D-1 桜咲き、少年はまどろむ
本筋より7年前。
田舎…と言うべきだろう。
嫌、そう思わざるを得ない。
空気は澄み、野山はその形を綺麗に残している。
周りを山と畑に囲まれた小さな公立中学…そこに俺は今年入学した。
昼休み、美味くも不味くもない給食で安っぽい腹を満たした俺は、惰性に身を任せて屋上で昼寝をきめこんでいた…が。
うっとおしいセミの鳴き声と、嫌がらせをするかの如く強い陽射しが、中々寝付かせてくれない…。とクーラーの効いた音楽室での睡眠を思い付いたが…あそこは今日、3年が溜っているのを思いだし、候補から外した。
…他にクーラーがついている所で教師がいない所…。
「…図書室…。」
俺は屋上の給水塔から飛び下りた。
欠伸を押し殺しながら図書室の窓を調べる。
古い校舎だ…一つぐらい窓が壊れていたっておかしくない。
ガララ…
「おっ…ラッキー。」
「何がラッキーなのかな?」
突然目の前に顔が現れる。
顔…黒髪の女は楽しそうに笑っていた。
「………。」
俺はすぐさま踵を返す。
捕まるワケにはいかない…これでも優等生という役職で通ってるんだ…第一サボってたのが婆ちゃんの耳に入ったら…
「あー!ちょっと待って!私図書委員とかじゃないから!」
大きな叫び声に振り向くと、黒髪の女が窓から身を乗り出していた。
「…信用出来ない。」
俺が彼女に対して言えるのはそれぐらいだ。
彼女はいかにも呆れたといった様子でため息をついていた。
「あのさぁ…でなきゃ窓の鍵開けたりしないでしょ?私も同業…っていうかサボりなの。」
俺は体の向きを変えた。
「暑いから来たんでしょ?入りなよ。」
「………。」
信じる信じないは別として、彼女に誘われたという大義名分があればもし見付かってもいくらでも言い訳はきく。
それにやはり図書室の魅力は大きかった。
暑さには勝てないし…お言葉に甘えさせて頂くことにする。
「よっ…!」
俺は窓の縁に手をかけ飛び上がると、図書室の中に侵入した。
涼しい…。
俺は空気を逃がさないように直ぐ様窓を閉めた。
ふと女の方を見る…と、彼女はさもそこにいるのが当然かの如く椅子に座っていた。
…サボりにしては堂々としすぎだろ…。
「あらら、君一年生?悪い子だねぇ。」
彼女は僕の首にかけられたネクタイを見ながら言った。
この中学校では学年ごとにネクタイとジャージの色が決まっているのだ。
俺も彼女を観察する。
ネクタイは青…二年生か。
肩口まで伸ばされた黒髪、大きい瞳に白い肌。
俺はそこまで観察すると、すぐに手近な椅子をくっつけ始める。
「ん?君、何してるの?」
「寝る。」
「…なんというか…もっと私とお話ししたりしようかなぁ〜とか思ったりしないの?」
俺は椅子を繋ぎ合わせて作った簡易ベットに身を横たえた。
変な女…無視だ、無視。
「へぇー…無視するんだ。」
………。
「せっかくこんな可愛い先輩と仲良くなれるチャンスなのに。」
…………。
「歌でも唄ってようかなぁ〜暇だし。」
……………。
「るーるーるー♪」
「だぁっ!もう、静かにしてくださいよ!」
あんな周りで騒がれたら寝られる筈がない!
俺は女を睨んだ…が、彼女はにっこりと笑顔を浮かべている。
「あら、やっぱり私とお話したくなった?」
「んなわけ無いでしょう!?俺は寝かせてくれって言ってるんです!」
「新谷 桜。」
………は?
「私の名前。」
「…別に聞いてないんですけど。」
「君の名前は?」
この女は…何を言っても無駄なようだ…。
一番面倒なタイプだな…。
「九条…。」
「九条?」
「九条 洸平。」
俺はそれだけ言うと、再び椅子に横たわる。
なんとなく…気恥ずかしかった。
「ふむふむ…九条…洸平ね…。」
…どうでもいいけどブツブツと人の名前を呟かないで頂きたい…。
彼女は満足したのかそれ以上話し掛けては来なかった。
ひらりひらりと彼女が本を捲る音だけが響く。
その音に耳を傾けながらしばらく目をつむっていると、直ぐに睡魔がやってきた。
ここから数話ごとに過去話が挿入されていきます。
御了承下さいm(_ _)m