔付きになったじゃねぇか。


おい、そこで寝てる我が後輩よ、お前の弟は覚悟を決めた…後はお前次第だぞ。




「今度は逃げるなよな…。」



俺は落書きされた洸平の額にデコピンをかます。


「っ…!!…………すぅ…すぅ…。」


「ふぅ…あぶねぇあぶねぇ…起きたらどうしようかと思ったぜ…。」


「じゃあやんなきゃいいでしょうが!!」







さて…これで大樹の始末は終わったが…


「…昼間の様子を見る限り…雪を連れてきたのは失敗だったかも知れねぇな…。」


「雪がどうかしたのか?」


「ん〜にゃ、何でもねぇよ。」


これ以上面倒臭い事にならなきゃ良いけどな…。


慣れない役はこれ以上は勘弁だぜ?

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