2-6 明るい夜、笑顔は絶えない
洸平視点。
僕の住むマンションの裏手の路地。
僕は煙草くゆらせた。
大樹と雪が来てから部屋の中で煙草を吸うわけにはいかなくなり、マンションの周りで喫煙場所を探していたところ、ここを見つけた。
道の灯りも、人々の喧騒も、余り届かない…中々落ち着く場所だ。
紫煙を目で追うと、コンクリートの壁の間から、小さく夜空が見て取れた。
明るい…やっぱりここの空は好きになれない。先刻昔の思い出に浸ったせいだろうか?
情けないことに軽いホームシックのようだ。
もっとも今故郷に帰った所で、以前とはまったく違う場所なのだけれど。
「………。」
まったく、女々しいな。
僕は壁にもたれ、足で煙草を揉み消した。
と、路地の向こう側から誰か人が走って来るのが見えた。
制服に、赤い短髪…嫌な予感がする。
「あれ?兄貴じゃん。」
「大樹…。」
人影は大樹だった。
「なんでこんなとこ走ってんの?」
「いやさ、ここ帰り近道なんだよなー。」
意気揚々と話す大樹。
若いって良いね…。
いや、僕が高校生の頃でもこんな元気はなかったな。
「それにしても遅いね。部活とか?」
「俺、帰宅部。今日はちょっと買い物してきたんだ。」
大樹は手に持った袋を振り回す。
CDショップの袋?
…良いのだったら聴かせてもらおうかな。
「何買って来たの?」
「えっ!?い、いやぁ。秘密秘密!」
あからさまに怪しいな…。
僕も覚えがある、この年頃の男っていったら『アレ』しかないな。
「エロビデオも良いけど…雪に見つかるなよ?」
「ち、ちげぇよ!これは兄貴の…!」
「僕の?」
「な、なんでもねぇよ…。」
僕は目をそらした大樹の顔を見つめる。
まぁ…何でも良いか。
なんだか、気分が良い。
僕は壁に寄りかかり、煙草に火をつける。
「煙草、吸う?」
「兄貴が弟に煙草勧めんなよ!」
「なんだ…誘いがいの無いヤツだなぁ。」
自然に流してたけど、大樹は僕の義弟だったんだっけ。
兄貴とか、お兄ちゃんって呼ばれるのも、なんだかんだで慣れたようだ。
自分に…少し驚く。
横を向くと、いつの間にか大樹も僕の隣に寄りかかっていた。
「…あれ?」
「どうした?兄貴。」
「大樹…身長伸びた?」
僕は横の大樹を軽く見上げていた。
僕も174cmはあるから、大体180cmぐらいかな?
「伸びたって…兄貴と会ってからまだ4日じゃん。そんな急には…」
「いや、始めて会った時からさ。あの時は10cmぐらい目線が下だったからさ。」
「だってあん時は小学生だったんだぜ?それに6年も経ってるし…って、兄貴あん頃の俺、覚えてたの!?」
そんなに驚くことか?
記憶力はそんなに悪くないつもりなんだけど…。
「そっか…。兄貴覚えてて…。」
「なんだよニヤニヤして、気持ち悪い…。」
「なんでもねぇ!そろそろ帰ろうぜ!」
大樹は僕の腕をつかんで歩き出す。
「まったく、身長は伸びても中身はガキのままだ…。」
「何か言ったかー?」
「いや、君はガキンチョだな〜ってさ。」
「ひ、ひでぇよ!」
頭を垂れる赤毛の義弟の後ろ姿を見ながら、僕は自分の頬が緩んでいるのに気が付いた。
「ただいまー!!」
「ただいま。」
僕達は、マンションのドアを開いた。
直ぐにキッチンからエプロン姿の雪が顔を出す。
「おかえり。一緒だったの?」
「おう!帰りに偶然会ったんだ!正に運命ってヤツだな。」
「何が運命だよ…。大体あんな暗い道走ると怪我するぞ?ただでさえ落ち着きないんだから。」
僕は言いながら大樹の頭を軽く叩く。
「いてぇし、ひでぇよ!」
「うるさい馬鹿。玄関で騒ぐな。」
文句を垂れる大樹を無視して靴を脱ぐと、雪と目が合う。
なんだか…怒ってる?
「仲…良いのね?」
「なんだよ雪。妬いてんのか?」
大樹…だから君は馬鹿だっていうんだ…。
「大樹、晩御飯抜き。」
「のぉぉぉ!!!それだけは勘弁してくれ!!!」
「嫌。」
………やれやれ。
僕は頬を膨らませてる雪に歩み寄る。
「お兄ちゃん…。」
呟く雪の頭を僕はそっと撫でる。
「遅くなってごめんね。晩御飯、食べようか。」
雪は目を見開いて僕の顔を見つめる。
段々と目が爛々と輝いていくのが見えた。
一拍の後…
「うん!」
不意打ちだ…!
笑顔をこんな至近距離で…!
僕は不覚にも顔が熱るのを感じた。
くそっ…高校生の…しかも義妹相手に…。
思えば雪の笑顔を見たのは初めてだ。
6年前は悲しい顔しか覚えていない。
そして一緒に住んでからも、無表情…もしくはすねた顔しか見たことがなかった。
「お兄ちゃん、大樹。晩御飯冷めるよ。」
「マジで!?俺も食えんのか!?兄貴兄貴!早く食おうぜ!」
そうか僕から歩み寄れば良かったんだ…。
二人が来て、ずっとイライラしていた。
僕の過去を知り、僕のプライベートを侵し、僕のストレスを溜める寄生虫ども。
そう思っていた自分が…二人の笑顔を見て、多少暖かさを感じている。
これが家族というものなら…僕がずっと嫌悪してきた家族というものなら…。
「…まぁ…悪くはないな。」
「お兄ちゃん…その言い方、作った人に失礼…。」
「いやっ!違うんだ雪!飯は美味しいよ、すごく!」
「そう…じゃあなんでも食べてくれるよね?」
「兄貴…ご愁傷様…。」
「大樹…なんだかよくわからないけど助けて!」
「ごめん兄貴…俺っ!」
「大樹ー!!!」
「お兄ちゃん、あーん。」
「雪…なんだソレは?」
「今日の裏献立、納豆パスタ。」
「そ、そんなもの!」
「食べて…くれないの…?」
「ぐっ…わかったよ。一口だけ…。」
「はい、あーん。」
「ぐっ…マズッ!!!」
前言撤回。
こいつらは寄生虫以外の何者でもない…。
2話、終了しました。
2話全体のタイトルとしては、『きょうだいごっこ一回戦終了』と言った所でしょうか。
大樹、雪、両名優勢です。
執筆途中読者の方から激励の言葉を頂き、非常に奮起しております。応援して下さっている方、本当にありがとうございます。
未熟な文章で見にくい点も多々あると思いますが、最後までお付き合いください。