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2-5 太陽の下

洸平視点。

〜♪


「ん…?」


耳に入るカート・コバーンの歌声が、僕の意識を覚醒させた。


「…メール?」


僕は布団から這い出すと、携帯の画面を見る。






差出人:瀬山零


件名:ど〜せ寝てんだろ?


本文:今真二と高嶋さんと呑んでんだが、ついでにこないだ頼まれた音楽雑誌のインタビューもやっちまおうって話になってんだ。


お前が来たら雑誌の連中呼ぶっつ〜話だから、起きたら連絡寄越せ!






メールの着信時刻と今の時間を照らし合わせる。


16時22分…今から1時間前か。


「あの人達は…昼間っから呑んでるのかよ…。」


僕は嘆息しながら起き上がる。


体が軽い…十分に睡眠はとったようだ。


現在午後5時半、この時刻だとまだまだ日は高いだろう。


だから夏は嫌いだ…。


「はぁ…久しぶりのオフぐらい放っておいてくれれば良いのに…。」


シャワーを浴びて、着替えて…出る前にやることは沢山ある。


とりあえず起きたことを知らせる為、僕は携帯で先輩の番号を呼び出した。



















「おせぇぞ〜!洸!」


酒臭い…。


僕は目深に被った帽子と、サングラスを外す。


別に世間一般で有名人がやっている『変装』などという行為ではない。


ただ単に太陽対策。


特に昼間外に出る時、サングラスは必需品だ。

もっともサングラスが有ろうが無かろうが、太陽の下に出たせいで気分は最悪なのだが…。


「お〜っす!洸平!」


グラス片手に高嶋さんが言う。


この人には言いたい事が山ほどあるが、とりあえず今すぐ伝えたい事が一つ。


「私服がスーツってどうなんですか…?」


「うるせぇな!俺ぁいつでも営業モードなんだよ!」


仕事熱心な人だ…。


ただ、だからといって最近張り切って仕事を取ってきすぎだと思う。


そもそも僕が今日16時間も爆睡した原因は、高嶋さんが作成した超過密スケジュールのせいだしなぁ。


仕事が無いよりはいいし、名が売れてきたのも嬉しいが…隙有らば今日のようにオフでも平気で仕事を入れてくるのは正直勘弁して欲しい。


そっか…思い出した…確か雑誌のインタビューで呼ばれたんだったな。


面倒臭い。


「って…真さんは?」


「真二なら便所。呑みすぎて気持ち悪いから吐いてくるとさ。」


先輩はビールのジョッキを掴みながら、トイレに目線を向ける。


そういえば真さんって物凄い酒弱かったんだっけ。


「呑まなきゃ良いのに。」


「大人は呑まなきゃやってらんねぇんだよ。」


高嶋さんはそう言いながら、焼酎の入ったグラスを煽った。


「まるで僕が子供みたいな言い方ですね…。」


「二十歳にもなってねぇやつは大人って言わねぇんだよ。」


「僕をガキ扱いしないで下さい。」


僕は言いしれない不快感を覚え、煙草をくわえる…が、直ぐに高嶋さんの制止が入る。


「お前19。」


「いいじゃないですか、日が出てるのに呼ばれたんでイライラしてんですよ…。」


「んなん知るかってんだよ。お前から電話が来た後直ぐ、雑誌の連中に連絡してんだ。」


「………。」


僕はおもむろに煙草をしまうと、ビールを煽った。


慌てて叫び声をあげる高嶋さん。


「だから一応未成年だろが!?」


「まぁまぁ…堅いこと言わないで。一杯ぐらいわかんねぇって。」


先輩もたまには良いこと言うじゃないか…。


僕はまだ納得いかない様子の高嶋さんを睨みつけ、ジョッキを口に運んだ。


「はぁ…。わかったわかった…、雑誌の奴らが来たら呑むの止めろよな。」


「了解…。」


本当にガキっぽいことしてしまった…、高嶋さんも僕達バンドの為に言ってくれてるのに。


ただでさえ事務所のミュージシャン何組も担当して疲れてるだろうに…きっと休みなんてほとんど無いのだろう。


僕も…腐ってないで頑張らないとな。


そんなことを考えていると、司会の端にインタビューアーの姿が見えた。


自然にビールのジョッキを先輩の前に移動させる。


「いやぁ!遅れてすみません!道が混んでまして!」


「いやいや。突然呼びつけてすみませんな。」


「全然構いません!今月はD.C.Wの特集をくませて頂けるんですから。わざわざお呼び頂いて感謝してます!」


若いインタビューアーだ…といっても僕より2、3歳は年上だろうが。


特集の話は聞いていたが、一体何を質問されるのか…。


「あれっ?ドラムの滝川さんは?」


「真二ならトイレ。そのうち帰ってくるから、先に始めちゃっていいっす。」


「先輩…後で真さんに何されても知りませんよ?」


インタビューアーの人は、困惑したような笑顔を向けてくる。


笑顔が似合う、爽やかな人だ。


「あっ、申し遅れました。私本日取材を勤めさせていただく、沢田(さわだ)と申します。本日はよろしくお願いします!」


「D.C.Wのマネージャー、高嶋です。」


「瀬山で〜す。」


「九条です。」


「んでもって今はトイレで頑張ってる滝川で〜す!なんちって。」


ゴツイ声で真さんの真似をする先輩。


先輩…コレがばれたら絶対真さんに殺されますよ…?


