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デッドゲーム  作者: けせらせら
7/29

デッドゲーム・7

 一月三十一日(火)

  PM 9:20


 明日、二月一日から『デッド・ゲーム』が開始される。もちろん、夜のニュースではどこの局でも『デッド・ゲーム』の開催など話題にしなかった。時折、自分がそんなことに巻きこまれたことが嘘のように思えてくる。そして、そのたびに「risk」というホームページに載せられた自分の写真を見て現実を認識するのだった。ホームページのタイトルにははっきりと「ゲーム開始まであと一日」と表示されている。誰がどんな思いでホームページを更新しているのだろう……。

 弘子は今夜も遅いのだろうか。あの日以来、弘子も口数がめっきり少なくなったし、帰ってくるのも遅くなった。『デッド・ゲーム』が始まるまでに仕事をきちんと終わらせておくと弘子は言っていた。

 早紀はコンビニで買ってきた弁当を食べながら、一人TVを眺め明日からのことを考えていた。『デッド・ゲーム』のことは誰にも告げてはいない。ゲーム期間が決まっているのであれば、その期間中ずっとマンションに篭もっていることも出来るが、ゲーム期間がわからない状態では会社を休むわけにもいかない。東京を離れ、田舎に帰ることも考えたが、そんなことをしても解決にならない、と間宮に言われ思いとどまった。今、信頼できるのは弘子と間宮の二人だけだった。彼らを信じていれば大丈夫だ。弘子は親友だし、間宮にはこれまで貯めた貯金を全ておろしてまで頭金として百万を支払ったのだ。

 裏切るはずがない。いや、裏切ってもらっては困る。

 それにあの記事だってただの冗談かもしれないじゃない。もし、本当にゲームが現実のものだとしても、間宮が言うようにこの広い世の中で早紀を見つけ出すことがそんなに簡単に出来るはずがない。

 もし、そうなら――


 RRR……・・


 早紀の考えを妨げるように部屋の電話が鳴った。早紀も弘子も携帯電話を持っているが、リビングに固定電話を、早紀と弘子の部屋にそれぞれ子機を置いてある。

 突然の電話に早紀は一瞬びくりと身体を震わせると、何も考えずに電話に出た。

「はい――」

――藤谷さん?

 聞き覚えのない若い男の声。

「ええ、そうですけど」

――そうか、あんたが藤谷さんか。あんた、かわいい顔してるよね。

「誰なの?」

――ひゃひゃひゃ、怒った声までかわいいんだなぁ。

 背筋がぞくりと寒くなる。

 大学2年の頃、ストーカーまがいの男につきあってくれとつきまとわれたことがある。一瞬、その男のことを思い出した。確か自分よりも一つ年下の専門学校の生徒だった。電車を降りるといつも駅の前で早紀のことを待っていた。どんなに断っても付きまとうのを止めず、結局、大学の先輩にお願いして3ヶ月近くの間、ガードマン役を引き受けてもらったことがある。

 名前は確か安田……と言ったろうか。

 思い出したくない記憶。

「何言っているんですか? あなた、誰なんですか?」

――ずいぶん冷たい言い方するじゃないか。俺とあんたの仲なのにさ。

「ふざけないでください。あなたなんか知りません」

――ふふっ、たしかにあんはは俺を知らないんだろうな

「え?」

――でもな、俺はあんたを知っているのさ。俺はあんたを良く知ってる。なんといってもあんたは俺のターゲットなんだからな。

「あなたは――」

――じゃあ、またな

 それだけ言うとプツリと電話が切れた。知らぬ間に早紀はそのまま電話を握りしめたまま振るえていた。

 『デッド・ゲーム』、あれは冗談なんかじゃない。私はターゲットで、本当に私を狙っている人がいる。しかも、相手はこの場所を知っている。

(まだゲームも始まっていないというのに……)

 早紀は懸命に自らの心を正常に保とうと務めた。受話器を置くと、電話線を抜いた。そして震えを止めようと試みた。だが、それは容易にはいかなかった。心の奥底で不安が大きく口を開け、早紀を飲みこもうとしているのが感じられる。

 九時三十六分、まだ弘子は帰ってこない。間宮に連絡するべきだろうか。変わったことがあれば連絡するようにと間宮の携帯電話の番号を教えてもらってある。震える指でバッグのなかから携帯電話と手帳を取り出すと、間宮の携帯の番号を書いたページを捜す。

 指がからまりなかなか見つけ出すことが出来ない。そのうち、しだいにドアのことが気になりはじめていた。

 鍵はちゃんと閉めただろうか。チェーンロックは?

