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デッドゲーム  作者: けせらせら
8/29

デッドゲーム・8

 二月一日(水)

  AM 0:32


 冷たい風が頬にあたる。雪になるかもしれない。

 間宮はちらりと暗い空を仰ぎ、改めてにやにやと笑った。その顔はさっきまでの誠実そうなものとはまるで違っている。ずるく抜け目なさそうなしたたかな表情があった。

「運が向いてきたかな」

 ぼそりと間宮はつぶやくと今度はマンションを振り返った。あの二人、今夜は眠れないことだろう。

 間宮は早紀と弘子の顔を思い出した。何も知らないままデッド・ゲームに巻きこまれた彼女らがほんの少し哀れに思えた。

 間宮自身、つい先日までこうしてデッド・ゲームに関わることになろうとは考えてもいなかったことだ。

 間宮がデッド・ゲームのことを、そして早紀のことを知ったのもつい最近のことだ。もともと間宮の務める『ライフサポート』という会社はガードマンの派遣を行う小さな警備会社だった。それがつい三年前に前社長の事故死から業務内容が大幅に変わった。守ることばかりでは金にはならない、という今の社長の言葉通り法に触れることにでも進んで手を出すようになってきていた。

 その社長の方針は間宮にとって好ましいものだった。それまで平凡な仕事生活を送っていた間宮はたちまちエリートの道を付き進むことになった。当然、それには他人を犠牲にすることも少なくはなかった。だが、間宮は法に触れることになろうと、他人をいくら犠牲にしようとも今の仕事に生きがいを見出していた。それこそ間宮はがむしゃらに働いた。その甲斐あって間宮は今では新社長から絶対的な信頼をよせられるようになっていた。

 そんななか、間宮はこのデッド・ゲームの情報を掴んだのだ。

 間宮はすぐにそれを自らの仕事にしようと決めた。まだ、会社にはこのことは全て伝えてはいない。先日の早紀と結んだ契約書もまだ会社には提出していない。本来、このような自由は社員には与えられていないが、間宮は新社長から特別に権限を与えられていた。会社にはもう一通の契約書を造り提出すれば済む。一日、百万という高額な仕事はこれまでなかったものだ。それなりの苦労もある。それに何よりもこの仕事を見つけだしたのは自分なのだ。会社には収入の半分も納めればいいだろう。

 間宮は田川の乗るミニバンを見て、ひょいと右手をあげた。田川がそれに答えるように軽く頭を下げる。人通りのない通りに人の気配のあるミニバンはいかにも怪しく見える。

(まあ、彼ならもし警察を呼ばれても大丈夫だろう)

 田川の実直な性格ならば痴漢やストーカーに間違われることはないだろう。

 警備員の田川は半年前に会社に入ったばかりで今回の仕事についても間宮は多くを聞かせてはいない。田川は若いが二ヵ月前に子供が生まれたらしい。その子供のために学生の頃から金を貯めて買ったハーレーダビットソンを売り、あの中古のミニバンを買ったという話を聞いた。後部座席には早々と買った真新しいチャイルドシートがセットされているらしい。

 実直なその性格は間宮には扱いやすく、今回は他の警備に回されていたのを無理に連れてきたのだった。田川には余計なことは伝えずにターゲットを護ることだけに専念してもらったほうが良い。

 それよりも――

(あの女を守るためにもらった金以上の収入が期待できそうだ)

 そのためにも残るカードマン二人を早々に見つけ出さなければならない。

 間宮はその険しい目でマンションをちらりと見上げると歩き始めた。


 二月一日(水)

  AM 1:47


 暗闇のなか、静かな寝息がリズミカルに聞こえている。

 その妻の寝息を聴きながら、土居瞬平はじっとその寝顔を眺めていた。今夜はどうしても眠ることが出来ない。

 大学を卒業し大手ではないにしろ銀行へ就職。六年前に妻の洋子と結婚し、四年前には長女の康子が生まれた。そして、一年前にマイホームを購入し派手ではないが、人並以上には暮らしている。三十一歳としては十分すぎるほど十分な生活だった。

