4-9 気が付けば渦の中
金田沙世→西河雪→九条洸平の順に視点が変わります。
最初は金田沙世です。
「あの…西河雪さんですよね?」
私は帰り支度を整えている少女に話し掛けた。
「そうだけど、何か用?」
綺麗な黒髪、白い肌、綺麗な顔…本当に西河大樹とは似ても似つかない。
とりあえず話し掛けたからには何か言わなきゃ…!
「あの…元気?」
「…?うん。」
うぅ…どうしよう…!
何故話し掛けてしまったのか自分でも良くわからない…いや、わかっているけど…そんなのいきなり言うのもアレだし…。
とりあえず自己紹介でも、と顔を上げると、何故か目の前に西河さんの顔が合った。
「あなたが大樹に告白された人…。」
「………へ?」
一気に顔が熱くなる。
「なんで!?なんで知ってるの!?」
「大樹が『告白』とか『返事が…』とかブツブツ言ってたから、もしかしたらと思って。」
「えっ!?」
そう言って小さな小さな微笑を浮かべる西河さん。
もしかして…カマをかけられたのだろうか?
「あっ、あの!」
「大樹に会いたいの?」
今度こそ私は絶句した。
…なんて鋭い、いや、恐ろしい人だろう…ますます彼と双子だとは思えない…。
私は何処を向いて良いかわからず、視線を床へと移した。
「………。」
「………。」
沈黙だけが放課後の教室を支配する。
ただでさえ彼女に時間を取らせてしまっているのに…ここまで来て意固持を張ってもしょうがない。
もう…どうにでもなれ!
「私、西河のアドレスも電話番号も知らないし…この間引っ越ししたばかりで、家の番号も誰も知らないって言われて…だから…その…。」
「………。」
本当に何を言ってるのか…西河さんだってそんなこと言われても迷惑じゃないか…。
「家、来る?」
「えっ!?」
驚き、伏せていた顔を上げると、彼女は優しげな笑顔を浮かべていた。
「な、なんで?」
何故わかるの?
当然の疑問だった。
本当に私の考えが読めるのだろうか?
「…私も、同じだから…。」
「同じ…?」
表情の薄い西河さん…しかし多少だが私には彼女の笑顔に自嘲のようなものが見てとれた。
が、直ぐにそれは無表情にかきけ消されてしまった。
「で、来る?来ない?」
答えなんて決まっている、元々それを頼みに来たのだ。
「行くっ!行きますっ!」
西河に会いたい。
昨日、呆然と立ち尽してしまった自分…いや、後悔なんてもういい。
言いたい事が山ほどある、停学明けなんて待っていられない。
…とにかく全部彼に伝えたい。
雪視点。
「降りる。」
私は金髪の少女…金田さんの肩を叩くと、駅のホームへと降りた。
あわてて金田さんも着いてくる。
そんな彼女を見て、私は微笑を浮かべた。
金田さんは活発で、明るくて、綺麗で、オシャレで…私とは正反対の…魅力的な女の子だ。
本当に大樹にはもったいない。
「あっ…!」
「ど、どうしたの?」
あのルール…忘れてた。
『5.各自友人等を招く際は事前に全員に連絡をすること』
金田さんの気持ちを察して衝動的にここまで連れてきてしまったが…連絡を忘れていた。
…まだ間に合うだろうか?
「…ちょっと電話する。」
私はあまり使わない携帯電話で義兄の番号を呼び出す。
「もしもし。」
『どうしたの?』
心地良い声が受話器から響く。
「今家に居るの?」
『うん』
「あの………友達を連れて行って良い?」
『……へ?ずいぶんいきなりだな』
案の定義兄は困ったような声を漏らした。
…こうなったら…最終手段だ…。
「…大樹が告白した相手の娘が、大樹に会いたいって言ってるの。」
『…へ?』
「ちょ、ちょっと!!西河さん!!」
慌てて止めに入ってくる金田さん。
悪いとは思うけど…
「ごめんなさい…でも大樹に会いたいでしょ?」
「む…そうだけどさ…。」
「なら、我慢して。」
しかしこれで義兄が了承してくれなければどうしようもないのだが…。
『はっはっは!まぁそういうことなら構わないよ。』
突然受話器の向こう側から笑い声が聞こえて来る。
私はほっと胸を撫で下ろした。
これで金田さんとの約束は守れる…
軽く目配せすると、金田さんも柔らかい笑顔を返してくれた。
…なんでこんな人が大樹に?
まったくもって…謎だ。
『雪…ちょっと僕に考えがあるんだけど…?』
「な、何?」
不意に義兄の囁き声が耳元をくすぐる。
あまりに色っぽい声に動揺して声が上ずってしまった…顔が熱い…。
『とりあえず雪はいつも通り普通に帰ってきて。その娘は近所の公園で待っててもらってもられるかな?』
「なんで?」
『クックック』という不適な笑いが聞こえる。
『とにかく…お願いするよ』
「う、うん。わかった。」
楽しそうだ…ただこれは何か企んでいるときの声だ。
私はどこか嫌な予感を感じながらも、電話を切った。
「あの…先に謝る。ごめん。」
「え?な、なんで?」
今回の訪問は、きっと普通には終わらない…私は心を込めて金田さんに謝罪した。
洸平視点。
「んじゃ、俺そろそろ帰るわ。」
先輩はそういって席を立った。
台本通り…流石は先輩、自然な演技だ。
高校時代、文化祭のだしもので劇をやっていたが…あれも中々のものだった。
「…まったく…しばらくは来ないでくださいよ?」
「ひでぇなぁ…。まぁ、また追い出されたら来るからよろしく♪」
チラリと大樹を見やる。
相変わらず原稿用紙を前に頭を抱えている…よし、気付かれる心配は無さそうだ。
「んじゃ洸は明後日スタジオで。大樹も早く反省文書けよ〜。ほなさいなら〜。」
「はいはい…また明後日に。」
「あ、零さん。さよならっす。」
先輩はそう言って玄関まで向かう…来たときには持っていなかった黒い荷物を手に持って。
アレに気付けなかった時点で君の負けだよ、大樹。
僕はソファに戻りながら頭の中で今後の計画を計算する。
何故こんなことをしているのか…単純にやりたいからだ。
昨日は雪の気持ちをくんで対した事はしなかったが…
「大樹…僕は結構根に持つタイプなんだよ…。」
「ん?兄貴何か言ったか?」
無駄に耳が良いな…こいつ…。
「…なんでもない。そろそろ雪も帰って来るな。」
「ただいま。」
最高のタイミングだ…。
僕は自分でも信じられない程、満面の笑みを浮かべた。