 考えれば考えるほど不安になってくる。

 今、いるところからではドアの様子を見ることが出来ない。しかし、まるで立つことを足が忘れてしまっているかのように動くことが出来なかった。一生懸命に手帳のページを追いかける。こんなことならば携帯電話にメモリをしておくのだったと早紀は後悔していた。

 あの男はどういうつもりで電話してよこしたのだろう。ひょっとしたらもうすでにそのドアの向こう側で息を潜めているのかもしれない。

――俺はあんたを知っているのさ。

 いやらしい声。

 まさか、合鍵すらすでに作られているのではないだろうか。あれから毎日のようにこの部屋に籠もっているわけではない。自分も弘子も仕事で留守にしている。その間に合鍵を造られてしまったのではないだろうか。

 『デッド・ゲーム』は明日の朝から始まるのではない。あと数時間後に始まるのだ。

 夜、早紀たちが寝静まるのを待ち、男は合鍵を使い侵入してくるかもしれない。そして、早紀を見つけ――

(あった!)

 間宮の携帯電話の番号があった。

 早紀は一秒をも待っていられない様子で急ぎダイヤルを押した。すぐに呼び出し音が聞こえはじめる。

――はい。

 聞き覚えのある間宮の声。

「藤谷ですが――今、おかしな電話が! 私、どうすれば――」

――藤谷さん?

「お願いです。助けてください!」

――ちょっ、ちょっと待ってください。落ち着いてください。何があったのかちゃんと話してもらえませんか。

 焦る早紀を間宮がなだめる。

「すいません……さっき、おかしな電話があったんです」

――電話ですね。どんな?

「『俺はおまえのことを知っている』って、そして、私のことをターゲットって言いました。あれは『デッド・ゲーム』に関係があるんでしょ!」

 気持ちが焦っていた。

――大丈夫、落ち着いて。まだゲームは始まってはいません。おそらくその男ならば大丈夫ですよ。マニアの一人でコールマンと呼ばれる男です。すでにカードマンの一人だということは掴んでいます。

「それじゃ――」

――コールマンのようなマニアはすぐに手を下そうとはしません。それまでには私のほうで彼らの動きを止めることが出来るでしょう。それとこれからあなたのところへ伺い、念のために鍵を二つばかり増やすことにしましょう。それとこれまでにわかったカードマンのリストをあなたにもお渡しします。

「でも――」

――大丈夫! ゲームはまだ始まっていません。ゲームが始まるまではあなたに特別な危険は及びません。

 心強い言葉だった。しかし、さっきから鍵のことが気になっている。鍵をちゃんと閉めたかどうか、チェーンロックをかけたかどうかが思い出せない。

「お願いします」

――はい、それじゃ後ほど。

 間宮はきびきびとした口調で言うと電話を切った。

 いつの間にか震えは止まっていた。

 コ-ルマン、そう間宮は言った。どんな男なのだろう。ターゲットを脅かして楽しんでいるのだろうか。それにしても――

 間宮の行動力に驚いていた。あれほど力になるとは正直思ってはいなかった。これなら『デッド・ゲーム』を乗り切ることができるかもしれない。

 そう思いつつ早紀は勇気を出して立ち上がった。ドアを開け、うす暗いキッチンの奥のドアノブをじっと見つめる。チェ-ンロックは掛かっていない。だが、幸いノブは横になっている。つまり鍵はかかっているということだ。

 ほっとした気持ちでドアに近づきチェーンを手にしようとした。

 その時――

 ガチャリという音とともに横になっていたノブが立ち上がった。

(合鍵を――)

 間宮は間違っていた。あの男は合鍵をつくり今夜私を殺すために訪れた。

 全身に鳥肌がたち、足がすくんだ。ドアはゆっくりと開かれてゆく。

(私は……殺される)

 ドアを押さえることも出来ず早紀はそのまま侵入者の姿を凝視した。

「ただいま」

 開かれたドアの向こう側に弘子の姿が見えた時、早紀は力を失い、思わずその場に座り込んでしまっていた。


 一月三十一日(火)