 そう、つい先日までは自分でもそう思っていた。

――近々、数人が首を切られるらしい。

 二週間ほど前からそんな噂が流れだしたときも、今日、課長に近くの喫茶店に呼び出された時にすら土居は自分にはまったく関係のないことと思っていた。


「君はまだ若い。再就職を考えても負担にはならないだろう」

 そう課長が切り出したときになっても土居は自分に何が起きたのかすぐには判断できなかった。

「どういう意味です? 私は別に転職なんて考えてなどいませんよ。いったいどうしたんです?」

 きょとんとした顔で問い返す土居に課長は渋い顔をした。

「つまりだ……君も噂くらいは聞いているだろうが……最近の不況はうちの銀行にも大きな影響をもたらしている。大手銀行ほどではないが、うちも不良債権には悩まされつづけてるんだ。それは君だってわかるだろう」

 自分が言ってる意味を理解しない土居に課長は困っていた。

「ええ、それは私も感じています」

「そこでうちとしても対策を考えないわけにはいかなくなったわけだ」

「はぁ……」

――首切りが――

 しだいに課長の言うことがあの噂を思い出させていた。

「例えば君はうちの銀行を見ていてどう感じる? みんながみんな銀行員としてふさわしいと思うか? もっと違う職種のほうが向いているんじゃないかと思うような人がいるだろう」

 そう言ってじっと土居の顔を見る。

「……ええ」

「だから、このさいそういった人には新たなる人生を選択してもらおうということになったんだ。もちろんそれなりのバックアップはするつもりだ」

「それはいったい――」

「君、再就職する気はないかね」

 そう言って課長はじっと土居の顔を覗き込んだ。その言葉は質問というにはあまりにも強く深いものだった。さすがの土居の頭にもついに課長の言う意味がはっきりと刻みこまれた。

――明日までに答えを出してもらえないだろうか?

 黙りこむ土居に課長はそう言って去っていった。

 どんな答えを出せというのだろう。会社が提示したのは、自ら辞表を提出するか解雇されるのを待つか、そのどちらかを選べということだ。

――もっと違う職種のほうが向いてるんじゃないかと思うような人がいるだろう

 いったいこの俺に他のどんな仕事ができるっていうんだ? ただ勤勉に、普通に暮らすことしかできないこの俺に!

 なぜ、こんなことになったんだ?

 そう自分に問いかけてみても答えが出るはずもなかった。


 洋子は何と言うだろうか?

 細面で二十九歳になった今でも、結婚して子供までいるというのが不思議なほどに若々しく見える。

 洋子と知合ったのは七年前のことだ。偶然、先輩に連れられて入ったクラブで洋子はホステスをしていた。その容姿に土居は一目で洋子を気に入り、それから毎日のように通うようになった。給料のほとんどを洋子に貢ぎ、一年後に洋子が康子を妊娠したことをきっかけに籍をいれた。派手な結婚式はあげられなかった。土居の両親が洋子との結婚に反対したからだ。土井は一人息子だった。その土井からのプロポーズに洋子は家を出るように条件を出した。

――私、同居なんて嫌よ。だめならこの子は私一人で育てるから

 おかげで両親の反対を押し切って結婚、その後、土居は実家を出ることになり両親とは疎遠になった。

 土居はもともと妻の洋子が自分を愛していないことを感じていた。さらに洋子が浮気をしていることも知っていた。いや、浮気という言い方自体まちがっているかもしれない。おそらく今洋子が付き合っている男は結婚前から続いている。娘の康子も本当に土居の子供かどうかはわからない。だが、土居はそんなことは気にしていなかった。土居自身、自分が男として洋子に愛されているとは、これまで一度も思ったことはない。自分が女にモテないことは子供の頃からはっきりと自覚している。

(洋子は「俺」と結婚したんじゃない。俺が「銀行員」だからこそ一緒になったんだ)

 安全で贅沢な生活。それこそが洋子の望みだった。

 それでも土居はよかった。洋子がどんな気持ちでいようとも幸せな家庭を築いていけると思っていた。浮気はただの浮気にすぎない。形のうえで自分のものであればそれで十分だった。浮気ならば目をつぶっていれば誰も苦しむことはない。今の生活を洋子が捨てるはずがない。

 そう思っていた。

 しかし、今の生活を守るために一番重要なものを今失おうとしている。土居が銀行を辞めることになったら、洋子が銀行員の妻ではなくなったら、彼女は何と言うだろう。

 別れると言い出すだろうか。


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