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3-5 おいてけぼりわんこ

大樹視点。

夕日はすっかり影を潜め、辺りを暗闇が覆う。


「ちくしょ〜…酷い目にあった…。」


俺は疲労感漂う足を引きずりながら、家路を歩いていた。


兄貴の為に千里先輩及び雪の板挟みにあっただけならともかく問題はその後…いや…思い出さないでおこう…人間忘れた方が良いこともある。


「はぁ…。」


兄貴も薄情だよなぁ…、身を呈して兄貴を守った可愛い義弟を放っておいて買い物に行っちまうんだもんな。


流石に軽くヘコむ。


「…ありゃ?ここ何処だ?」


思考を中断すると、いつの間にか自分の知らない場所に来ていた。


…マズイ…非常にマズイ…!


自分が極度の方向音痴だってのを忘れてた。


いくらこっちに来てから数ヶ月経ったが…こういった癖はそうそう直るものではない。


「あ〜…どうしようかなぁ…。携帯も持ってねぇし…。」


そして最大の失態、先ほどまで居た喫茶カノンに携帯を置いてきてしまっていたのだ。


とりあえず来た道を戻ってみよう。



………。



………。



………。



「どっちから来たんだっけ…?」


………。


「あぁ〜にぃ〜きぃぃぃぃ!!!!」


へるぷみぃ〜!!


俺は…俺はっ!見知らぬ土地で朽ち果てそうです!!


あっ…街頭が滲んで…いやっ!泣いてなんか…泣いてなんていないからなっ!


「…大樹君?」


「ぐすっ…。」


俺が目から出た汗を拭いながら振り向くと…。


「ちさとせんぱい…?」


「大樹君、良かったぁ。はい、忘れ物。」


女神っ!!!!????


俺は千里先輩の手から自分の携帯電話を受け取った。


「…でもなんで俺の場所が?」


千里先輩は可愛らしく微笑む。


「九条さんから電話が来たんです。」


「兄貴から?」


「『遅い。どうしたんだ?』ってね。」


兄貴…やっぱり心配していてくれたんだな!


「それでもう大分前に帰ったって言ったら『あいつ方向音痴だからどっかで迷ってるかも』って。それで私も探しに来たの。そんなに遠くに行ってないみたいで良かったよ。」


また微笑む千里先輩。


息使いの荒さ…おでこに浮き上がった汗…きっと走って探しに来てくれたに違いない。


陽は沈んでもまだまだ蒸し暑さは抜けないと言うのに…。


ううっ…千里先輩…貴方はなんて素晴らしい人なんだ!!


「決めた…!!俺は…先輩を応援します!!」


「へっ!?応援するって…何を?」


俺は先輩から距離を置いて、高らかと宣言する。


いきなりのことに目を丸くする先輩。


「それは先輩の恋に決まってるでしょうが!!」


「…へ?えっ?えええええええええっ!!??」


そうさ、こんな素敵な人の恋が叶わなくて良い筈がない!


…相手は兄貴…それは間違いない。


まぁ兄貴の鈍感さは問題だが、それはこれからどうとでもなる。


それよりも最大の障害は…我が双子、雪。


「ちょ、ちょっと待って!?私の恋って何のことかなぁ!?」


引きつった笑顔で俺を見る千里先輩。


…まさか気付かれてないとでも思っているのか?


「兄貴のことですよ。」


「うにゃぁぁぁぁああ!!!!!なんで!?なんで知ってるの!?」


顔を真っ赤にして取り乱す千里先輩。


俺は小さくため息をつく。


「…昼間喫茶店にいた人なら誰だってわかりますよ。当の兄貴を除いて。」


「はぅ…!」


千里先輩は赤い顔のままうつむく。


………。


こんなに綺麗で、可愛くて、慈愛に満ちた性格の女性に好意を寄せられて…少しも気付いていないと言うのか…あの兄貴は…。


やっぱり兄貴は凄いな。


「大丈夫ですよ。」


「へ?」


「俺、こう見えて悪知恵には自信があるんです。」


俺は携帯を握り締め、不敵に笑った。





















4(・・)で食卓を囲む。


俺が茶碗から顔を上げると、兄貴が米神をヒクつかせながら俺にアイコンタクトを送ってきた。


(…なんで…なんで千里ちゃんを連れてきたんだ!!大樹!!)


大体こんな感じだろう。


それに俺は笑顔で答える。


そう、我が家の食卓を囲う4人目の人物…それは千里先輩だった。


俺を助けに来てくれた後、俺がお礼をしたいとマンションに連れてきたのだ。


今日の夕食は、千里先輩が作ったものだ。


というのも『久しぶりだから』という言葉に、兄貴が押し切られたせいだった。


そのお陰で雪は終始ご機嫌ナナメだ…。


そんなわけで生成された重苦しい沈黙の中、箸の音だけが響く。


そろそろ…喋らないと辛い…。


「千里先輩。この煮物、美味いっす。」


「ありがとう大樹君。」


俺と千里先輩は笑顔を交わす。


先輩がさりげなく兄貴の方を見ると、兄貴も笑顔を浮かべた。


「うん、相変わらず千里ちゃんの料理は美味しいね。」


「ふふっ、嬉しいです。九条さんのお陰で上手になったんですよ?」


嬉しそうに頬を染める千里先輩。


そして今まで黙って食べていた雪の動きが止まる。


ふっ…予定通りだ…これで雪がキレれば、兄貴も怒るに違いない。


そうなればこっちのものだ。


千里先輩は雪にも声を掛ける。


「雪ちゃんは?どう?口に合うかな?」






「…美味しいです…。」





ボソッと呟く雪。


…まさか素直に美味しいと言うとは。


予定外だが…それ以上に予想外だったのは…。


「ありがとうっ!」


それを見て柔らかく微笑む千里先輩。


勝ち誇った…高圧的な笑みなどではない、包み込むような笑顔。


「雪も、料理上手になったね。」


「好きだから。」


「あれから部はどう?」


「私はあんまり行ってない。」


「えっ!?じゃあ加奈ちゃんとかは!?」


「加奈子は行ってるみたい。彼氏にクッキー作ったりしてたから。」


「へぇ〜加奈ちゃんに彼氏かぁ…。ねぇねぇ、雪ちゃんどんな人だか知ってる?」









そんな光景を俺と兄貴はあっけらかんとして見ていた。


てっきり喫茶店の続き…二回戦でも行われると思ってたのにな。


キャッキャッと笑いながら楽しそうに話をする女子高生二人。


徐々に生まれる疎外感。


「大樹。」


「…うん?」


「食べようか。」


「…おう。」


俺と兄貴は黙々と食事をし続けた。


時折お互い目を合わせては小さく苦笑する。


『…結婚してもう30数年…女房に追いやられ…今じゃ俺の居場所はこのトイレだけになっちまった…。昔はこうじゃなかったのにな…時代ってのは恐ろしいぜ…。』


この間テレビで中年男性が呟いていた言葉を何故か思い出している自分がいた。











俺の周囲は兄貴を中心にどんどん広がっていく。


ここに来て良かった…純粋にそう思える自分がこそばゆかった。

読者数が5000を超えました。


読んで下さってる方々…本当にありがとうございます!


これからも頑張って書いて行きますっ!


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