沢田さんは穏やかな笑いをこちらに向けると、大きな大学ノートとペンを取り出した。


そういえばこういうインタビューって質問する人と、メモをする人、二人でやるもんじゃなかったっけ?


人手不足なのだろうか…いや、こんな突然の呼び出しだ。


彼しか出て来れなかったとしても不思議ではない。


「では早速…。D.C.Wが出来た経緯とか教えて頂けますか?」


音楽の話じゃないんだ?


この手の話は苦手だ…先輩に任せよう。


僕が先輩に任せるという視線を向けると、先輩も承知したようで、おもむろに話始めた。


「え〜…元々D.C.Wってバンドは、俺と洸が中坊ん時に出来たんすよ。」


「中学生の頃…と言いますと。瀬山さんが高校生で、九条さんが中学生の頃という事で?」


「あぁ、洸は早生まれなんで。コイツが一年のとき、俺が三年だったワケ。」


自分の昔話をされるのは正直好きじゃない。


先輩にしたって、あの頃の話は余りしたくないはずだ。


まぁ、普段おちゃらけているが頭の切れる先輩のことだ…知られたくない所は適当にごまかすだろう。


「なるほど…。確かお二人は同郷なんですよね?」


「そ〜そ〜。中坊以来の付き合いで、生粋の田舎もん。良く知ってるじゃないすか。」


確かに良く調べてある。


僕たちが年齢以外の情報を公開するのは今日が始めてなのに、こういうのは気持ちのいいものではないな。


「最初はお二人で始めたんですか?」


「いや、あん時から三人で。ドラムは中学の同級生。」


「その頃から九条さんが曲を?」


僕に顔を向ける沢田さん。


話を振るなよ…と思いつつも、高嶋さんの視線が突き刺さってるので大人しく答える。


「いえ、その頃は単に趣味でやってたようなもんですから。普通にそこら辺の中高生と一緒です。ニルヴァーナとか、ラモーンズのコピーをしたりしてましたね。」


「ちょっと待てよ、俺はあん時から本気だったぜ?」


「…よく言いますよ。先輩『女にモテるぞ!』って僕を誘ったんじゃないですか。」


「俺はお前の才能に気付いてだな…。第一それでバンド組んだお前もお前だろ?」


「僕が参加したのはあの人が居たから…。」









あ…。




そうか…あの頃は…あの人が居たんだ。







『だから俺はブルー・コールド・スノウ・ペッパーズがいいっつってんだろ?』


『だから何よそれ!?センス無さすぎ!』


『なんだよ!レッチリみたいでカッコいいだろうが!』


『パクリにしたって意味わかんないですよ…。先輩は黙っててください』


『は!?じゃあ洸てめぇ何か良い名前考えたのかよ?』


『…いや…そう言われると…』


『やっぱな?おい―――。お前なんかねぇのか?』


『う〜ん…じゃぁさ、D.C.Wにしようよ!』


『はぁ?どういう意味だよ、D.C.Wって』


『なんだっていいじゃん!カッコいいでしょ?』


『―――さん。俺コレがどういう意味かわかっちゃっいましたけど。これって…』


『だぁぁ!!ダメダメ洸平!言っちゃダメ!!』


『おいおい、ど〜ゆ〜意味なんだよ!?教えろよ!!』


『ダ〜メ!零は自分で考えなよ』


『ちくしょう…意味わかんね。おい洸、ヒント!』


『洸平!言っちゃだめだからね!?』


『はいはい…。ってかバンド名は?俺はなんでもいいですけど』


『じゃあ零が明日までにわからなかったらD.C.Wで決定!いいでしょ?』


『よ〜し!受けてたとうじゃねぇか。明日ビビらしてやる!』















「…洸!オイ洸!!」


「は、はい!」


俺の目の前には、22歳の先輩…瀬山零が座っていた。


久しぶりだ…こんな…。


「おいおい…しっかりしてくれよ。」


「あの〜…質問を続けて大丈夫でしょうか?」


「あ…はい。」


恥ずかしい…こんな思い出に意識を喰われるなんて。


「それで、滝川さんとの出会いは…」


「おい…何で俺が居ないのにインタビュー始めてんだ…。」


突然の野太い声に僕達は一斉に声の主を見る。


「わっ!びっくりした!真さん…いきなり現れないで下さいよ!」


「うっわ〜…真二。やつれたなぁ、おい。ゴリラのゾンビみてぇだぞ?」


真さんは先輩の冗談に応じる元気すらないのか、青白い顔で黙って僕の横に座る。


こんな状態で参加出来るのか?


「そ〜いや真二、俺らとお前との出会いだってよ。」


真さんは、破気のない声で答える。


「…ん、ああ。確か俺が前のバンドのライヴで地方行った時、ライヴハウスでお前らの音源聴いたんだったっけな。」


この分だと心配なさそうだな…。


真さんが加わったんだ、音楽の話でも無ければ僕に話題が振られることも無いだろう。


僕は談笑を交えながら質問に答える先輩達を横目に、夕日が差し込む店の窓を眺めた。




太陽は…嫌いだ。


君を思い出すから。




「…僕は…僕達は…頑張ってるよ…。」




僕の小さな呟きは、店の喧騒に呑み込まれた。

※カート・コバーン→グランジ/オルタナティブ・ロックバンド、ニルヴァーナでボーカルとリードギターを担当。


ニルヴァーナ→グランジを代表するアメリカのバンド。1994年、カートの自殺と共に解散。


ラモーンズ→アメリカの4人組パンク・ロック・バンド。1996年解散。

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