  PM11:03


 間宮は約束通りに訪れるとすぐに手際よくドアに新しい鍵を取りつけた。そして、一緒に連れてきた若い男性を紹介した。

「デッド・ゲームの期間中、夜間と通勤時間は彼があなたを護衛します。彼が一緒ならば安心ですよ」

「田川です」

 ジーンズにジャンパー姿の田川勇は警備員らしい仕草で早紀と弘子に敬礼してみせた。短く刈った髪型、その背の高い屈強な身体つきはいかにもガードマンらしかった。

「夜間? どこで警備するんですか?」

「ご心配はいりません。警備は外でやりますので」

 早紀の心配に気付いたように田川は明るく答えた。

「外?」

「ええ、マンションの外で車のなかから様子をうかがいます。もし、こちらの部屋に不審な者が来るようなことがあればすぐに駆け付けますよ。もしお出かけになるときはお電話いただければお迎えにきますよ」

 田川は自分の携帯の番号を書いた紙を早紀に渡した。

「いいんですか? いくら車のなかと言っても寒いんじゃありませんか?」

「大丈夫ですよ、慣れてますから。ではさっそく」

 そう言うと田川は白い歯を見せて笑い、すぐ部屋の外へと出ていった。

「夜間、彼が表にいれば狙われるようなこともないでしょう。日中は会社のなかであれば大丈夫でしょう」

 間宮はそれから早紀へA4サイズの紙を手渡した。

「これは?」

「カードマンのリストです」

 自身を持って答える間宮の言葉に弘子は思わず身を固くした。だが、その様子に二人とも気付かなかった。

「もう全員わかったんですか?」

「いえ、残念ながら全員ではありません。カードマンは五人、今回わかったのはそのうちの三人だけです」

「三人……」

 その数に早紀もどう対応していいかわからなかった。だが、そのリストを見て早紀は呆然とした。

 三人の名前だけがぽつんと書かれている。それはまったく資料というには程遠いものだった。


 木崎 勉 :コールマン……危険度・2


 加東 静夫:ドッグ  ……危険度・5


 今井 達夫:ドクター ……危険度・8


「たったこれだけですか?」

 不満げに早紀はつぶやくように聞いた。

「いえ、実際には彼らのことはもう少し細かく調べてあります。すでにそのなかの木崎と加東については住所も突き止めてあります。今井についてもすぐに調べますのでご心配なさらないでください」

「はぁ……」

「資料に載せていないことはご不満かもしれませんが、彼らについての詳しい情報をあなたたちが知ったところでどうすることも出来ないでしょう。むしろそんなものを見ても不安が煽られるだけでしょう。もちろん必要な場合には言っていただければ資料は全てさしあげますよ」

 間宮は自分の持つ分厚い紙の束を指し示した。

「どうやって見つけたんです?」

 弘子が口を挟んだ。

「企業秘密……ってほどのこともないんですがね。マニアが集まる掲示板があるんですよ。時間さえかけてそこに書かれている掲示板を分析したうえでこの三人がカードマンに選ばれたということがわかったわけです。あとは彼らの書き込んだログを解析して、住所を調べだす……という手順ですよ」

「そう……」

「では説明させていただきます。それらの三人ともにデッド・ゲームのマニアと見られています。毎回カードマンとして応募し、これまでにもカードマンに選ばれたこともあります」

「木崎勉……コールマン?」

「それが今夜、ここへ電話をしてきた男だと思われます。だが、その男がカードマンとして選ばれたのは幸運でした」

「なぜ?」

「そのリストにも書いてありますが、マニアの間では通称コールマンと呼ばれています。常連のようですね。この男のことを調べるのは比較的簡単でしたよ」

 そう言って間宮は自分の持つ分厚い資料のなかの一枚を早紀と弘子に見せた。木崎についての情報が事細かく書き込まれている。なかには都内の有名私立大学の名前が書かれていた。

