4-10 不器用な人達
大樹視点。
非常に長いです、ご注意下さい。
「…ったく、なんだかんだ人使い荒いよなぁ〜兄貴も…。」
兄貴に買い物を命じられた俺は、コンビニのレジ袋を片手に、夕日に包まれた街を歩いていた。
言われたことは二つ。
『牛乳、ミネラルウォーターを買ってくる』
『近所の公園に寄ってくる』
一つ目は…まぁなんの疑問もない。
牛乳は今日俺が飲みきってしまったばかりだし、兄貴はミネラルウォーターを好んで良く飲んでいる…が、二つ目は?
何故わざわざコンビニと逆方向の公園に行かなくてはならないのだろう?
もっともあんなことがあったばかりで俺は兄貴に頭が上がらないわけだし…従うしか無いのだが。
「…やっぱ何もねぇじゃん…。」
オレンジがかった公園は確かに風情があるが…別段変わったことは見当たらない。
「西河。」
………幻聴か?
いや、幻聴で無ければおかしい…あいつがここに居る筈がない。
「…ちょっと…。」
にしたって、俺は自分が思っている以上に純情少年のようだ…幻聴を聴くほどにまであいつの…金田沙世のことを考えているのだからな。
「ねぇってば!?」
兄貴の言葉じゃないが、若いって良いな。うん。
「無視すんなぁ〜!!」
ゴンッ
「っ!?」
後頭部を激痛が襲う。
まだ日の高いうちから殺人事件でも起こす気か!?
「何しやがるっ!!…って…金田!?」
嘘だろ…?
俺は思わず絶句した。
振り向いた先には拳を固めた…金田沙世が立っていた。
「………。」
「………。」
キィーキィーとブランコが揺れる音だけが空間を支配する。
5時の鐘が鳴り響き、遊んでいた子供達も段々と少なくなってきた。
俺と金田はベンチにただ腰を下ろしてした。
「…あのさ。」
先に口開いたのは…俺だ。
「なんで、ここに居るんだよ?」
本当は最初に聞くべきだったこと。
何がなんだかわからないままにここに座らされている俺としては、是非ともお答え願いたいところだ。
「君に会いに来たんだよ。」
「…いや…それはわかるが…なんで…?」
口どもる。
別にこいつは当たり前の事を言っているだけなのに…恥ずかしながら、俺はその言葉だけで舞い上がってしまっていた。
相当な重症だよ…自分でも思う。
と、呆れたようなため息が俺を現実に引き戻す。
「君が馬鹿で鈍感で変人だから私がわざわざここに居るんじゃないのさ…。」
はい、浮かれモード終了。
「…んだよ、んなこと言うためにわざわざ来たってのか?」
「…はぁ…これだから君は…。」
だからなんだってんだよ…。
金田は再びため息をつく。
「昨日…私がなんで怒ってたかわかってる?」
昨日?
…そう言えばなんか知らんが追い出されたんだっけか。
あん時は確か…金田が寝てて、弁当食って、千里さんが来て、金田が起きて…
「さっぱりわからん。」
「はい、不合格。じゃ、次に君が放送室に来たときのことを思い出して。」
「はぁ!?」
おいおい…なんの羞恥プレイだ!?
告白したやつの目の前で、その告白を思い出せと!?
