2-4 晴天の下、音楽は響き渡った
大樹視点。
俺は校庭を眺めながら焼きそばパンをかじった。
梅雨明け宣言が成されてから数週間。
梅雨前線の置き土産…とまでは言わないだろうが、ここ最近の天気は余り良くは無かった。
そんな時期、久しぶりの登校日に、こんなにも爽やかな晴天に出会えるとは…。
空は好きだ。
綺麗で大きくて…空が晴れているだけで、自然と気分が高揚してくる。
以前それを兄貴に言ったら『君は単純でいいね…。僕は晴天なんて大嫌いだ。大体何で青じゃなきゃいけないんだ…滅んでしまえば良いのに。』と呟いていた。
………昔青空に大切な人でも殺されたのだろうか?
こんなにも、綺麗なのに。
「何ニヤニヤしてんのさ?」
「何って…こんなにも綺麗な青空なんだぞ?嬉しくもなるだろ。」
「相変わらず単純でお馬鹿さんだね…君はさ…。」
余計なお世話だ…。
隣で失礼なことを言う声の主。
金髪のショートヘアーに赤ぶちメガネを掛けた少女、金田 沙世。
決して真面目そうには見えない風貌だが、意外や意外、立派な優等生だ。
「ていうか…放送室で物食べないでっていつも言ってるよね?」
そう、俺が今居るのは放送室。
委員会不所属の俺はここに用があるわけじゃないんだが、静かだし、誰もいないから昼休みはいつも活用させてもらっている。
…しかし最近このエデンに立ち込める暗雲がコイツ…。
「いいじゃん、減るもんじゃねぇし。」
「そういう問題じゃない!機材があるんだから。」
放送委員長。
それが彼女の役職だ。
数週間前から、お昼の校内放送が無くても、わざわざ俺を注意しに放送室に来るようになった。
良く飽きないと思う…暇なのか?
「大体なんで君はいつもいつも鍵も無いのに放送室に入れるワケ?窓から入ってるとか?」
ようやく気付いた様だ。
この数週間、いつこの質問をされるかひそかに待っていたというのに…意外と抜けていると思う。
「ほれ。」
俺はポケットから『放送室』と書かれたプラカードがついた鍵を取り出した。
「何これ?」
「合鍵。」
「…は?」
「俺、一通り持ってんの。日直の先生が持ってる職員室と、正門の鍵以外は。」
俺はそういってバックから大量の鍵の束を取り出し、金田に放る。
「『屋上』『保健室』『会議室』『音楽室』『生徒会室』…。」
「一年生のとき粘土で型取ったんだ。あると便利だし。」
金田は呆れたようにため息をついた。
そんなに変な事じゃないと思う…。
快適に学校生活をおくる為、誰もが考える事だ。
「君…もしかして問題児?」
「んなわけねぇじゃん。髪の毛以外は普通の生徒だって。」
金田は俺の顔を怪訝そうに眺める。
別にそこまで変な顔じゃないと思う。
…多分。
「やっぱり君って天然なんだね…。」
「ん?」
「なんでもないよ。お馬鹿さん。」
金田は鍵束を俺へ放り返すと、放送機材の前へと座った。
今日は…そうか、昼の校内放送の日だ。
いつもならパンが喰い終われば早々に立ち去る所だが、ほんの気まぐれで放送で流すCDを選ぶ西田の横に座った。
「CD、選んでみる?」
「おう!」
「…あんまり変なの選ばないでよ?」
彼女は念を押しながら俺に巨大なCDケースを差し出した。
タイトルを確認していく。
皆が良く聞くJ-Popから、クラシック、テクノ、ジャズ、ブルース、メタル、UK-Rock…驚く程様々な音楽ジャンルが揃っている。
放送委員会の中に軽音楽部員でもいるのだろうか?
「すげぇな…こりゃ。」
「半分ぐらいは私の私物なんだけどね。今年は音楽好きが多いみたい。」
今度は俺が怪訝そうに彼女を見る番だった。
「…金田…お前って音楽マニア?」
「失礼だね。マニアじゃないよ、ただ好きなだけ。」
金田は赤くなりながら顔を背ける。
意外だ…彼女がこんなに音楽好きだったなんて…。
俺も音楽は良く聞く方だが、金田には敵わないかもしれない。
「…………あっ!」
「何?何かあった?」
目に入った一枚のCD。
『揺らぎ、魂は震える D.C.W』
「D.C.W、知ってるの?」
知ってるも何も兄貴のバンドだ…なんて言うわけにもいかず、俺はただジッとそのCDを眺めていた。
「インディーズのバンドなんだけど、本当に良いんだ。久しぶりにハマっちゃったよ。」
金田は喜々として語りながら、そのCDを取り出した。
ジャケットが目に入る。
黒と白のコントラストで描かれた街並に白く映る三人の人影。
ギターを持ち、マイクスタンドの前に立つ陰には見覚えがあった。
「これ、アルバム?」
「そう!今月出した2ndアルバムなんだけど、インディーズチャートで初登場3位。」
俺が前に友人から聴かせて貰った曲は入っていない。
あれは別のアルバムもしくはシングルだった様だ。
「俺、これは聴いたこと無いな。」
「もったいない!」
金田は今まで見たことの無いほど興奮している。
正直ちょっと怖い。
「このアルバムで一気にD.C.Wは飛躍したんだよ!?夏の大型ライヴイベントの出演も決まってるんだから!」
…熱狂的なファンだ。
俺は嬉しくなる反面、少し悲しくもなった。
俺よりも…金田の方が兄貴を知っている様な気がする。
「ライヴとかも良く行くのか?」
「もちろん!昨日も行ってきたばかりだよ!」
昨日のライヴって他県じゃなかったか!?
すごいな…オイ。
もはや追っかけだ。
「で、聴くでしょ?これ。」
「もちろん!」
「おっけぇ!曲は私が選ぶよ、校内放送で流しちゃおう!」
金田は嬉しそうに機材にCDを挿入する。
音楽について話している時の彼女は、とても輝いて見える。
やっぱり…兄貴はスゴい。
兄貴がいなければ…俺はきっと口うるさく俺を注意する金田しか知ることが出来なかっただろう。
多分偶然が重なっただけなのかもしれない…でも…。
「ありがとな…兄貴。」
「ん?どうしたの?」
「なんでもない。で、どれ流すんだ?」
3日前、雪に言われたこと。
『遠慮や負い目を感じる事は、お兄ちゃんに失礼』
まったく俺はアホだったと思う。
簡単なことだったんだ。
兄貴からしたら俺はなんてことのない客人だったんだ。
悔しかった。
俺は…兄貴に憎まれてすらいなかった。
ミュージシャンだとか、そんなのは関係ない。
兄貴の人間性が…俺は好きだ。
俺は兄貴という人間の家族になりたい、純粋にそう思ってる。
「流すよ〜。そこのボタン押して!」
「おう!了解!」
焦ることはない。
少しづつ兄貴を知ろう。
今はただ、兄貴の奏でる音楽を聴きたい…。
※インディーズ→インディーズレーベルの略称。