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デッドゲーム  作者: けせらせら
9/29

デッドゲーム・9

 二月一日(水)

  AM 6:30


 電話が鳴っているのが聞こえ、早紀は本能的にベッド脇においてある受話器をとった。頭のなかはまだ眠りのなかにいる。

――グッドモーニング! マイターゲット! 元気かい?

 その受話器の向こう側から聞こえてきた言葉にすぐに眠りから引きずり出された。

――はっはっは! すでにゲームははじまっているぜー! そんなのんきに寝てても大丈夫かい?

 それは昨夜聞いた声と同じものだった。

「……コールマン」

 思わず口からその名前がこぼれた。しかし、無意識のうちのその小さな呟きは相手にとって大きな衝撃を与えたようだった。

――なんだって?

 一瞬のうちにその声が引き締まるのがわかる。

――今、何て言った? おまえ、なんでその名前を知ってる?

 声が震えている?

「あなたのことならちゃんと知っているわ」

 相手の様子に早紀は口調を強くした。電話をすることしか出来ないコールマン、そのことが早紀の気持ちを強くしていた。

――な……なんだって?

「あなたのことを知っているって言ったのよ。ゲームのたびにターゲットに電話して楽しんでいるんでしょ。いったいそんなことをして何が楽しいって言うの? ただ、単に陰湿なだけじゃないの」

 早紀は一気にまくしたてた。

――お……おまえ

「あなたなんてどうせろくに彼女も友達もいないんでしょ!」

――こ……殺してやる……

「出来るもんならやってみなさいよ! あなたなんかに殺されるもんですか! 電話するだけじゃ人は殺せないのよ!」

 昨日脅かされた仕返しのつもりで早紀は強く言った。

「どうしたの何か言ってみなさいよ!」

――殺してやる!

 電話は切れた。

 なぜ自分があんなことを言ったのか、なぜあそこまで強気になれたのか自分でもよくわからなかった。

「早紀……」

 いつの間に起きたのか弘子が驚いた顔でドアを開けて早紀を見ていた。「どうかしたの? 誰なの?」

「コールマンよ」

 軽い笑みを見せ早紀は受話器を置いた。

「え? コールマン? それって、まさか――」

「そう、わざわざゲームのはじまりを教えてくれたの」

 早紀は髪をかきあげながら弘子を見た。

「……はじまったのね」

 いろいろな思いのなかデッド・ゲームは開始された。


 二月一日(水)

  AM 9:53


 朝からずっとびくついていた。

 さっきから課長の姿が視界に入るたびに土居瞬平はびくりと隠れるように身をすくませ続けていた。仕事が手につかず目の前には書類の山が積まれている。

――明日までこたえを出してくれ

 いったいどんな答えを出せというんだ。その答えが自分を窮地に追い込むことは明明白白の事実だ。

 昨日のことが夢であってほしい。それとも課長が昨日のことを忘れてくれれば……

 虚しい希望だった。

 課長の佐賀は仕事が一段落すると、ゆっくりと課内を見回した。

 そして、当然のように土居の姿に目が止まり思い出したように佐賀は立ち上がった。

「土居君」

 その声に土居は目の前が暗くなるのを感じた。


 広すぎる会議室に土居は佐賀と向き合いうつむいていた。

「さあ、どうだろう。答えは出してくれたかな?」

 佐賀はそう言って指を細かく動かしてテーブルを小さく叩いた。

 なかなか話しだそうとしない土居に佐賀はいらつきだしている。佐賀にとってはただの事務処理の一つにすぎないことは土居にもわかっている。静かに対応はしていても腹のなかでは自分の対応にいらいらしているのだろう。

「黙っていてはわからないよ」

 佐賀は続けた。

「君の気持ちはわかるよ。私だってこんな話をしたいとは思っていないんだ。だが、これは会社の方針だ。会社が生き残るためには仕方ないことなんだ。会社が潰れてしまっては何にもならないだろう? わかるね。昨日の答えをきかせてもらえないか」

 佐賀は静かに聞いた。だが、いかに静かな声でもそれは土居にとっては何よりも厳しい言葉だった。

「わ、私は……」

 と土居はやっとの思いで切り出した。「私は……辞めたくはありません」

 その声はいまにも泣きだしそうなほど弱々しかった。その言葉に佐賀は眉をしかめた。

「それじゃ答えになっていないよ」

 冷たく佐賀は言い放った。もちろん土居もどんな答えを出せば佐賀が喜ぶかはわかっている。だが、その答えだけは出すことは出来ない。どんなに会社を喜ばしたとしても、その結果は自分が路頭に迷うことになるだけだ。

「し、しかし……」

「君は会社のことを何も考えていないんだね」

(それなら会社は俺のことをどう考えてくれてるんだ!)

