1-1 夜景は流れる
もしかしたらこの街を宇宙から見下ろしたら、星よりも明るい光を放っているのではないだろうか?
流れ行く夜景を見つめ僕はふとそんな事を考えた。
夜を恐れる人間の心を彷彿とさせるネオン街を、僕を乗せたタクシーは走り抜けて行く。
「お客さん、ミュージシャンか何か?」
タクシーの運転手は唐突に言葉を発した。
恐らく僕の傍らで、歪な形で鎮座する『楽器だったモノ』を見たのだろう。
「…はい、一応。」
「いやぁね、ウチの高校生の息子がバンドを始めたんだよ。それでギターを買え買えってうるさいんだ、これが。」
今の僕からしたらあんたの方がうるさい。
僕は直も話し続ける運転手を放置して視線を外に戻した。
何処まで行っても明るい街。
暗がりに入り込んでみても、明るみがかった異常な空は視界を闇に染める事を許さない。
この街の人間の心なんて一皮向けば先の見えない闇のようなモノだというのに…おかしな話だ。
ひたすらに覆い隠していても、一時の安らぎしか得られないというのに…。
僕は思考を終えると少しの暗がりを求めて、そっと目を閉じた。
そこには安息があった。
「お客さん、着いたよ。」
「ん…。」
僕は運転手の声で目を開く。
いつの間にか寝てしまっていたらしい…それほど体に疲労感は感じられなかったが、あれだけ激しいライブの後では無理もない。
「料金は8460円です。」
「……。」
僕は釣りを受け取ると、タクシーを降りた。
寝起きが悪いせいで多少無愛想になってしまったが、運転手は特に気にした様子もなく走り去ってしまった。
ふと電灯とは違う明るさを感じ、空を見上げる。
色が付き始めた空…
それをじっと見ていると、僕は不思議な感覚に襲われた。
何かが…迫ってくるような…。
…陽が昇る…。
僕は妙な悪寒を覚えマンションの階段を駆け上がった。
何かが追走してくる感覚…。
圧倒的な恐怖。
疲労で痛めつけられた身体が悲鳴を上げる。
それでも僕の足は止まらない。
5階の表示を視界の隅に見止めると、そのまま部屋まで走って行く。
バタン!!
僕は勢い良くドアを閉めた。
すぐに台所へ駆け込み、冷蔵庫に入ったお茶を飲み干す。
「っ…はぁ、はぁ…。」
冷たい水が喉を濡らす。
段々と思考がクリアになっていく。
「…一体何やってんだ…僕は…?」
僕は台所の床に座り込んだ。
いつからだろう、太陽の光が苦手になったのは。
あの明るさはまぶし過ぎて…自分の弱さや孤独、それらを全て見透かされる様なそんな気がして…。
ここ最近昼間に外に出ていないのも、それが嫌だったからだ。
「くくっ…ははははは!!!」
感情が、滝のように流れ出てくる。
自分の滑稽さに笑いが止まらなかった。
ひとしきり落ち着いた後、カーテンの脇から太陽の光が差し込み始めた。
ウ゛ウ゛ウ゛…
「…誰?」
僕は唸る携帯を無造作に掴むと、相手の名前も見ずに不機嫌な気持ちをぶつける。
『コラ!朝っぱらからそんな不機嫌そうな声だから彼女の一つもできないんだよ!あんたは!』
………。
「…もしかして母さん?」
『イェス!母ですよん。』
この母は…相変わらずのハイテンションだ。
さらに増す疲労に、ため息が漏れる。
「で…一体何の用?」
『あんた留守電聞いてないの?』
…ライブとレコーディングで三日も家を空けていたんだ。
「聞いてない。」
『まったく…あんたは…。』
「で、何なのさ?」
僕は疲労で意識を手放しそうになりながら聞く。
『あんた、しばらく大樹と雪、預かってもらうから。』
完全に意識が遠退いた。
次話から視点が三人の中で順番に変わります。
ご注意ください。