5-1 田舎へ帰ろう
洸平視点。
7月下旬。
太陽はますます凶悪さを増し、異常なまでに大量の紫外線を降らし続けている。
「………。」
僕は熱気燃えたぎる外界へと紫煙を吐きだした。
煙はその形を保たないまま後方へと消えていく。
開け放たれた窓から入る空気は生暖かく、煙草の力をもってしてもやはり僕の気分は晴れなかった。
もっとも不機嫌になる要素として上げられるのは、何も夏の日差しのせいだけというわけではない。
「すげぇ〜、もう畑ばっかだ!」
要素1、義弟。
やかましい。
「懐かしいなぁおい!見ろよ洸、もうすぐ市内に入るぜ!」
要素2、先輩。
やっぱりやかましい。
少しは運転に集中して欲しい。
「………。」
義妹…まぁ彼女は良い。
ただ車内で本を読んでると、目を悪くするぞ?
今の状況を要約すると…帰省中である。
もちろん僕や先輩の実家がある田舎にへ、だ。
何故関係の無い二人がついて来ているのか…
僕は事の発端、2日前の出来事を思い出した。
「ただいま。」
僕は開きなれたドアを捻った。
いつもどうりのライヴの後、高嶋さんとスケジュールの打ち合わせをし、深夜になってからの帰宅である。
と、本来ならついている筈の無い玄関の電気がついていることに疑問を感じる。
「…誰か起きてるのか…?」
いぶかしげに廊下を進むと、案の定リビングの電気もついていた。
…どうせ大樹が深夜番組でも見ているのだろう…。
「いつまで起きて…あれ?雪?」
リビングに居たのは以外にも雪だけだった。
薄黄色のパジャマ姿の雪は、眠そうに目をこする。
「お兄ちゃん…おかえりなさい。」
「あ…ああ。珍しいな、お前がこんな時間に起きてるなんて…。」
まさか僕を待って…いや、こいつは見た目通り規則正しい生活を志しているし、それはないな。
…だとしたら何で…。
僕は疑問を感じながらも、2つのコップにミネラルウォーターを注ぐと、相変わらず眠そうに目をしばたつかせている雪の前に1つコップを置く。
「ありがとう。」
雪は微笑む。
水一つでそんな良い笑顔を貰えるなら安いものだ。
「明日学校じゃないの?」
「明日から、夏休み。」
「あぁ…もう、そんな時期か。」
だから高嶋さんが一週間も休みをくれたのか…小学生の娘がいると言ってたからな。
月末からは鬼の様なスケジュールになるんだし、今のうちに家族サービスでもするつもりなんだろう。
「しばらくはのんびりできるな…。」
この一週間、たっぷりと休養を…
「うん。お兄ちゃんの実家、楽しみ。」
ぶっ!
水を吹いた。
ん?そら耳かな?
なんか変な単語が聞こえたような気が…
「おっ!兄貴、おかえりっ!」
いや、まさかそんなことはないよな?
だって僕はこの一週間オフをたっぷりと寝て過ごすんだから。
「ん?洸か。」
「………。」
僕は大きなドラムバッグを運んでいる大樹と…先輩を唖然として眺めた。
「早く準備しろよ、明日の昼には出発だからな。」
ブチッ
「今すぐ何がどうなってるか説明しやがれぇぇ!!!」
「はい怒らない怒らない。」
先輩はあやすように僕の肩を叩く。
僕は乱暴にその手を振り払うと、多少冷静になった頭を回転させ、尋問を開始する。
「…何故先輩が家に?」
「何故って…大樹達の準備を手伝いに来た。」
「手伝いって何の?」
「しばらく俺らの実家に泊まるから、その準備の。」
「何故僕に無断でそんな計画を立ててるんですか?」
「…ったく…質問が多いなぁ〜ぐはっ!いてぇな!殴んなよ!」
「いいからあんたは説明だけしてください。」
「ふぅ…。」
回想を終え意識を戻すと、だんだんと見慣れた景色が目に入ってくる。
約二年ぶりの帰省…予想以上にここは変わらないな…。
それにしても…大樹達が着いて来ているのは…まぁ母さん達から頼まれているわけだし仕方がないといったら仕方がないのだが、先輩があいつらを積極的に連れてくる程気に入っていたのは予想外だった…。
いや、あのずる賢い先輩のことだ、何やら思惑があるのやもしれないが…
「どうだ?洸。」
先輩は僕がボーッと外を眺めているのに気付いたのか、シニカルな笑みを浮かべて僕に話しかけてくる。
「…まぁ、正直感謝してますよ。随分と強引でしたけどね。」
先輩はそれを聞くと、ケラケラと笑った。
「こうでもしなきゃお前ずっと寝てるしな。また忙しくなって行けなくなるのもだりぃし、大樹達も連れて来たかったからな。」
やはり腐っても先輩…僕の特性を良く理解している上に、中々に策士だ。
昨日のことで言えば、必死に計画を止めようとする僕に、雪をけしかけてきた辺り先輩の狡猾さが見てとれる。
…雪に『一緒に行っちゃ…ダメ?』などと上目使いで言われれば、僕が断われる筈ないからな…。僕はそこで再び窓の外へと視線を戻す。
二年ごしに見るこの町は、前よりもちっぽけに見えた。
「ただいま…。」
時折鼻に届く青臭い香りに、僕は思わず呟く。
感傷的とまでは言わないけれど、僕は何かせつない気持ちを感じた。
「う〜し!とりあえず洸んちに挨拶に行くか!」
「兄貴んち!?」
時折耳に入る談笑に、少しだけ感謝する。
もし一人でいたなら…確実に何かえたいの知れない感情が溢れだしてしまいそうな気がしたから。
5話、開始です。
今回は洸平、零の過去や、雪の想いが中心になっていきます。
最近私生活が忙しく、更新が遅れることもありますが、どうぞお付き合い下さいm(_ _)m