 思わず叫びだしたくなった。だが、そんな度胸もない。

「わ……私には私の生活が――」

「そりゃあ君の生活があることは十分理解しているよ。私個人としては君にとても同情している。けどね、会社としては正直言って君の生活に興味はないんだ。我々は利益のために仕事をしている。利益をあげられない社員に興味はないんだ。君が自分から辞めてくれないというなら、こちらもそれなりの対処の方法があるんだよ」

「え……それは……どういう意味ですか?」

「私は辞表を出したほうが君のためにもなると思った。だからこそこうして君に相談しているんだ。だが、君はそれを拒否するというんだろ?」

「し……しかし……」

「君は自分にどれほどの価値があると思っているんだ?」

 頭が重くなった。

「君にこれまで落ち度がなかったと思うかい?」

「あ……」

「わかるね。我々は君を解雇出来るだけの材料はあるんだ」

 その冷たい言葉に土井は改めて、自分には選択権がないのだと再認識していた。


 二月一日(水)

  AM10:41


 電話の音が鳴り響く中、間宮は事務所に姿を現した。

 昨夜、自宅に戻ったあとデッド・ゲームに関する資料作りをしていたため、どうも眠り足りない。間宮は大きくあくびをしながらゆっくりとした足取りで自分の席へ向かった。その間宮の姿を課長の杉浦浩一郎は不機嫌そうに睨んだ。

「ずいぶんゆっくりした出社だな」

 皮肉をたっぷりこめて杉浦は言った。間宮はちらりとその杉浦の姿を一瞥して、自分の席にどさりと腰をおろした。

 杉浦のことなど無視して、机の上に置かれたパソコンの電源をいれる。

 その間宮の姿に杉浦の顔はますます不機嫌になっていった。課長の杉浦はすでに40歳を超えている。だが、最近の情報化の波についていく事が出来ず、三年前に新社長が就任してからは出世の道は完全に閉ざされた形になってしまった。今では社長に信頼されている間宮のほうが実質は杉浦以上の権限を持っている。杉浦にはそれが我慢出来なかった。

(若造が)

 杉浦はもう一度間宮に声をかけた。

「立派になったもんだな。間宮君」

 間宮は面倒くさそうに杉浦に顔をむけた。

「さっきから何おっしゃってるんです?」

「先週から報告書が出ていないようだが、どうなってるんだ?」

「報告書? 課長、何言ってるんです? 私は先週からあなたの部下じゃなくなったんですよ。忘れたんですか?」

 静かだがその言葉は剃刀のように鋭かった。

「あ、あれは営業強化のためのプロジェクトメンバーにはいっただけだろ」

 杉浦は思わずどもりながら言った。

「ですが、プロジェクトは社長の配下ですよ」

 確かに間宮が言うように社長自らがプロジェクトリーダーとなっている。それでも杉浦は食い下がった。

「プロジェクトはプロジェクト。人事は動いていないはずだ」

「ほぉ、そうですか?」

 間宮はその鋭い視線を杉浦に投げた。

「何だ?」

「つまり課長は社長がリーダーを勤めるプロジェクトよりも自分の課のほうが大切だとおっしゃるんですね」

「誰もそんなことは――」

「今、僕は社長に報告するための資料を作ってるんですよ。その資料よりも課長に提出する報告書を優先しろっていうんですね」

 畳み掛けるように間宮は言った。

「いや……それは」

 杉浦は言葉を詰まらせた。

(まるで水戸黄門の印籠だな)

 その杉浦の態度に間宮は愉快になった。杉浦のような小心者は権威にはてんで弱いものだ。

 肩を小さく丸まらせている杉浦を横目で見ながら、間宮は資料を作り始めた。

(こいつが俺をさらに上へのし上げてくれる)

 心のなかで笑いながら間宮はデッド・ゲームに対する今後の方針をまとめ始めた。


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