「大学生?」

「ええ、その名の通り、カードマンに選ばれても選ばれなくてもターゲットを調べあげ、毎日のように脅しの電話をかける」

「いったい何のために?」

「ターゲットが怖がるのを楽しんでいるんですよ。ただ、奴は殺しには走らない。デッド・ゲームと言っても殺人は違法行為。犯罪がバレれば警察に掴まることになります。賞金目当ての殺人なんてことになれば死刑は確実。それだけの勇気がないからこそ電話で脅すことを考えるんでしょうね。もちろん今はそういう脅しの電話かけるだけでも十分違法行為には違いないですが、それでも殺人よりはよほど簡単に出来る」

 そんな勇気、誰も持たないで欲しいと早紀は願った。

 間宮はさらに続けた。

「他の二人もまたコールマンと同じくデッド・ゲームのマニアです。加東静夫、通称ドッグと呼ばれています。こいつはコールマンのようにいたずら電話を楽しむわけではない……かといってさほど大きな危険もないでしょう。彼はデッド・ゲームが始まってからターゲットの行方を見つけ出そうとする。デッド・ゲームの期間内に見つけ出すことが出来るかどうか、それが彼の趣味のようです」

「それでドッグですか」

「そうです。まあ、デッド・ゲームなんてものがあるからといって、誰も彼も人を殺したいと思っている人間はほんの一握りしかいないということですよただ、ただ、やっかいなのは最後の今井達夫、通称ドクターと呼ばれています。彼だけは本気でターゲットを狙ってくる」

 間宮の言葉に早紀は心のなかに暗く重い冷たい陰が落ちたのを感じ、その名前をじっと見つめた。

「この人が私を殺しにくるんですか?」

「まあ、そんな暗い顔をしないでください。そういう奴がいるからこそ、私の商売が成り立つ」

 軽い冗談のつもりだろうが、早紀にはその言葉が怖かった。

「そんな言いかたって――」

「いや、失礼。悪く受け止められちゃったみたいですね。つまり私が言いたいのは、私には奴を止めることが出来るだろうってことなんですよ」

「どうやって?」

「まあ、必要なのはさしあたって金ということになりますがね」

「お金?」

「金よりも殺しを好む人間なんてよほどの殺人鬼でないかぎりいませんよ。奴等の欲しがっているのは金です。それにデッド・ゲームでカードマンに与えられる情報は少ない。簡単にあなたのことが向こうにバレるわけでもない。奴があなたを見つけるその前に金で奴を買収すればいい。それであなたは身を守ることが出来る」

「でもコールマンはすでに私のことを知ってますよ」

「確かにある意味やっかいな存在であることに間違いはないですね。コールマンがなぜそれほど早くあなたを突き止めることが出来たのか……でも、大丈夫。すぐにでも手は打ちます」

「いくら必要なんです?」

「そうですね……一人二百万と考えて、カードマンは5人ですから、あと一千万ってところですかね」

「一千万? じゃあ、あんたに払う金はなんなの?」

 その額に思わず弘子が口をはさんだ。

「あれはうちの会社に支払う仕事の報酬です。それに弊社への報酬と彼らに渡す金を合わせても二千万です。デッド・ゲームで生き残れば五千万は入ってくるじゃないですか。差し引いても三千万はあなたのものだ。何をすることもなく三千万。しかもその金には税金もかからない。そういう考え方をすれば決して高くはないでしょ?」

「でも、今はとても払うことは出来ませんよ」

「もちろん、キャッシュでなどというつもりはありません。一時金として会社のほうで用意しますよ。一千万はゲームが終わった時に払っていただきます」

「お願いします」

 早紀は素直に頭をさげた。

「わかりました。では、こちらにサインしていただきますか?」

 間宮はそう言ってアタッシュケースからすでに準備良く用意してきたらしい書類を早紀に差し出した。「もちろん、賞金が支払われない場合はこの契約書が無効になるということを注意書きとして加えておきましょう」

 弘子の視線を見て間宮は付け足した。

 早紀は軽く書類に目を通すとサインし、間宮に手渡した。

「ところで他のカードマン二人はどうなるんでしょう?」

 その早紀の言葉に弘子はギクリと身を固くして、間宮の言葉を待った。間宮もその言葉には表情が変わった。

「これから全力をあげて捜し出すことにします。ただ、簡単に見つけられないということはいわば素人と言えるんじゃないかと思います。もしそうならばあなたを狙う可能性は極めて低い可能性があります」

「私は助かるんですよね」

「もちろん」

 間宮の言葉を信頼したかった。


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