「いいから、早く。」
くそっ…あん時は確か、男子生徒どもに水ぶっかけて、逃げ場がなくて放送室に…で、金田が妙に優しくて、金田が泣きながら俺に…
「…千里さんが好きなのかって…。」
俺は金田の方を見た。
恥ずかしげに笑うその頬は茜色に染まり…いや、あるいは夕日がそう見せていたのかもしれないが、俺にはその笑顔が重要だった。
「私も君のことが好きです。西河大樹君。」
次の瞬間、俺は金田を抱きしめていた。
嬉しい…心から。
ずっと待ち望んでいた答えが…こんなにも良い答えだったなんて…。
「ちょ…!いきなり大胆過ぎない!?」
「わりぃ、歯止め効かねぇ…。」
俺は先ほどより強い力を込めて抱き締める。
「…く、苦しいんだけど…。」
「わ、わりぃ…。」
しばらくお互いの温もりを分かち合う。
買い出し中にも関わらず不謹慎かもしれないが…今ぐらいは許してもらわないとな。。
「ねぇ?」
「ん…?」
金田が不思議そうに俺を見上げる。
「…さっきから何か聴こえない?」
「…そうか…?」
「うん…綺麗な重低音が…。」
〜〜〜♪
徐々に俺の耳にも入ってくる…。
恐らくウッドベースの音…嫌な予感が…。
………いや、勘違いだろう…あの人は帰ったわけだし。
〜〜〜♪
それにかぶさるように入ってくるアコースティックギター。
フィンガーピッキング独特の滑らかで叙情的な音が、淡々と流れるベースの進行を土台にして一気に深みのある音楽を形成していく。
そして微かに聴こえるタンバリン…とってつけたようだが、しっかりとリズムは刻んでいる。
全体としてはなかなか…いや、かなり上手い…
「…ま、まさか…!!」
「ん〜?どしたの?」
俺の胸の中で惚けた呟きを漏らす金田…とてつもなく可愛いが、今はそれどころじゃない。
俺は音のする方…公園の入り口を睨んだ。
期をてらったかのように止まる演奏…そして…
「茜巡る公園
揺れたブランコを飛び降りて
足首を痛めたよ〜♪」
下手くそな歌を歌いながら突如公園の入り口から現れたのは…ブルドッグのお面を被った男。
重たいだろうに…ウッドベースを抱えながらの登場である。
「き、きしむ身体
涙などいらない
ど、同情するなら金をくれ〜…♪」
次に現れるはウサギ面を被った女。
タンバリンを抱え、もはや聞き取れない程小さな声でボソボソと歌を歌っている。
しかし…だ、このまま順当に行ったら…。
「今日も独りきり
夕闇が頬を撫でても
もう立つことすら叶わないの〜♪」
いやいや!!!
貴方は本気で歌ったらあかんでしょう!?
その凄まじい歌唱力は、もはやそんなハムスターのお面じゃごまかせねぇよ!?
変態三人衆は俺達の前に並ぶと、謎のポーズをとる。
「俺は孤高のベーシスト、ブルドッグ・ゼロ!!」
『零』とかけてるつもりか…?
「わ…私は…ウサギン・スノウ…。」
ってかお前は何故これに参加しているんだ!?
恥ずかしいなら断れ!!
「そして僕はひょっとこハム次郎っ!!」
あんたは名前を統一する気無しか!!
第一あんたはそんなキャラじゃなくねぇ!?
「僕達の音楽が鳴り響く限り、この公園でいちゃつく事は許さない!!!」
俺と金田、そして変態集団は無言で見つめ合う。
静寂…。
はっ!落ち着け俺!
状況整理。
ひょっとこハム次郎…もとい兄貴が何の策も無しにこんな訳のわからないことをするか?
否…兄貴らしくない、恐らく狙いは他にある筈!
「…ふっ、ようやく気付いたか。」
ブルドッグ・ゼロ…零さんが不適に笑う。
俺はとっさに金田を後ろへと匿った。
「いったい何を企んでやがる!?」
「ふっ…。何故俺が一時間も早く洸…ハム次郎の家を出たと思ってる?」
あの言い方ではウッドベースを用意してたってだけじゃないだろうな…いったい何を?
「とうっ!!」
「………。」
突然零さんが脇の草むらに飛込む。
それと同時にウサギン・スノウ…雪が別の草むらに入りこんで行く。
それを見届けた兄貴は、小さく腕を組む。
「…さて、大樹。これを覚えているかい?」
そういって兄貴は脇に鎮座したギターケースの中から黒いバッグを取り出す。
あれは…前に俺がいじくって兄貴に怒られた…
「おいおい…。」
バッ…
雪が草むらから真っ白い布を引っ張り出してくる。
それと同時に零さんが居なくなった方の草むらから、細長く…光が飛び出した…。
「んなアホな…。」
思わず呟いた。
目の前で行われ始めた映像投影…わざわざプロジェクターを持ち出してきたってのか?
「よし…ブルドッグ・ゼロ。お願いします。」
「了解!」
「「………なっっ!」」
俺と金田は同時に叫んだ。
白い布に写し出されたのはベンチに座る二人の男女…。
ついさっきの俺と…金田だ。
「わざわざ撮ってたってのかっ!!??」
「と、止めて下さい!!」
「ん〜?一説によると、昨日の事件って君達二人の痴情のもつれが発端だったらしいじゃないか。」
まぁ…金田が俺と千里さんとの関係を誤解して喧嘩のようなものをしなければ、俺もあそこまで暴れることはなかったのかもしれない…。
いや、そりゃあまぁ…金田のせいと言ってるわけじゃないんだ、結局あれは俺一人の責任な訳だし。
………ってか兄貴よ!何故事情を知ってるんだ!?
