b-3 邂逅
本筋より約1年10ヶ月前、高嶋隆二視点。
驚いた…。
偶然入った喫茶店で、偶然行われようとしていたライブ。
そのステージの上で、俺がリクエストした通りサイモン&ガーファンクルの楽曲を演奏する青年。
まだ20歳前後に見えるあの若者が、60年代の海外アーティストの曲を問題無く演奏しているという点には確かに驚いた…。
俺もあの青年がどれだけ多用な音楽を聴いてきたのか知るために、わざとオールディーズと呼べるミュージシャンをリクエストしたのだから。
しかし、それもあの演奏を前にしては些細な事だ。
青年のギターの音、一粒一粒にブレは見受けられない。
アルペジオ奏法の様に弦を指一本一本で奏でる際、指に均等に力を入れなければ音に微妙な強弱がついてしまう。
そこを聴けば、楽曲の難易度など求めずともギターの腕がどの程度ものなのか十分に理解できる。
「…それにしても…。」
度肝を抜かれたのは…歌。
これに関しては…はっきり言って素晴らしいの一言だ。
英語の発音に関しては日本人の俺にはなんとも言えないが、声量、声質、総合的な歌唱力、どれをとっても一級品。
…とんだバケモノが居たものだ。
「August,die she must.The autumn winds blow chilly and cold.」
8月になれば、彼女はきっと死んでしまう秋の風は凛々と冷たく吹いて
April Come She Will…4月から9月まで、彼女(恋心)が産まれてから死ぬまでを歌ったこの曲。
短い曲だが、季節の流れと恋の始まりと終わりを感じる名曲…。
しかしこの曲…こんなに切ない曲だっただろうか?
青年の歌声から…何か深い悲しみの様なものが噴き出しているような気がした…。
「それでは皆さん、ゆっくりとお過ごし下さい。」
照明がつけられた店内で、青年は高々とライブの終了を宣言した。
はっきり言って1曲目が始まった瞬間から、残りの6曲が終了するまで…この店全体が、青年に呑まれていた。
もちろん俺も…あの後リクエストなど出来ず、青年の奏でる音に心奪われていた。
長きに渡る静寂の後、店内は再び喧騒を取り戻した。
「お客さん。どうでした?あいつの演奏は。」
「…マスター。」
俺はカウンター越しに、眼鏡面の色男…この店のマスターに向き直った。
「とんだバケモノ抱え込んでいるもんだな。何処で見付けたんだ?」
「拾ったんですよ。」
「…なんつ〜拾いもんだ。」
俺はケラケラと笑うマスターから、様々な客に声をかけられ困惑している青年へと視線をずらす。
…人見知りしそうなヤツだ。
まったく…さっきまで彼処で演奏していたヤツとは思えんな。
俺は笑顔を浮かべるマスターへ、一枚の紙切れを渡す。
「これは?」
「あの青年に渡して置いてくれ。」
「…名刺…音楽事務所の方なんですか。」
一瞬にして表情を変えるマスター。
ただの優男じゃないようだな。
「…あいつは俺のお気に入りなんでね。俺がこの名刺をちゃんと渡すかは保証出来ませんよ?」
中々凄みがあるじゃねぇか…。
だが、俺には関係ない。
俺はマスターを見据えると、不敵に微笑んだ。
「渡すさ。」
「は…?」
「本当にあんたがあの青年の事を気に入ってるならな。」
「………。」
口をつぐんだマスターの前に、今度は1000円札を一枚おく。
「俺はあの青年の力になれる…そういうことだ。金、ここに置いとくぞ。」
「………。」
俺はゆっくりと店のドアへ向かう。
正直喉から手が出るほどあの青年が欲しい…だが、いきなりがっついてもあの青年は拒否するだろう…。
彼はそういうタイプの人間だ、俺にはわかる。
コレは賭けだ…この先はひたすら待つしかない…。
チリンチリン…
「お客さん!!!!」
「ん?」
店を出た直後、後ろから制服にエプロン姿の少女が追いかけてくる。
なんだ…とうとう大人の男の時代か?
「御代!!足りませんけど!!??」
俺は手に持ったビール瓶を睨んだ。