「あれは俺一人のせいだろ!?金田は関係ねぇんだから映像止めてくれ!」
「………別に良いよ。」
「マジで!?」
なんでこんな簡単に!?
「ただし…この騒ぎを止められたらね?」
そこまで言われてようやく気付く。
…何だ…この人達は!?
「なになに〜。」
「なんかここですごい変な格好して、ライブやってる人達がいるんだって!!」
「さっきの歌、上手くなかった?」
あはは…あはははは!
そうか、それが本当の狙いだったんだな?
あれだけ目立つ格好で歌ったり、弾いたりしてりゃそりゃギャラリーも集まるわ!
「いやぁ、皆さん!今日は我々のストリートライヴに起こし頂きありがとうございます!」
続々と集まる数十人のお客に向かって、零さんが高らかに宣言する。
なんという場慣れした…はぁ、そういえば本業だったな…。
さらにいつもは言葉少なな兄貴が口を開いた。
「まず今日は…ここで誕生した若きカップルを祝福したいと思います!」
…なんですと?
俺と金田はプロジェクターで投影された映像を見ながら呆然とした。
白い布の中では今正にに、俺達は抱擁を交しているところだった。
「うおお〜!兄ちゃん、やるじゃねぇか!」
「きゃ〜!素敵〜!」
「ただでさえ暑いのに…ちくしょう!幸せ分けろ〜!」
何故か沸き立つ観客達…。
とてつもなく恥ずかしいが…不思議と悪い気分ではなかった。
「………。」
ふとシャツの裾を引かれ、後ろを振り向く。
「金田…大丈夫か?」
「…うん。恥ずかしいけど、嫌じゃないよ。」
金田は頬を赤く染めながら笑う。
ここで怒り散らして帰れたらどれだけ楽だろうか…だが、もう俺達はそんな事さえ考えつかなかった。
拍手を向けてくる観客と、暖かい目で(お面をつけているので正確にはわからないが、俺にはそう感じた)俺たちを見守る兄貴達を見ていたら…不思議と今の状況が嬉しいとすら感じてきた。
…本当にただじゃ終わらせない人達だ。
「さぁて!いちゃつくカップルに負けてらんねぇぞ!?!」
零さんは突然ウッドベースを掴むと、ラリー・グラハムばりにスラップをし始める。
それに呼応するように兄貴がギターを掻き鳴らし、雪も控え目にタンバリンを叩き始めた。
「…大丈夫か?」
「………。」
あの突発的なライブイベントを途中で抜け出した俺達。
そのまま俺は金田を送るべく駅へと歩いていた。
「…金田?」
「………。」
「………沙世?」
「…っ!!!!」
一気に顔を赤くする金田。
「なんでいきなり!!」
「嫌か?」
「嫌…じゃないけど…。」
それでは遠慮なく沙世と呼ばせていただく事としよう…。
「それで…沙世。」
「ん…?」
「…本当…ゴメン…。」
俺は頭を下げた。
一番言わなくてはいけないこと…今回は兄貴にしては悪ふざけが過ぎていた。
俺一人にならいくら何をやったって構わないが、無関係の沙世には…辛い事だったんだろう…。
「良い、お兄さんじゃん。」
「え?」
深々と下げていた頭を上げると、そこには優しげに微笑む沙世の顔があった。
「不器用で乱暴だけど…大樹におめでとうって言ってたんじゃないかな?」
「………。」
「もちろん、恥ずかしかったけどさ…すごく楽しかったよ。」
俺は…そっと沙世の手を握った。
「ずっと今が続けば良いな…。」
本心からそんな言葉が零れる。
…そりゃあまぁ兄貴と住み始めてから、色々トラブルばっかりだが…そんな日々が、今はとても嬉しかった。
「ところでさ、君のお兄さんの声…D.C.Wのヴォーカルに似て…」
「ほぉら!!!沙世、駅に着いたぞぉぉぉぉ!!!!!!」
この後10分間、俺は沙世の質問を誤魔化し続けた。
※スラップ→日本ではチョッパー奏法とも呼ばれる、親指で弦を弾くように叩いて音を出すベースの奏法。コントラバス(ウッドベース)とエレキベースでは若干弾き方が異なる。
ラリー・グラハム→ベーシスト。スラップ奏法を生み出したことでも有名。
4話、ようやく終了致しました。
ちょっと大樹に頑張ってもらう筈が、あれよあれよという間に、色々と大変な事件へとなってしまいました。
自分でもここまで長くなるとは…予想外でした…。
様々なご指摘や感想、応援、本当にありがとうございます!
どうぞこれからもお付き合いください!